佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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今宵CDR第3弾!

いや〜、まだまだ暑い日が続いてますが、皆さんお変わりありませんか?

Twitterでの音楽宣教シリーズ?「今宵の1曲」をまとめたCDR、性懲りもなくVol.3です。
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今回は夏の終わりをテーマに、今月の日々の選曲から15曲をチョイス。
もちろん曲順も入れ替えて、1枚のトータルアルバムに仕上げてます。

One Song For Tonight ~Vol.3~Reminiscent of Summer
送料込み材料費¥1000(直接受け渡しは¥650)

ご希望の方は下記まで連絡下さい!(今月末に発送します)
higemodern@gmail.com
もしくはTwitterのDMや個人メールでもOKです。


そして、サウンドプロデュースとレコーディングエンジニアを務めた仙台の酔いどれインディーズバンド、
The黄昏カラアズ の2nd Mini Album「真夜中4時のブルーズ」を、10月の全国発売に先駆けて手売りします。
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このミニアルバムは某所に機材を持ち込んで、一発録りでレコーディングしたものです。
いま主流のコンピューターは一切使わずに、手作業で作りました。
なので演奏も歌も差し替えは無し、つまりはライヴそのままの、荒削りでストレートな出来です。

音作りは秘密の技wも使っていますが、基本はバンドのグルーヴを損なわないよう心がけました。
予算の関係もあったとは言え、結果、彼らの良さが引き出せたのではないかと思ってます。

オビにはThe Privatesの延原くんがコメントを寄せてくれました!

これから世に出て行くバンドなので、興味ある方には是非聞いてもらいたいなぁ〜!
どんな感じか知りたい方は、収録曲から1曲だけPVがありますので参考にして下さい。
http://www.youtube.com/watch?v=Vgeii97KFwU

The黄昏カラアズ 2nd Mini Album
「真夜中4時のブルーズ」
5曲入り ¥1,500-(税込・送料別)

こちらも、ご希望の方は…
higemodern@gmail.com
もしくはTwitterのDMか個人メールで連絡下さい。


そんな訳で、今日は2枚のCDの宣伝でした!
ごめんね、ごめんね〜


ヒロ(Mr.Cappuccino)
by higehiro415 | 2010-08-28 23:34 | 音楽

Meaning of life

親しい人が逝ってしまうたび、なんて呆気ないんだろう?といつも思う。
つい10日ほど前にお見舞いに行ったときは、具合は少し悪そうだったが、普通に起き上がって歩き、普通に会話も出来ていたのだけれど。

妹の旦那の父親の話であるが、偶然にも僕の実家と同じ団地に住んでいるので、千葉に住む妹夫妻に代わって親しく付き合ってきた。

半年くらい前から近所の病院に通っていたが見過ごされていたようで、検査で大きな病院へ入院したのはちょうど1ヶ月前。
膵臓癌と診断され、転移もしていたため余命2〜3ヶ月と言われた。

抗がん剤治療を施したが、予想以上に体を蝕むのが早かったのと、副作用が食欲を奪い体力がみるみる落ちていったようだ。
ほんとに、癌とは憎たらしいほどに脅威だ。

溺愛していた孫たちが、お盆で帰ってきて臨終に立ち会えたのが、せめてもの救いだろう。


父の死の時も、恋人だった人の死の時も、先日の親友の母の死の時も、いつも思わずにいられない。
人は何のために生まれ、何のために死ぬのか?と。

子孫繁栄のための生物学的な自然の法則なのかもしれないが、それだけでは何か納得がいかない。

一本の直線を横長に引いてみる。
左端がスタートで右端がゴールの人生の時間軸だ。
スタート地点からゴールへ向かって線をなぞっていくと、当たり前なのだけれど、真ん中過ぎで生きてる時間より死ぬまでの時間が短くなる。

一生懸命生きるってことは、一生懸命死に向かうってことなのか?


いつか死ぬのだから悔いの無きよう楽しく生きるのだ!と思う反面、どうせ死ぬなら一緒じゃないか…と思う自分もいる。

これは非難されることを承知で告白するが、僕は生きる事にあまり積極的ではなかった。
というより、別にいつ死んでもいいやと考えてるふしもあった。

実際に投げやりな生き方をしていた時期もある。

自分の倫理観がゆがんでいるのだろうが、悔いなく死んでゆくために精一杯生きる!という前向きなものではなく、どちらかというと、どうせ死ぬのだからどうだっていいじゃん!的な背徳の気持ちがあったのかもしれない。

ただそれも大切な人の死に直面するたびに、少しニュアンスも変わってきたように思う。
少しは前向きに変わってればいいのだけれど。


よく、寿命には意味があると聞く。
生きているのが当たり前と考えると、確かにそう思えなくもない。
でも死ぬことが当たり前と考えると、生かされていることにこそ意味があるのかもしれないなぁ。


もし質問したら、J.Lennonは今も言うだろうか?
「好きに生きたらいいんだよ。だって、君の人生なんだから」


love & riddle.
by higehiro415 | 2010-08-16 22:51 | 日記

小説「紫陽花」

もうここでやれることは充分やった。
それは牽強付会だったのかもしれないが、そろそろ次のステップに移っていけと何者かに背中をグイグイと押されている気がした。
何者かはわからないが、もし音楽の神様なら幸せだ。

三日三晩スタジオにこもり、ようやく仕上がった1本のマスターテープを再生しながら、取り出したメンソールの煙草に火をつける。

薄暗いダウンライトに照らされた、その紫陽花のような青紫色に燻る揺れをぼんやり眺めながら、音羽金也は自分の今後について流れに身を委ねるのも悪くないな、と思う。


あの鮮烈なサウンドエンジニアデビュー以来3年、もちろん悪いことが無かったとはいわないが、仕事としては良い経験ばかりしてきたのではないか。
休みなどなくても、さほど気にならない情熱と若さもあつた。

金也はあれから、ライヴPAの経験をどんどん積んだ。思い返せないくらい。
仙台という土地柄、お祭りやら講演会、ダンススクールの発表会や運動会など、あらゆるPAを経験した。

音楽に関してはアマチュアの仕事が多かったが、後にプロデビューするような同世代の才能あるミュージシャンには刺激を受けたし、父親くらい歳のはなれたジャズミュージシャン達にはかなり勉強させられた。

地元の「広瀬川〜」から始まる歌詞の歌で全国的に大ヒットしたシンガー(今はタレント業に忙しいようだが)とも、運よく仕事をする機会にも恵まれた。
天才と噂されバークレーを主席で卒業したピアニストと、四畳半フォークの人気グループ「KGY姫」サウンドを支えるギタリストがバックをやっていて、それはそれはアコースティックサウンドの難しさと面白さを教えられた。

いま25年の時を経て親密に仕事をしている、後に某レコードメーカーに勤めることとなる(Charばりのギターを弾く)大林と名乗る長髪の男が、自分のバンドの自主制作シングル盤を出したいと金也のもとを訪ねてきたのも、この頃だ。

アメリカ・ニューオリンズを代表する兄弟ファンクグループが仙台の某ホテルにライヴをしに来た時には、同行していたエンジニアが急病になり、代わりに黒人音楽好きのPAエンジニアを探しているとオファーがきたこともある。
ビビりながらも引き受けた金也は、そのバンドのレコードを聞き込み、セカンドラインとやらを研究し、当日の発熱をものともせずに仕事をこなした。

音楽は国境を越えるが、やはり英語も少し話せないとジョークも通じないと悟ったのは、この時だ。


時代は自主制作からインディーズへと呼び名が変わりはじめた頃(カセットとアナログシングル盤が主流)で、バンドブーム前夜であった。

しかし仙台でまともに録音できたのは大手楽器メーカーYのスタジオだけだったので、金也は思い立つ。
それはビジネスチャンスというよりはニーズに応えようという熱い想いだけであったが、学生時代以来しばらくやっていなかったレコーディングの仕事にも乗り出した。

仙台のみならず宮城県内から大挙して、録音したい!というバンドが集まってきた。
おそらく宮城県内でこの頃リリースされたインディーズ盤の約7割は、金也がエンジニアを努めたのではないか。
それをきっかけにメジャーデビューした連中もいる。

金也自身もこれまでの趣味的バンドを解散させ、本格的に活動を行うべく新バンドを結成した。
バンド名はゴルゴ13に出てきた拳銃(コルト45口径リボルバー)の愛称から付けた。


昼〜夜はPA、夜〜夜中(朝方?)はレコーディング、休みの日はバンド。
プライベートなどほとんどなかったが、充実した毎日だったのは確かだ。
それでも金也の胸の中には満足できない何かが充満し、まるで壊れかけのブラウン管のように、鮮やかな色彩をところどころ黒く塗りつぶしていく。

PAもレコーディングも演奏者か主催者から依頼され、その現場だけで完結することが多い。
しかし自らのバンドのライヴイベントをやり始めると、企画でもって音楽を提供するやり方に面白味を感じるようになっていた。

来た依頼を遂行するのではなく、自分から仕掛けられる仕事がしたい!
それでも具体的にはどうしていいかわからず、然りとて同じ場所に留まる根気強さもなく、金也はある日、辞めたいと社長に告げた。


もしかしたら引き止められるのを、心のどこかで期待していたのかもしれないが、そうでも無かった。
たとえ引き止められても強引に次へと進んでいったのだろうが、結局は言い争ったあと、本気か?なら後任の新人に基本だけは教えていってくれ!と言われただけであった。

その新人は青森の高校から東北大学へと進学し仙台へやって来た。音楽を志しているという。
精悍な中にもあどけなさを残した印象的な青年だった。頭がよくて、金也の教えることを要領よく憶えていく。
だから何の心配もなく、金也はその会社を去った。

その青年は同じ会社でスタジオ番をしていたちょっと年上のギター弾きと、これまた仙台に出てきた弟をベーシストにしバンドを結成。
後に「自画自賛」という妙なバンド名でデビューしたものだから、金也は大いに驚いたものだ。


さて、どうしようか?以前の師匠でフリーで仕事をしていた小森のところに転がり込んだ。
しかしギャンブル好きの小森は、仕事の無い時は雀荘やポーカーゲーム屋に入り浸り、ギャラをそこで稼いでその場で金也に渡すこともしばしばあった。

小森の人柄は好きだったが、ダラダラと音楽以外のことで時間を潰す気は金也には無く、3ヶ月経たずにそこも去った。


いきがって辞めたはいいが、もっと自分で仕掛けられる音楽伝導の仕事がしたい!という以外は、具体的な展開は考えていない。
いつも行き当たりばったりで、現実に気づいて頭を抱えるという計画性の無さに、我ながら愕然とする金也であった。

そういえば中学生のころ駅伝大会の選手に選ばれたが、スタートしてから体力ギリギリまでとにかく飛ばし、疲れてペースを落として追いつかれ、またラスト近くに気力でスパートするという金也の走法に
「ゴールで辻褄合えばいいってもんじゃない。ちゃんと自分のペースを考えて走らないと効率悪いんだ。戦法というのを考えろ!」
先生によく叱られたっけなぁ〜と、呑気に想いを巡らす。

そうだよな。
人の心の癖は、そう簡単には変わるものではない。


そんな金也のもとに大手楽器店Yの小寺店長から電話があった。
「辞めたんだって?次の仕事、決まったのかい?」
「いや〜、次の仕事どころか何やればいいのかもわからずで…」
「ちょうど良かった!イベンターに興味ある?FHって知ってるよね。そこで即戦力が欲しいらしいので紹介したいんだよ」

そこは地元の音楽プロダクションだったが、もともとは仙台からデビューしたE.プレスリーの曲名と同じ名前を冠したバンドの事務所であった。

そのバンドと契約問題で揉めて袂を分けてから、地元のアマチュアバンドのライヴを頻繁に企画したり、音楽誌を発行したり、何といっても大好きな「雄鶏」や「椎名とミサイル」といったバンドが出演する、日本の野外ロックフェスの元祖として伝説を作り始めていた「R&R五輪」というイベントを主催していた。


考えてもいなかったが渡りに船だと金也は思う。
小さな会社だというのも、アウトロー体質の食指が動く理由の1つであった。

しかし不安はある。
「でも僕が入って何か役に立ちますかね?」
「役に立つも何も、適任だと思うよ。新宿屋根裏部屋と組んで向こうのバンドの東北ツアーとかやりたいらしいし、ちゃんとしたPAやれる若いのいないかな〜?って言ってたから」

金也はその言葉に勇気が湧く。
自分の情熱と技術が必要とされるなら、迷う理由はない。


あくる日、小寺店長の付き添いで話を聞きに行った。
音楽と音に対する熱い想いを、ちょっと変わりモンの社長に語った金也に、その社長は言った。
「いや、噂では君のこと知ってたよ。願ったり叶ったりだな。それでだ。いつから来れる?」

「え?? あ、あの、明日から来ます!」


金也、25歳。
窓の外に目をやると、向こう側に見える家の庭先に咲いた青紫色の紫陽花を、天からの細かなシャワーが包み込むように優しく撫でていた。


続く・・・。
by higehiro415 | 2010-08-14 00:42 | 日記

転がる石のように。

形あるものがいつかは壊れるように、始まった出来事には必ず終わりがやってくる。
朝が来て夜が来て、また朝がくるように。
雨の日もあれば晴れの日もあり、曇りや嵐の日もある。
それでも進んでいかなければ見えないものがあるし、得られないものもあるのだ。

なかなかその気になれなかったが、ようやく書けそうだ。
まるで悪友との浮かれた修学旅行のような、あの音楽の旅についてである。

3人で車に乗って全国を巡った日々は、笑いあり涙あり、それはそれは永遠に忘れることが出来ない素敵な思い出として、心の中に真空パックされている。


SMILE 15th が終わったこと。
いや終わったというよりは通り過ぎたと言うべきか。
15th は終わったけれど、すべてが終わったわけじゃないから。

感覚としては、長い夏休みが終わったなぁ…という感じに似ているかもしれない。
たまにしか会えない従兄弟(友達でも恋人でもいいが)が夏休みの間だけ帰ってきていて、毎日一緒に遊んでいたのに、休みの終わりとともに遠くへ戻ってしまう。
わかってはいるものの、どこか寂しくて甘酸っぱく切ない、何とも言えない想いだ。


20年来の付き合いである古市コータロー(コレクターズ)から、ずいぶん前に話しは聞いていた。
SMILEといういいバンドがあり、そこの浅田くんってのがいい曲書いていい歌うたう、と。
さっそくアルバムを聴いた。他の若手バンドとは明らかに違っていて、駄曲がなかった。
ちょっと聴いただけで、どの曲もメロディーがくっきりと浮かび上がってきたし、とてもバランス感覚に長けたバンドだなぁ〜と思ったのを憶えている。

以前、仙台のエフエムの番組で信ちゃんがマンスリーレギュラーだった時もあった。
しかし、何故か出会わずに何年もの月日が過ぎていた。

どうして今まで接点はありながら交わらなかったのか?
もしお互いかなり尖ってたであろう若い頃だったら、素直に近づけなかったかも知れない…と思うと、今で良かったのだと納得する。
必然とはそういうものだ。

どこでどう化学反応が起きたのかわからないが、今や僕にとっての大切な友人であり、とても尊敬するミュージシャンでもある。

これはまだ誰にも言ったことはないのだが、浅森坂というユニットで信ちゃんに初めて会った時から感じていたことがある。
僕が音楽的に信頼する2人のミュージシャンに、顔付きが似てるってことだ。
いや似てるって表現は、ちょっと違うなぁ。

1人はルースターズの大江慎也、もう1人はオリジナルラヴの田島貴男。
見比べると似てるはずがないのだけれど、ライヴ中のふとした折に醸し出す表情というか、面影がダブる時がある。
それは単純にパーツが似てるとかいう話ではなく、才能ある人の顔っていうか…うまく言えないけれど、何か同じ匂いがするのだ。


達ちゃんとは、今回のツアー初日の横浜で初めて話した。
打ち上げの時、まわりの人にはガツガツ絡むのに、僕にはぎこちなかった。
しかしツアーが始まり朝から晩まで一緒にいるようになると、一気に打ち解けた。

「ヒロ兄がそんなにくだけたバカな人だとは思わなかったよ。厳しくて怖い人だと思ってた」と、確か大阪のライヴ後の打ち上げで言った。
嬉しい告白だった。

ツアー中の達ちゃんと僕の会話の95%はくだらないものだったが、京都の夜だけは違った。
お互いの生い立ちとか人生観に触れる話をした。
彼の天性とも思える調子の良さは、実は自分の何かを守るために、だんだんと身につけたものではないか?と思うようになった。真相はわからないけれど。

日常でもステージでもくだらない冗談を言って、いつもまわりを和ませるムードメイカー。
能天気なふりをしてるけど、でも本当はとても優しくてナイーヴな面を持った男なのである。

はじめは久しぶりの緊張感と遠慮があったものの、本数をこなすごとにギタープレイも顔の表情も変わってきて、ツアー後半は「SMILEのギタリスト、鈴木達也」として堂々たるパフォーマンスを見せた。

先日のE.SMILE(ファイナル)でのギタープレイも素晴らしかった。
適度にグルーヴし安定感もあったし、エフェクターの音色も良かった。
とても頼もしく見えたなぁ〜。


一平ちゃんは、浜松で僕に声を掛けてくれて少し話したのが最初。
結局、一緒に仕事をする機会はなかったけれど、たぶんすぐに仲良くなれるだろうと思う。
あの飄々とした笑顔とステージ上の姿を見て、そう直感した。


7/23の渋谷QUATTRO。
最初は用意されたVIPエリアで観ていたが、途中からはフロアへ出ていき観た。
溢れかえる観客のみんなと同じ目線で、ライヴを焼き付けたかったから。
ステージの上のメンバーはもちろん、ビートに合わせて揺れる会場全体が眩しかった。
僕なりのライヴレポを書こうと思っていたのだが、それはファンの方々に任せることにしよう。


いま僕らに出来ることは何だろう?と考える。

関われて幸せだったという想いを胸に、それぞれの場所でそれぞれに前に進んで行くことではないだろうか。
いつかまた集まれたときに、今よりもキラキラと輝いていられるように。

そうすることがSMILE 15thに対する感謝の気持ちであるし、メンバーそれぞれへのエールでもあると思う。


そう、僕ら自身の旅が終わった訳じゃない。まだまだ続いてゆくのだ。
by higehiro415 | 2010-08-08 21:13 | 音楽
あの日のライヴレポ、遅ればせながら書きたい。

企画が持ち上がり、出演者選定の相談をされたのは半年前くらい。
それからずっと楽しみにしていたイベントが「白石・ホワイトキューブ音楽祭2010〜キューブで夏フェス〜」である。

イベントの3日前、出演予定だった桑山哲也氏が骨折により演奏不可能になったと聞いた。
7月半ばのプロモーションのとき、日本屈指のボタンアコーディオンの腕前を目の当たりにし、このヨーロッパ的な音色が神野美伽の和と絡むのか〜と想像したら期待せずにはいられなかったのだが、それは次の機会へと持ち越しになった。

事前のアクシデントはもう1つ。
予算の関係と町興し的な意味合いから、音響機材の手配は地元の業者さんにお願いすることになっていた。
下見をし様々なイメージを膨らませ使用機材のプランを立てたまではよかったが、その希望機材が大幅に揃わない事態に。これには参った。

ホワイトキューブという小屋はクラシック音楽を想定した作りなので、当然ポピュラー音楽をイイ音で聞かせるのには無理がある。
残響も多くステージと客席の配置も変わっているので、音響機材など使わずに生音でやるのがベストの環境なのである。

ここでPAをやったことがある人にリサーチしても「あそこは難しいよ」と想像通りの答えが返ってきたし、オーガナイザーであるカフェ・ミルトンのママからは「あそこでやったコンサートを数多く経験したが、音だけがいつも残念だった。だから今回はヒロさんに任せたい」と言われていた。

プレッシャーと共に腕が鳴る依頼だったのでプライドに火はついていたのだが、最低限の機材が揃わないとなると、なかなかに厄介だった。

代用品でやれないことはないが、出演者の質の高さとイベントの今後を考えると、やはりある程度のものは必要である。
旨い具沢山のカレー作って欲しい!でもカレー粉以外の具材は人参しかないんだよね…と言われてるような感じ。

まぁ結果的には、プロ中のプロである出演者と情熱あるスタッフの皆さんの協力のもと、何とかなったのでホッとしたが、そんな不安要素を抱えながら当日を迎えたことを記しておく。

昼の部。
オープニングアクトは地元白石の佐藤幸江ちゃんと、福島県相馬市出身の こおり健太くん。
幸江ちゃんは数々の民謡大会で賞をとっている若手だが、実はギターを弾きながらオリジナルのポップスも歌っていて、僕はこちらのスタイルしかちゃんと見たことがなかった。今回は地方(ジカタ:三味線や尺八などの伴奏)を率いての民謡。
伸びがあってどこまでも明るい歌声は、何か希望を抱かせてくれる魅力を放っていた。

こおり健太くんは昨年、デビュー記念リサイタルのPAをやらせてもらった時以来だったが、元々の上手さに加え、いい感じの艶が出てきたように感じた。
この調子で心に響く演歌を唄っていって欲しい。

そしてメインは神野美伽。
アントニオ古賀先生をゲストギタリストに迎えて、生ピアノとのアコースティックセット。

前日のリハで「こりゃ、相当やばい!」と感じてはいたが、やはり凄かった。
歌唱力はもちろんピカイチなのだが、問答無用でグッと心臓の奥まで鷲掴みにする表現力と歌声は、もはや日本の至宝と言ってもいいだろう。

打ち上げの時につい本人にも言ってしまったが、本来の演歌はさておきシャンソンやラテンのカヴアーを歌ったときに特にそう実感した。
彼女が歌う美空ひばりも絶品で、人間味も含めてすぐにファンになってしまった。

アントニオ古賀先生も、その存在感も含め強烈だった。
もちろんテクニックも凄いが何より味のあるギターだ。
時に繊細に時に情熱的に奏でられるそれは、人生の悲哀までを感じさせてくれるスケールの大きさ。
唯一無二とはこの事だ。

余談だが、空き時間に誰もいないステージで1人ギターをつま弾いていた先生に声をかけた。
「昨年出したキューバ録音のアルバム聞きました。抑揚のあるラテンギターと大胆なアレンジ、素晴らしかったです!」
「え?あれ聞いたの?売ってた?」
「CDショップでは見つからなかったのでAmazonで入手しましたよ」
「あ、そう。あれ聞いてくれたのかぁ〜」
「はい、何度も。♪東京ラプソディと♪光と影が特に好きです。キューバでのレコーディング、せ〜の!で演奏して録るような感じだったんですか?」
「そうそう一発録り。ちょこっと合わせてすぐ本番。あの国の人たちのイマジネーションとアイディアはすごいよ」
そう言ってからおもむろに収録ナンバーを目の前で弾き始めた。
僕の他には何事かと寄ってきた現地スタッフ4人のみ。
続け様に3曲、そして弾き終わると嬉しそうに微笑んだ。思いがけない贅沢な時間になった。


夜の部。
坂本サトル。
夏のイベントの合間を縫って弾き語りで参加。

彼のライヴPAは最近では年間20本以上こなしているが、安定感は抜群である。
前日のリハが終わってから「今回のセットリスト、会場の雰囲気とかお客さんの層を考えたら変更したほうがよくない?」と言ってきた。
確かに可能なら違う曲やったほうがいいかも?と思っていたので賛成する。
さらに、せっかくのホールの響きだからと、ラストはPA無しで生歌でやろうと決めた(天使達の歌)。

そして本番は夜の部スターターとして、客席と舞台の垣根を取っ払うこの上ないライヴを披露してくれた。さすが!


リクオ with 橋本歩(チェロ)&阿部美緒(バイオリン)。
リクオ氏とは1年ぶりの仕事だ。

器用にセッションをこなし、ソロライヴも忙しく各地を巡り、ライヴ前日だろうが飄々と大酒をあおり、自分の血液型を知らなかったり(興味ないからだって)、ホスト役として出演ミュージシャンをまとめてくれたり、くだらないギャグと哲学的な言葉を同レベルで吐いたりと、こんなに掴みどころのない人を僕は知らない。

そしてライヴは弦楽器とのコンボ。素晴らしかった!
ハッピーでグルーヴィー、音楽の良さを今回も再認識させてくれた。
(このEVENTについての彼の日記。http://www.rikuo.net/index2.html )


山口洋(from HEATWAVE)。
5月のアラバキ以来の彼は毎日のランニングにより真っ黒に日焼けしていた。

喫煙所で、黒すぎてミュージシャンに見られないいんだよ、と笑う彼にはいつも以上に潔い空気感が漂う。
そしてホールのことなどを僕にリサーチし「税金の無駄遣いとかさ、なんか上のほうの事情で世の中が動くの見ると頭にくる!」とつぶやいた。相変わらずで安心した(笑)

ライヴは圧巻だった。
静と動が波のように行き交うダイナミズムは彼の真骨頂だろう。
ラスト、リクオのピアノと弦楽器をバックに歌う名曲「満月の夕」は、どこか別世界へと誘う幻想的な美しさであった。(http://www.five-d.co.jp/heatwave/blog/)

あらためて昨年リリースの「Live at Cafe Milton」を手伝えたことを誇りに思う。


神野美伽withアントニオ古賀。
30分押し。スタッフが何度もPA席に様子を見に来る。

神野さんクラスがこんなに待たされることって、あるのだろうか?
そして、その原因を作ったのは前3人だと思うと、仕方ないよな〜と可笑しくなった。

女王、夜の部はカヴァーOnlyの選曲だった。
昼の部以上にポピュラー感のある構成で、普段演歌など聞かない他アーティスト目当てのファンをすっかり虜にしていた。実力あるって強い!

桑山氏のアコーディオンでフレンチなナンバーをコラボ予定だったが前述の理由により急遽サトルとの「木蓮の涙」デュエットになった。
声の相性もバッチリ(リハ不足でサトルが間違ったのはご愛嬌)。


そしてアンコールでは(仕事のためとんぼ返りとなった山口洋以外)全員で「デイ・ドリーム・ビリーバー」セッション。
鳴り止まぬ拍手の中、イベントの幕が閉じた。
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1回目としては大成功だったのではないだろうか。
音のほうも、まずまずだったと思う。

ただ、開催地の問題があるとは言え、これだけ質の高いイベントにも関わらず音楽に携わる業界の方々(見た限り4人くらいしかいなかった)や、バンドなど音楽活動をしているアマチュアミュージシャン(こちらは2〜3人)に見に来てもらえなかったことが惜しまれる。

皮肉を込めて良いもの見れなくて残念だったねと思うが、これが地方の音楽シーンがレベルアップしていかない現状の1つの理由でもある。
本物を見たり聞いたりしなければ磨かれないし、いつまで経っても偽物と本物の区別がつかないままではないか。

単に開催するだけではなく、音楽の裾野を拡げ底上げをするのも僕らの役目だろう。
何か方法を考える必要があるなぁ。


最後に、企画を持ち込んだほか、動員、出演者のケア、ケータリング、出店の手配などに奔走したミルトン夫妻に心から拍手を贈りたい。

お手伝いしてくれた心熱きスタッフの方々にも、この場を借りてお礼を言いたい。
ありがとう!

そしてイベントの趣旨に賛同し、素晴らしい音楽を奏でてくれた出演者の皆さんにも感謝!
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こんな本物の人たちにきちんと認められるように、もっと自分も頑張らなきゃ!という思いを強くした日でもあった。


音楽というWordを中心に描かれる弧は、何よりも強く何よりも純粋で、そして何よりも美しい。
by higehiro415 | 2010-08-08 00:33 | 音楽

今宵のCDR、第2弾!

第1弾が意外と好評だったため、第2弾も作ることにしました。
日にちごとに並べただけではありますが、今回はなかなか夏っぽい感じかと思います。

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ご指摘もあったので、ジャケ裏には曲目と一言コメント付けてみます。

第1弾試作品が思った以上に希望者が多く、送料がかさんでしまいました。
そこでまわりにいろいろ相談してみたところ、送料と実費(CDR、ケース、ジャケプリント用紙など)合わせて千円が妥当とのことでしたので、今回からはそれでやってみようと思います。
(申し訳ありません!)

それでも欲しい!という方はTwiiterへDMいただくか、
higemodern@gmail.com までご一報下さい。
もちろんお急ぎでなく手渡しが可能なら送料はいただきません。

ご理解のほど、よろしくお願いします!

Mr.Cappuccinoより
by higehiro415 | 2010-08-01 22:53 | 音楽