佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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小説・The Sound is Golden

◆Time Out

「ハロー、フレンド。今日もCod&Chipsかい?」
「ハイ、ムラト。この半月あちこちで食べてみたけど、ここのCod&Chipsはホントlovelyだよ」
「まあな。でもToad in the holeも美味いぞ」
「Yorkshire puddingの生地にソーセージぶち込んであるやつだろ?それって。なんか見た目がイマイチなんだよなぁ〜。いいよ、いつもので」
「はいはい、わかったよ」

Londonに着いたあの日、何気なく立ち寄ったVictoria Coach Station近くのファストフードレストランが(いや正確に言えばその店のフィッシュ&チップスが)気に入った音羽金也は、午前中の英会話学校の授業のあと、ちょくちょくここを訪れるようになっていた。
店員のトルコ人・ムラトとは、彼のなつっこい性格もありすぐに打ち解けた。

「ところで、最近面白いこと何かあったか?」
「うん。ダブルデッカーにハマってるよ。ワンマンじゃなく車掌付きのやつね」
「え?バスにハマるって、どういう意味だよ?」
「車掌付きだと、バス停じゃなくても飛び乗ったり飛び降りたり出来るじゃん。あれが楽しくてさ。日本じゃ絶対あり得ないよ。危険だとか問題になってすぐに禁止さ。どこでも降りられるなんて便利だよなぁ」
「ロンドンだって危ないって問題にはなってるんだぜ」
「でも推奨してるわけじゃないんだし、自己責任ってのが大人の国って感じするよ」

「ところで珍しいな、Time Out持ってるなんてさ。映画でも観るのか?」
「いや…実は一緒に行きたいなぁ〜と思ってさ」
「どこに?」
「カムデンにあるTown & Country Club」
「マジ?何があるんだい?だって確かそこってさ…」


◆Wateloo Sunset

Londonに来て2週間。金也は初めてTime Outを手にした。地下鉄駅のコーナーショップ店長・エドワードに、ライヴ情報ならTime Outだぞ!と聞いていた情報誌だ。

はじめは今ロンドンでどんなギグがあるのか眺めるつもりでページをめくる。ハマースミス・オデオンやロイヤル・アルバート・ホール、100 CLUBやMarqueeといったライヴハウス、LimelightやWAGといったCLUBまでものすごい量のライヴ情報がぎっしりと掲載されている。

金也は少しずつしかし確実に、胸の奥のほうがムズムズとしてくる衝動を抑えるのに苦労する。
別にこの間ナズローさんに痛いとこ突かれたからというわけではない。いや、それも半分くらいあるのだが、あとの半分は禁断症状のように音楽に触れたくなっている。

Lower Richmond RoadにあるHalf Moon Putneyという、テムズ川を渡ったロンドン南西部にある場末のライヴパブ。確かボ・ディドリーやヴァン・モリスンも出演したことがあると以前何かで読んだ。その予定欄にWilko Johnson Trioの名前を見つけたときは、本当に心臓がバスドラムのビートのようにズドンと鳴った。

そして決定打はその何ページか後のTown & Country Club(現London Forum)のスケジュールにPaul Wellerの文字が目に飛び込んできたときだ。ビートがどんどん早く強くなり、バスドラムの革を突き破り中からは大量の水があふれて止まらなくなる。そんな感じだった。

次の日フィッシュ&チップスを食べつつ、ムラトをP.Wellerのギグに誘いに行った。音楽解禁を1人で迎えるのが怖かったからだ。しかし2日後ということで店のシフトを変えることが出来ずに、ムラトには丁寧に断られた。
当日までおとなしく待つことはもちろん無理だった。あふれ出てきた水は留まることを知らず、いわば蛇口の壊れた水道のようだ。

食後のオレンジペコーを飲み干すと、金也は迷わずAbbey Roadに向かう。もちろんあの横断歩道とEMIスタジオを見るためだ。裸足にこそならなかったが横断歩道をスタジオ側から向こう側に渡る。
そのままCavendish Ave.まで行き、65年〜レコーディング期間中メンバーが寝泊まりし、ジョンとポールが曲作りのアイディアを出し合っていた別荘風の邸宅へ。
そこからバスでBond Streetまで行きManchester SquareにあるEMIハウスを見る。ビートルズのPlease Please Me、そして赤盤・青盤のジャケット写真が撮影されたビル。中には入れなかったが、ここの吹き抜けの手摺から顔を出し下を見る4人のことを想像してみると、不思議な感覚に襲われる。

気が付くとそろそろ夕飯に帰らねばならない時間になっている。ナズローさんとの約束は、まだ一度も破っていない。他の場所にも行ってみたい気持ちを抑え、チューブに乗り込みClapham Southへ戻る。本屋で見つけたLondon’s Rock Landmarksというロンドン市内のロックにまつわる名所ガイドブックを読みながら。

明日はWaterlooに行って夕焼けでも見たいなぁ〜、などと金也は思い描く。


◆Into Tomorrow

カムデンの駅を出てKentish Townへ歩き出したところで、声を掛けてくる男がいた。ジーンズにニットとダウンジャケットを着たその男は、見た目は普通で年齢は金也より少し下、25歳くらいだろうか。
「ポール・ウェラーのチケットあるよ」
「要らないよ。当日券買うから」
「もう売り切れてるよ」
「うそ〜?窓口で確認してみる」
金也は小走りでライヴ会場のTown & Country Clubまで行き、チケットカウンターの前で肩を落とす。確かにさっきの男が言っていたのは嘘ではなかった。Day Tickets, Sold Out. Sorry !と書かれた貼り紙を何度も確認する。

冷静になろうと隣のカフェに入ろうとしたら「ほらね」と声を掛けてきたのはさっきの男だ。
「どうする?俺からチケット買う?」
「ついてきてたの?ちなみに、いくら?」
金也はこれまでダフ屋からチケットを買ったことはない。しかしどうしてもライヴを見たかったのと、目の前の男が日本のダフ屋では考えられないほど普通で、悪そうな奴には見えなかったのが幸いだった。

「もう残り少ないし1階アリーナだから60ポンドでどう?」
「え〜!3倍じゃん」
「そりゃそうだよ。貴重なチケットだもん。プレミアってやつさ」
「じゃ要らないよ。そんなにお金持ってないし」
「日本人だろ?金ないわけないじゃんか。ロンドンまで旅行に来ててさ。それに昨日あんたのこと見かけたよ。Sohoのレコードショップでさ。偶然だけどね」

金也は昨日、Victoriaの裏通りにあるキース・ムーンが昔住んでいたアパートとTottenham Court Roadの伝説のクラブUFO Clubの跡地、それからModsの聖地Carnaby Streetをブラリとしたあと計画通り夕方にWaterlooへ行った。その後OASISのMorning Gloryのジャケ写が撮影された通りにあるレコードショップへ確かに立ち寄っていた。

「マジ!?ただし僕はレコードを買っていないし旅行者でもない。残念ながら」
「じゃレコードもチケットも買えない貧乏苦学生だとでも言うのかい?」
「その通りだ!君は察しがいい。ちなみに今の全財産は…」
金也はポケットに手を入れ有り金を取り出し、男に見せた。25ポンドだった。
「そうかい。わかったよ。じゃ今日のチケットはあきらめるしかないな」

男は他のターゲットを探し始めた。金也は駆け引きに負けたとガッガリする。違うポケットを確認するとあと50ポンドあった。財布に全額を入れておくと札を出す時にいくら持っているか見られるから気をつけろ!というムラトの忠告で、最近は財布を持つのをやめズボンの前後のポケットにお金を裸のまま分散させていた。
見た目は普通でもやはりダフ屋はそう甘くないな、と思いながらカフェでアールグレイTeaをすすりながら、さてどうしたもんか?と次の作戦を頭の中で練っていた。

30分くらい経って、誰か一緒に来る予定だった人が来られなくなりチケットが余っている人がいるかもしれない!と、また会場の正面入口のところへと戻る。
「まだあきらめないのか?」あの男がまた話しかけてきた。
「そりゃそうだよ。ウェラーっていったらThe Jam、The Style Councilとず〜っと聴き続けてきたんだ。ある意味ビートルズ以上の影響だよ。しかもこのホールは雑誌のインタビューで好きなホールだと言っていたから、いいライヴになるに決まってる。しかもムーブメント以降ソロとしては初のロンドンでのギグだ。見逃したら今後いつまでも後悔することになる。今日はウェラーが通っているという床屋だって見てきたんだ」

「あんた本当に好きなんだなぁ。でもって金がない日本からの苦学生ねぇ…」
「いや、さっきはごめん。苦学生ではないんだ実は。ただの自分探しの旅で、今日から音楽を解禁しようと思ったんだ。金も本当は75ポンド持ってる。嘘ついて悪かったね。ただ、今そんなに使うのは明日からの暮らしに響くから躊躇した。こっちにいる間しばらくは収入ないし」

すると男は金也を手招きして通りの裏のほうへと連れて行くと、こう言った。
「さっき全財産だと言った25ポンドで譲るよ。ボスにみつかるとヤバいから黙ってろよ」
「え??」意味が飲み込めない。

「この仕事してて正直にそんなこと言ってくる奴に初めて会ったよ。あんたからお金を巻き上げるのは気が進まない。これでギグ、楽しんできな」
斯くして金也は貴重なチケットをほぼ定価で手に入れた。

この前ナズローさんに言われた「あなたは音楽の神様に選ばれたのよ」という言葉を噛み締めながら、金也は憧れのPaul Wellerのギグをロンドンで観る、という夢を叶えたのである。もちろん最高のショーだったのは言うまでもない。


◆Bottle Up and Go

日本で煮詰まったことなど考えるのも億劫になり、金也の音楽三昧の日々が始まった。
London’s Rock Landmarksを指南本としてあちこちのロック名所を巡り、Time Out片手に夜な夜なギグやクラブに通い詰めるようになる。

キンクスの曲名にもなりボブ・ディランのDon’t Look Backが撮影されたDenmark Street、デヴィッド・ボウイのジギースターダストのジャケ写になったHeddon Street、The Whoがキース・ムーンと出会ったOldfield Hotel、ビートルズFor Saleのジャケ写撮影場所でR.ストーンズ伝説のコンサートが行われたHyde Park、The JamのThis Is The Modern Worldのジャケ写が撮られたLatimer Roadのロータリーの下。

ジャムやプリテンダーズが名盤を録音したAir Recording Studio、ビートルズが最後にライヴ演奏(屋上で)した旧Apple Corpsビル、Dr Feelgoodをはじめパブロックの礎を築き、U2が初めてのロンドン公演(客は9名だった)を行った偉大なライヴパブThe Hope And Anchor、ピンクフロイドのAnimalsのジャケになった(豚は飛んでないが)Battersea Power Stationなど、金也は来る日も来る日もいろいろな場所で音楽に想いを馳せた。

Half Moon Putneyにウィルコ・ジョンソンを見に行った時も運命の悪戯があった。
ここは場末のパブで、ドリンクフロアとライヴフロアが分かれているが、それぞれのスペースはそれほど大きくはない。スタウト(黒ビール)のパイントグラスを片手に開演前にライヴフロアでPA卓(音響調整卓)を覗き込んでいる金也に「ここで、なにしとっとぉ?」と福岡弁で声をかける男がいた。
「うわっ!鮎川さん!どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞よぉ。どしたの?シーナもおるよ」

細かい話は抜きにして、いまロンドンにいて今夜のギグを見に来たことを鮎川誠に告げる金也。鮎川さんはちょうどロンドンでウィルコ・ジョンソンをプロデューサーにレコーディングしていて、この日ステージに飛び入りするらしい。ラッキーというほかなかった。

ギグが終わるとブロンドヘアーでそばかすがキュートな女の子(たぶん同年代)が金也に微笑んで話しかけてきた。どれだけラッキーが続くのだ?と金也はドキドキした。
「今夜のギグ素晴らしかったわね。私はシンディ。あなた、あの飛び入りした日本人ギタリストの知り合いでしょ?さっき話してるの見たわ」

どうやらW.ジョンソンBandのベーシスト、ノーマンのことがお気に入りらしく、金也にノーマンと話せるよう鮎川さんに言ってくれ、というお願いだった。
「それは難しいよ。鮎川さんは知り合いだけどウィルコもノーマンも個人的には知らないし。君の役に立てなくて悪いね、シンディ」と答え終えた時だった。
鮎川さんが楽屋へ一緒に行こうと誘いにきてくれた。シンディはニコリとして、私は金也の友達だと自己紹介した。そうきたか!

鮎川さんに連れられ、金也とシンディは1st Floor(2階)の楽屋へと向かう。2年前にサインをもらい何人かで一緒に写真を撮ったことはあるが、いざ改めて紹介され向き合うと思うと緊張する。
ギネス片手に優しい握手で迎えてくれたので、思い切っていろいろ話してみようと試みる。今夜の素晴らしいギグの感想を延べ、さらにDr Feelgood時代からファンだということやギターフレーズをかなりコピーしたことなどを話す。

ウィルコが「日本にも君みたいに俺のようなギターを真似する奴がいるんなんて驚きだ」と言うので「僕の他にもう1人。去年あなたの東京でのライヴに一緒に行ったアベフトシって男もなかなかですよ。彼はプロで僕はアマですが」と金也は答える。

30分は楽屋にいただろうか。そろそろ帰ろうと思いシンディを見るとノーマンにベッタリくっついている。やっぱ日本じゃないなぁ〜とほくそ笑んで、金也は1人楽屋を後にした。

テムズ川に反射する月はハーフムーンではなくフルムーンだった。


◆God of Music

塞き止められたダムが崩壊したかの如く、再び音楽という名の洪水の中を泳ぎはじめた金也だが、以前とはあきらかに違う感覚を覚えていた。
自分には音楽しかないのだ!という頭でっかちの強迫観念は消え、自然と心が反応するまま自由に音楽を受け止めている。意識せずとも血管を流れる血の中に音楽が滲んでいるような、もしくは細胞のどこかに音楽が組み込まれているような、そんな感覚だ。

音楽を嫌いになったわけじゃなかった。ただ金也自身の狭い視野と器の小ささが招いた、単なる周囲への言い掛かりだったのだと気付く。
そしてナズローさんが言ったことは少し違っていて、音楽の神様に選ばれたのではなく、音楽の神様がいつも見守ってくれているのだと思えるようになった。

久しぶりに作った曲は以前と比べればより大人びて洋楽的になっていて、多重録音でデモを作ることにもチャレンジした。バンドばかりやってきた金也にとって初めてのソロワークスだった。

1ヶ月を過ぎると、経済的な蓄えが減ってきたことに今更ながら気付く。
ムラトと結託して日本人観光客を店に連れて行ったり、マーケットやクラブで知り合いになったDJにまじりナイトクラブでレコードをスピンしたり、バスキング(道端や駅のプラットホームでのストリート演奏)をしたり、通い詰めたライヴハウスのPAを手伝わせてもらったりして、金也は小遣いを稼いだ。ちょっと危ない薬を売ったりしたことも本当のところ何度かある。

そしてそれらの経験は金也を音楽の世界にゆり戻すというよりも、別の角度から新たな方向性を見出すことへの大きな原動力となっていく。
もし音楽や音の世界で生きていくならば、一度今までと違った立ち位置で音楽全体を見つめ直す必要があるのだと感じてくる。

同じところに舞い戻るのではなく、もっとストリートに根ざした音楽の仕事をやってみたいと思い至ったとき、いったん日本へ、仙台へ戻ることに決めた。

そう、音楽の神様はきっとずっと見守っていてくれる。恐れることなどない。


◆Origin Of Name

Mrs. Nazrooは金也との別れの日、朝から涙が止まらなかった。
1年も経っていないが、このまま彼がこの家に居着いてもいいかなと思っていた。ある意味息子のように感じてもいた。だからこそ悲しみが大きかったのだが、よくぞ立ち直ってくれたという嬉し涙も混じっていたものだから、涙の量は倍増した。

モスグリーンの愛車Miniでヒースロー空港まで送ってあげたほうがいいとは知りつつ、別れが辛くなるのが嫌で、エンジンの調子が悪いのだと嘘をついた。

金也も同じ想いだったから、ナズローさんの嘘にホッとした。嘘とわかる嘘にホッとしたのは初めてだ。それに、泣いて腫れた顔で別れるのは永遠の別れのようで大袈裟だし、ちょっと照れる。きっとまた、すぐに来れるだろうという予感もあるし。

玄関を出るときMrs.Nazrooは瞳からあふれる涙を拭おうともせずに金也に言う。

あなたの名前、すごく意味があるわ。
音に羽がはえて、やがて金色に輝くんでしょ?音羽金也ってそういう意味よね?

金也は最上級に微笑んでナズローさんと長めのHugをし、そしてドアを開け手を振る。
Tube Stationまでの見慣れた道を歩きながら、金也は知らず知らずに頬をつたう涙と、それとともに込み上げてくる笑いをこらえるのに必死になる。

名前の解釈の件、じいちゃんから字をもらっただけだとはさすがに言えないよな〜、あの場面で。
ナズローさんって、やっぱりチャーミングだな。

そのお陰なのかはわからないが、思った以上に金也の足取りは軽く、頭の中ではAll You Need Is Loveが清々しく鳴っていた。


続く。。。
by higehiro415 | 2011-01-14 01:42 | 物語