佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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小説「デビュー戦」

☆☆☆
地元の某事務所から鳴り物入りでデビューしたシンガーの、デビュー記念ライヴを見に来ていた。
まだ3曲目、せっかく応援しにきたのに悪いなと思いつつ、音羽金也(おとはきんや)はそのステージからすでに意識が逸れはじめていた。
そのシンガーの仕事に何度か関わった金也だが、業界特有の上から目線で物を言うピント外れのスタッフとそれに気づかない本人に幻滅していたし、実際問題目の前のライヴはお世辞にも良い!とは思えない。案の定サウンドのほうも、かなりイケてない部類のペチャペチャの音である。

良いものをイイ!と認めなかったり、良くないものをイイ!とおべんちゃらを言ったりする業界の体質に未だに馴染めずにいる。だから一匹狼と揶揄されたりもする。本当はウサギなのに?

金也はステージ天井から放たれる、赤や緑や橙のライト光線の輪郭に沿ったスモークの淵をぼんやり見つめながら、あの日のことに思いを馳せる。


☆☆☆
すでに道がある東京より、まだ道が開けてない地元で仕事をしたほうが面白い!と決断し、金也が仙台へ戻ったのは25年前。
飛び込みで電話した音楽事務所社長は「そんじゃ明日から来てみたら?」と言った。
そして1週間後には「来月さぁ、あるバンドの東北ツアーあるからさ。音羽、行ってきて!」

まだ若く経験の少なかった(プロの仕事はまだ1人ではやったことがなかった)金也は、多少いや内心かなり不安だっただろうが「わかりました」と答えた。
パンクバンドなのでデカい音を出せば今の自分の技術でもいけると思ったし、何よりチャンスだと思った。

そのバンドは、1930年代の社会主義派政治家の名前を配したジャパニーズパンクの元祖的存在バンドのボーカルMが、新しく組んだばかりのもの。
以前のMはライヴで豚の内臓を客席に投げつけたとか、ステージでマスターベーションをしたとか、およそ普通じゃない逸話ばかり残してきたカリスマだ。

そんなクレイジーなボーカリストがいるバンドとのツアーがどんなものになるのか、まだ22歳の金也の頭では想像がつかなかったし、後にして思えば、リハスタも経営していたその音楽事務所の他の人間が嫌がり、仕方なく新人の金也に回ってきたものだったのだろう。


☆☆☆
東北ツアー初日はフカヒレで有名な宮城県が誇る港町、気仙沼だった。
一足先に野外ステージの組まれた会場に着いた金也は「なるようになれ!」と思いながら音響機材をセッティングする。
ほどなくバンドメンバーの楽器車がやってきた。
金髪というにはあまりに奇抜な色の髪をした女、腕中タトゥーのいかつい男、一見しては性別不明の輩、最後に針金のように細い身体ながら圧倒的な存在感の男が降りてくる。それがMだった。

金也はこれまでにない緊張の面持ちで挨拶に駆け寄った。おそらく顔は強ばり声は震えていただろう。
「今回PAをやらせてもらうことになった音羽です。新人ですがよろしくお願いします!」
「あ~、こちらこそヨロシク。新人ねぇ〜、ま、頼むよ」と手を差し伸べたのはMのほうだった。

イメージとまったく違うじゃないか?イメチェンか?と金也は面食らったが、すぐにホッとした。
もし初対面から「うるせぇ!Fuckin'!」などと言われたら逃げ出したくなっただろう。

楽器をセッティングしてからが長かった。
リハーサルが思うように進まない。音がまとまらないしモニターもしっくりこない。やはり現時点での金也の腕前では無理なのか?
時間が過ぎると共に、Mのあのクレイジーな本性が現れ殴られるんじゃないか?と動悸が激しくなっていく。
ほらほら、なんだかこっち睨んでるし。そしてついに金也はステージに呼ばれた。

「スピーカーのチューニングさえうまく出来ていれば、生音をそのまま出しゃいいんだよ。俺達ちゃんとした生音出してんだから」はい。
「モニター、俺の位置に立って聞いてみろ。ほら中域が邪魔だろう?ここだけカットしてくれ。1KHzくらいか?」はい。
「重厚感のある音はバスドラムとベースより、むしろギターを大事に出すといい」はい。
「あとは新人君の好きなようにやってくれ」はい!

(この人、ほんとにパンクの人?いや、そういう問題ではない。ジャンルで決めつけていた自分が浅はかなのだ。ジョン・ライドンを思い出せ!論理的なオーディオマニアではないか!)

Mの根気強い指導のもと、やっとこさ本番に突入することができた。
するとどうだ?これが豹変ってやつだ!と金也は鳥肌が立った。
ステージの上には鬼気迫る形相で激しいメッセージを叩き付けるMがいる。臓器投げやマスカキはないけれど、唾を吐きちらすその目は狂気そのものであった。
これがカリスマパンクロッカーたる所以かぁ。こりゃステージ上で殺人だって犯しかねないぞ、マジで。
一体どっちのMが本当なのか一瞬で理解できなくなり、ライヴ後に楽屋へいくのが怖くなっていく金也であった。


☆☆☆
「おつかれ、新人!音はどうだった?」汗でぐちゃぐちゃになった悪魔めいたアイメイクをタオルで拭きながらMは言う。
「お蔭さまで何とかなったと思います。ありがとうございました!」
メンバーから笑いが起きる。
「お蔭さまなんてパンクっぽくねえなぁ〜。はじめて言われたぜ!」

楽器やPA機材の片付けを済ませ、宿泊先へ向かう。メンバーを乗せた楽器車が先導してくれた。
金也は安堵の気持ちで一人妄想に耽りながら車を走らせる。
もしやホテルの窓からテレビを投げ捨てたり、全裸で乱痴気騒ぎしたり、それとも車のままプールに突っ込んじゃったりして?
完全に妄想し過ぎではあったが、今日のパフォーマンスを見る限りそんなことを仕出かしても何ら不思議はない!と思わせるものだったのだから仕方なかろう。

どんどん人気のない山のほうへ入っていく。宿泊はホテルではなく何故か山の中の民宿だった。
また不安になってくる。
乱痴気騒ぎが他人に見られないようにこんなところへ?ここで自分が何かされたら生きて帰れるだろうか?明日のライヴで俺の内臓が飛び交うのか?
金也の妄想はいつだってきりがない。

しかし宿の老夫婦の「今年もよぐ来たっちゃなぁ〜」という出迎えの言葉に「どうも、元気だった?」と顔をほころばせたMを見て、ほっとしたようながっかりしたような、妙な気分で正気に戻る。
「あるわけないよなぁ〜、さすがに」


☆☆☆
部屋に荷物を置き、居間に集合しビールで乾杯した。
囲炉裏には鮎の塩焼きが縁日のように串刺で並んでいて、何枚かの大皿には自家製の漬け物やら笹かまやら大根と昆布の煮付けやらが並ぶ。

話題は多岐に及んだ。
ジョー・ストラマーはクラッシュ結成前ウッディ・ストラマーと名乗っていて、呼び名をジョーに変えたくて回りにそう呼ぶように強要したとか、PILのライヴ前BGMはマドンナやダイアナ・ロスなどがかかっていたとか。
そこまではいいが、ファシズムにおけるイデオロギーであるとか、はたまた減反政策についての日本の矛盾であるとかになると、金也はただ目を丸くして聞いている以外はなかった。

さすがに疲れていて一足先に眠りについた金也だったが、翌朝は一番最後に起きた(ようだ)。
タバコを吸いに縁側へ行くと、庭ではすでにメンバーがコーヒーを飲んでいた。
そして垣根の向こう側の道路からMが紙袋を持って歩いてくる。

「散歩してたら売ってたよ。はい、皆の分。ほら、新人君も食えよ」
甘いトウモロコシを差し出した、笑うでもなく睨むでもない表情が、何とも言えず恰好よかった。

その眉間のあたりに微かに刻まれた皺は、まるでBlonde On Blondeのディランのように凛々しかった。


音羽金也、22歳。何にも代え難いデビュー戦であった。



続く。。。
by higehiro415 | 2010-07-19 21:58 | 物語 | Comments(6)

Beer de Rock Tonight

昨夜のイベントのために選んだBGM Set-List
好評のようだったので・・・
やはり、いい音楽は気分を盛り上げてくれる!

01.No Woman,No Cry / Ken Boothe
02.Street Corner Preacher / Amos Lee
03.High on Your Love / Kings Go Forth
04.Rainy Day Women #12 & 35 / Bob Dylan
05.Better Way / Ben Harper
06.Wait / J. Geils Band
07.Moondance / Van Morrison
08.Louie Louie / The Kingsmen
09.You Say It / Al Green
10.Casino Boogie / The Rolling Stones
11.Mustang Sally / The Rascals
12.Sex & Drugs & Rock & Roll / Ian Dury & The Blockheads
13.Papa's Got A Brand New Bag / Georgie Fame
14.Funky Nassau, Part 1 / The Beginning Of The End
15.Ice Cold Daydream / Shuggie Otis
16.Qualified / Dr. John
17.You Can Make It If You Try / Sly & The Family Stone
18.Jemima Surrender / The Band
19.Feelin' Alright / Traffic
20.Samurai / Djavan
by higehiro415 | 2010-07-11 09:37 | 音楽 | Comments(2)

小説・父と子

◇◇◇
彼はぼんやり仏壇を見つめていた。小ぶりだが木目が美しい、初めて自分で買った真新しい仏壇だ。
どうせならと何軒も仏壇屋を見て歩き、中でもセンスのいい(こういう物にこの言葉が当てはまるのかわからないが)ものを選んだつもりだった。
中に飾られた吊灯籠のやわらかな灯りが、1週間ほとんど寝ていない彼の目には優しく映る。

大晦日だというのに初七日なんて、ツイてないと思うべきか、それともこの時期じゃなければ仕事も休めずにいたことを考えるとツイてると思うべきか、彼はくだらない想いを巡らせていた。
つまりは、ようやく平静さを取り戻しつつある証拠でもあったのだろう。


◇◇◇
それは1週間前、クリスマスの午前中だった。
入院中の母を見舞いに行き「昨日お父さんも来てくれたんだけど、また喧嘩しちゃった」みたいな話を聞かされ、その後病院を出て仕事へ向かう車の中で携帯が鳴った。
母からで、何か忘れ物でもしたろうか?と電話に出ると「すぐに実家を見に行ってくれ!」と言う。

何事かと訊くと「町内会の役員仲間が、会合の時間になっても現れない父を迎えに行ったが出てこない。鍵はかかっているが障子も開いているし、テーブルは昨夜の晩酌のままみたいだし、とにかく様子がおかしいと連絡がきた」とのこと。
彼は「またかよ!」と言った。「酔っぱらって、どこかで寝てんじゃないの?」と。

高校卒業の4日後に実家を飛び出して以来一緒に住んではいなかったが、定年後の父が朝から晩まで大好きな酒を呑んでいたことを母や近所の人から聞いていたし、正直ちょっと面倒な気持ちもあった。
それに理由にはならないだろうが今日はクリスマスだ。

それでもいつも気楽な母がそう言うのだからと、車をUターンさせ実家へと向かった。
20分ほど走り実家の200mほど手前に来たとき、家の前に人集りができているのが目に入る。
呑気にジョンとヨーコのHappy Christmasの鼻歌なんぞ歌いながら運転していた彼だが、とたんに心臓の音が大きくなり、サブウーハーの低音の如く腹を突いてくる。
パトカーと警官もいるようだ。

平静を装い車を降りると、向いの家のヤンママが振り絞る声で言った。
「遅い!お兄ちゃん!」
彼はその一言ですべてを理解した。

低音は鳴り止み、代わりに何度も見たロンドンの濃い霧のように視界がぼんやりと曇る。
警官が「長男の方ですね?通報があったのでトイレの窓を壊して中に入らせてもらいました」
「それで、中はどんな?」
「お風呂で何かが起きたようです」
「何かってなんですか?」
「とりあえず中に入って確認して下さい」

その時ジーンズの後ろポケットの携帯がブルルと鳴った。友人からのメールだった。
「ジェームス・ブラウン死んだってさ!ファンキーなクリスマスになるぜ」


◇◇◇
死因はくも膜下出血による窒息死。好きな酒を飲み風呂へ入ったのだろう。
「母さんも入院中だし年末だし、妹は遠いし、嫁さんと別れたばっかだろ?1人じゃ無理だから誰か親戚に喪主を頼んだほうがいいって!」と近所のおじさん達。
「いえ、僕1人でやります。やらなきゃダメなんです。ただ何もわからないので教えて下さい」と彼は言った。
これまでしたことのない親孝行というやつ、あまりに遅すぎるけれど今しかないと感じていた。

時期的なこともあり葬儀は3日後に決まった。
感傷に浸る暇も余裕もなく準備をする。涙は出なかった。
葬儀の準備というものは、悲しみの現実から逃れさせるために誰かが考えたのではないか?と勘ぐりたくなる。
知らないことばかりだが不幸中の幸いとはこのことか、仕事で慣れ親しんだイベント制作に似てなくもない。

冬の雨の日。
通夜〜葬儀には続々と弔問客が訪れ、その数は葬儀会館の担当者を驚かせたほどだった。
特別な仕事をしていたわけでもない、ただ好きなことをし笑っていただけの父のためにである。
疎遠になっていた多くの親戚、子供の頃世話になった父の昔の仕事仲間、実家に寄り付かないため知らない顔も多い近所の人、そして忙しさにかまけ淡白な付き合いしかしていなかった友人たち。

その多くの優しさは、彼に父の急逝以上のショックを与えた。
遠くばかりを見て足下に目を向けていなかった自分の愚かさがショックだった。
自分は思いのままに生きてきた。
しかし、それは実はまわりに生かされてきたのだと、彼はようやく気がついた。

今まで何もしてくれなかった父が、最後の最後に大きなものを残してくれた。
彼は冷たい雨が降るしきる外へと駆け出す。
そして溢れ出る涙を悟られないように、思いっきり上を見上げる。
涙と雨が混じり合って唇の隙間を這う。
採れたての酸っぱい野苺の味がした。


◇◇◇
梅雨の合間、まるで温室にでもいるような蒸し暑さのなか、黒い墓石の前に彼はいる。
母をはじめ身近にいる大切な人たちの健康と幸せを、ただ亡き父に祈るのだ。
お参りといえば、いつも自分のことばかり願掛けしてきた彼だが、3年半前のあの出来事からは違っていた。
この場所で彼自身のことを何か願ったことは、あれ以来一度たりともない。

墓参りなど行かなくとも心の中で祈ればよいのだと言い訳して、以前は墓参りなどしてこなかった。
しかし、あれからは毎月のようにここを訪れ、山の草木を眺め、街の中とはあきらかに広さも高さも違う大空を見上げ、かすかに土の匂いがする空気をゆっくりと吸い込む。
そうすると、何故か心がすーっと晴れる。

墓石に彫ってある「笑顔」という文字も気に入っていた。
墓石にしては妙なその言葉は、彼が発案した。
父のトレードマークであったこと。墓参りにきてくれた人たちに笑顔で帰って欲しかったこと。
何より、これからも○○家はこうやって生きていくのだ!という彼の意思表示でもあった。

それにしても、いなくなってからのほうが父と会話する時間が圧倒的に増えた(これを会話とは言えないかもしれないが)というのは、どういう訳だろう?

上京したとき援助してくれなかったのは、頑張らせるための作戦だったのか?
クリスマスに逝ったのは、命日を忘れられないようにするためなのか?
聞きたいことは山ほどあるが、まぁそれは都合のいいように美化しておこうと彼は考えていた。

あの葬儀の日、進路問題でギクシャクした関係を完全修復しないまま遠くへ行っちまいやがって!と嘆いたが、むしろだんだんと距離は近付き、今ではようやく普通の父と子に戻れたような気がしている。


耳を澄ませば小川のせせらぎがストリングスのように響き、蛙の鳴き声が3度のハーモニーを奏でていた。



love & restoration.
by higehiro415 | 2010-07-05 00:13 | 物語 | Comments(6)

筆記テスト

60人に及ぶ新人発掘の面接が、ようやく終わった。
さすがに1度の機会では1人にしぼり切れなくて、迷った7人を2次面接した。

より個性を出してもらうために簡単な筆記テストを考えた。
ラジオディレクターなら書けて当然(だと僕が思う)の質問を22項目。

単なる知識にとどまらず、意識や知恵や性格も知りたいと思ったし、面接を受けにくる人が必死だとしたら、こちらも必死に選ぶ必要があるのである。

結果的に筆記テストを実施したことで、各々の個性が明確になり大正解。
質問作りは苦労したが、なかなか面白い作業であった。

以下が質問内容。参考までに。

Q1.最近気になってる世の中のニュースは?(参院選・W杯以外で)
Q2.地デジへの完全移行日はいつ?
Q3.今回の参院選、投開票日と焦点は?

Q4.大ベストセラー「1Q84」の著者は?
Q5.サッカーW杯、あなたの優勝予想国は?
Q6.Twitter、知ってる?やってる?

Q7.次のロックフェス、それぞれの開催地は?
Summer Sonic, Fuji Rock, Rock In Japan, Arabaki Rock Fest, Rising Sun
Q8.仙台からデビューしたミュージシャンを複数挙げよ。
Q9.Bank Band、中心メンバーは?
Q10.奇抜な衣装で大ブレイク。今春来日も果たしたアメリカの女性歌手は?
Q11.ビートルズのメンバーの名前は?

Q12.宮城県内にある3つのプロスポーツ、チーム名は?
Q13.仙台市内でよく行く(好きな)お店は?
Q14.仙台市内の大きな祭り・イベントを複数挙げよ。

Q15.現在のアメリカとヨローッパ、それぞれの基軸通貨は?
Q16.世界的に有名なアメリカの音楽賞、それから映画賞は?

Q17.CDって何の略?
Q18.部屋で音楽を聴くときのハードウェアは?
Q19.ハワイアンミュージックに欠かせない楽器といえば?
Q20.普段使用しているPCと、よく使うソフトは?
Q21.エフエム仙台の周波数は?

Q22.もし入社したら一番やってみたいことは?


以上、こんな感じ。
ちなみに全問正解者は0でした。


love & research.
by higehiro415 | 2010-07-03 00:32 | 日記 | Comments(1)

小説・少年の旅立ち

高3の夏休み、横浜の親戚のところへ遊びに行った。
まぁ、それは大義名分で、親に内緒で東京の専門学校を下見するのが目的だったのだが。

音響芸術科…
当時関東以北には東京(それも2校)にしか、その学科はなかった。
レコーディングエンジニアかコンサートPAエンジニアを夢見ていたのである。

いちおう進学校に通っていて地元の教育大学への推薦もほぼ決まっていたが、子供の頃から「学校の先生になれ!」と親に言われてきた反動もあったのだろう。
敷かれたレールの上を歩いていくことに疑問を感じていたのも事実だ。

何より若い頃は無謀だし(それが特権でもあるのだが)現実など考えることもなく、ただひたすら夢を追いかけたかった。
いや、正確には他のことは目に入らなかったと言うべきか。

反面、田舎モンの不安も大きく、心のどこかで下見をして怖じ気づけばあきらめもつくとも思っていた。
東京って、なんか怖かったし(笑)
そんな複雑な心境で、西新宿にある専門学校の受付に資料をもらいに行った。

そしたら「いま授業やってないので実技室でも見学して行く?」と言われたので、せっかくだからとレコーディングRoomとPA実習ホールを見せてもらった。

当時の自分が見たこともない高級そうな機材が揃っていて、見ただけで圧倒された。
同時に「こんな機材を操って音を創造してみたい!」と体中に電流が走った。

帰り際には資料の他に入学願書ももらって学校を後にした。
そしてそのまま新宿のデカい本屋へ行き「PAエンジニアAtoZ」とか「ミキサーはアーティストだ!」とか「音響ガイド」とかの専門書を買い込んだ。

1週間ほど親戚の家に泊まりあちこち遊んで仙台へ帰る予定だったが、居ても立ってもいられなくて3日で仙台へ戻った。
親を説得するためだ。

しかし現実はそう甘くはない。
いくら説明しても、サウンドエンジニアなんて仕事は想像以上にマイナーだったし、そんなので食べていけるわけない!と、親は頑として首を縦には振らなかった。

高校の担任は「大学出てからそっちの勉強しても遅くはないぞ」と言った。
「どうせ勉強するなら1日でも早い方がいい!4年間も無駄にしたくない!」とこっちも譲らない。

秋になった。
両親とは顔も合わせず、口も利かない険悪な日々が続く。
高校ではほとんどが大学進学を目指す同級生と話題が合わなくなっていく。

そんな状況が決して楽しいはずはなく、しかし何か目的を達成するためには犠牲も必要なのだ、と学んだ時期でもある。

冬が近づいたころ強硬手段に出た。
誰にも言わず、例の専門学校へ願書を提出。
保証人の印鑑も隠れて勝手に押した。

入学試験は、また親戚の家に遊びに行くと嘘をついて受けに行った。
そして合格通知がきた。

こうなれば親も了承するだろうと高をくくっていたが、逆に激昂された。
「大学以外なら金は一銭も出さない!」
「自分で何とかするからいい」

高校の担任には「僕の推薦枠は他の優秀な奴に使って欲しい」と伝えた。

そこから入学までの間は奨学金の試験を受けたり、住み込みアルバイトの手配をしたり、友人達と最後の仙台生活(当時はもう戻る気はさらさらなかった)を謳歌したり。
もちろん音響の本を読みあさり、コンサートへ行きPA機材を研究することも忘れなかった。

そして親との交渉は決裂したまま、高校卒業の4日後に家出同然で東京へ旅立った。
辛いと予想していた初めて出来た恋人との別れも、悲しくはあったけれど、これからの希望のほうが大きかった。
申し訳なかったけど。

それでも、まだ18歳である。
電車の中では不安と、これで良かったのか?という自問自答で涙が出た。

こうして学費も生活費もすべて自分で稼ぎながらの、意地でも引き返すことの出来ない修行のような東京ライフがスタートしたのだった。

19歳になるちょうど1ヶ月前。
ユキヤナギの花が、まだ少し冷たさの残る風に吹かれていた。


love & youth.
by higehiro415 | 2010-07-02 19:47 | 物語 | Comments(2)