佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31

<   2011年 01月 ( 5 )   > この月の画像一覧

自分のハードル

唐突だが、プロスポーツ選手の引退劇には千差万別の理由やタイミングがある。

年齢的なもので筋力や気力が衰えたり古傷が痛んだりで、満足なプレーができなくなった場合。
これは一番多い理由のひとつだろうが、まぁ要するに限界を感じてそろそろ…というやつ。

いくら鍛えても逆らえないものなので、仕方がないと思うしかないのだろうと想像する。
仕方がないという意味では、単純に怪我などで選手生命を絶たれる残酷な場合もある。

まぁここまでは、その意思決定の心境も何となく察することができるが、問題はここからだ。

肉体的なことよりも精神的にダメになった場合。
これは闘争心が無くなった、という言い方でよく表現される。

プロスポーツは競争(勝負)であるからして、闘争心がなくなれば当然勝ち負けにこだわる執念みたいなものが減り、結果負け続けることとなる。
結果がすべての世界においてこれはやはり存在意義がなくなるので、引退の大きな理由のひとつだろう。

ただこの場合は気持ちの問題なので、試行錯誤すれば新たなるチャレンジも可能なときもある。
成績の落ちた選手が、チーム移籍などで別人のように蘇るケースがそれだ。

人間の気持ちというか、意識の重要さを感じずにはいられない。

そしてもうひとつ。

年齢的にも精神的にもまだまだやれるにも関わらず、何らかの理由により、自分の掲げたハードルの高さに届かなくなったということで引退を決断する場合。

これは非常に曖昧だし微妙な感覚だが、気持ちはよくわかる。

理想主義というか美意識というか、要するにこれは他人から相対的に見えるものではなく、自分自身にしかわからない絶対的なもの。
これまでとあまり変わらないだろうとこちらが思っていても、本人のイメージ通りのプレーが出来なくなったとかいう話を聞いたことがあるだろう。

プロとしての意識レベルがとても高いと思う反面、ただの勝手な自己満足だと捉えることもできる。


どうしてこんな話をしているかと言えば、引き際についていろいろと考えたりすることも時にはあるからだ。

このレベルじゃもうダメなぁ〜と感じたら惨めな姿をさらす前にスパッと辞めるのも男らしいと思うし、ボロボロになりながらも何とか続けていくのも、また男らしいと思ったりする。

引き際の美学とでもいうのだろうか?

耳と感覚というふたつを商売道具にしている自分に置き換えると、やはり能天気に構えているわけにもいかないのが現実だったり自分の性格だったりするんだろうなぁ〜。

経験と知識でカバーできるとはいえ、イメージ通りの音が出せているのかどうかを心配したりしながらの音作りは、非常にストレスがたまるものだ。

まぁ僕の場合、気持ちが入りすぎて困ることも多々あるのだが(笑)。


何はともあれ未来・人生というものは予測不可能で、だからこそ今を大切にしなければいけないのだな、と思う冬の夜なのである。にゃは。
by higehiro415 | 2011-01-31 01:59 | 日記 | Comments(2)

小説・The Sound is Golden

◆Time Out

「ハロー、フレンド。今日もCod&Chipsかい?」
「ハイ、ムラト。この半月あちこちで食べてみたけど、ここのCod&Chipsはホントlovelyだよ」
「まあな。でもToad in the holeも美味いぞ」
「Yorkshire puddingの生地にソーセージぶち込んであるやつだろ?それって。なんか見た目がイマイチなんだよなぁ〜。いいよ、いつもので」
「はいはい、わかったよ」

Londonに着いたあの日、何気なく立ち寄ったVictoria Coach Station近くのファストフードレストランが(いや正確に言えばその店のフィッシュ&チップスが)気に入った音羽金也は、午前中の英会話学校の授業のあと、ちょくちょくここを訪れるようになっていた。
店員のトルコ人・ムラトとは、彼のなつっこい性格もありすぐに打ち解けた。

「ところで、最近面白いこと何かあったか?」
「うん。ダブルデッカーにハマってるよ。ワンマンじゃなく車掌付きのやつね」
「え?バスにハマるって、どういう意味だよ?」
「車掌付きだと、バス停じゃなくても飛び乗ったり飛び降りたり出来るじゃん。あれが楽しくてさ。日本じゃ絶対あり得ないよ。危険だとか問題になってすぐに禁止さ。どこでも降りられるなんて便利だよなぁ」
「ロンドンだって危ないって問題にはなってるんだぜ」
「でも推奨してるわけじゃないんだし、自己責任ってのが大人の国って感じするよ」

「ところで珍しいな、Time Out持ってるなんてさ。映画でも観るのか?」
「いや…実は一緒に行きたいなぁ〜と思ってさ」
「どこに?」
「カムデンにあるTown & Country Club」
「マジ?何があるんだい?だって確かそこってさ…」


◆Wateloo Sunset

Londonに来て2週間。金也は初めてTime Outを手にした。地下鉄駅のコーナーショップ店長・エドワードに、ライヴ情報ならTime Outだぞ!と聞いていた情報誌だ。

はじめは今ロンドンでどんなギグがあるのか眺めるつもりでページをめくる。ハマースミス・オデオンやロイヤル・アルバート・ホール、100 CLUBやMarqueeといったライヴハウス、LimelightやWAGといったCLUBまでものすごい量のライヴ情報がぎっしりと掲載されている。

金也は少しずつしかし確実に、胸の奥のほうがムズムズとしてくる衝動を抑えるのに苦労する。
別にこの間ナズローさんに痛いとこ突かれたからというわけではない。いや、それも半分くらいあるのだが、あとの半分は禁断症状のように音楽に触れたくなっている。

Lower Richmond RoadにあるHalf Moon Putneyという、テムズ川を渡ったロンドン南西部にある場末のライヴパブ。確かボ・ディドリーやヴァン・モリスンも出演したことがあると以前何かで読んだ。その予定欄にWilko Johnson Trioの名前を見つけたときは、本当に心臓がバスドラムのビートのようにズドンと鳴った。

そして決定打はその何ページか後のTown & Country Club(現London Forum)のスケジュールにPaul Wellerの文字が目に飛び込んできたときだ。ビートがどんどん早く強くなり、バスドラムの革を突き破り中からは大量の水があふれて止まらなくなる。そんな感じだった。

次の日フィッシュ&チップスを食べつつ、ムラトをP.Wellerのギグに誘いに行った。音楽解禁を1人で迎えるのが怖かったからだ。しかし2日後ということで店のシフトを変えることが出来ずに、ムラトには丁寧に断られた。
当日までおとなしく待つことはもちろん無理だった。あふれ出てきた水は留まることを知らず、いわば蛇口の壊れた水道のようだ。

食後のオレンジペコーを飲み干すと、金也は迷わずAbbey Roadに向かう。もちろんあの横断歩道とEMIスタジオを見るためだ。裸足にこそならなかったが横断歩道をスタジオ側から向こう側に渡る。
そのままCavendish Ave.まで行き、65年〜レコーディング期間中メンバーが寝泊まりし、ジョンとポールが曲作りのアイディアを出し合っていた別荘風の邸宅へ。
そこからバスでBond Streetまで行きManchester SquareにあるEMIハウスを見る。ビートルズのPlease Please Me、そして赤盤・青盤のジャケット写真が撮影されたビル。中には入れなかったが、ここの吹き抜けの手摺から顔を出し下を見る4人のことを想像してみると、不思議な感覚に襲われる。

気が付くとそろそろ夕飯に帰らねばならない時間になっている。ナズローさんとの約束は、まだ一度も破っていない。他の場所にも行ってみたい気持ちを抑え、チューブに乗り込みClapham Southへ戻る。本屋で見つけたLondon’s Rock Landmarksというロンドン市内のロックにまつわる名所ガイドブックを読みながら。

明日はWaterlooに行って夕焼けでも見たいなぁ〜、などと金也は思い描く。


◆Into Tomorrow

カムデンの駅を出てKentish Townへ歩き出したところで、声を掛けてくる男がいた。ジーンズにニットとダウンジャケットを着たその男は、見た目は普通で年齢は金也より少し下、25歳くらいだろうか。
「ポール・ウェラーのチケットあるよ」
「要らないよ。当日券買うから」
「もう売り切れてるよ」
「うそ〜?窓口で確認してみる」
金也は小走りでライヴ会場のTown & Country Clubまで行き、チケットカウンターの前で肩を落とす。確かにさっきの男が言っていたのは嘘ではなかった。Day Tickets, Sold Out. Sorry !と書かれた貼り紙を何度も確認する。

冷静になろうと隣のカフェに入ろうとしたら「ほらね」と声を掛けてきたのはさっきの男だ。
「どうする?俺からチケット買う?」
「ついてきてたの?ちなみに、いくら?」
金也はこれまでダフ屋からチケットを買ったことはない。しかしどうしてもライヴを見たかったのと、目の前の男が日本のダフ屋では考えられないほど普通で、悪そうな奴には見えなかったのが幸いだった。

「もう残り少ないし1階アリーナだから60ポンドでどう?」
「え〜!3倍じゃん」
「そりゃそうだよ。貴重なチケットだもん。プレミアってやつさ」
「じゃ要らないよ。そんなにお金持ってないし」
「日本人だろ?金ないわけないじゃんか。ロンドンまで旅行に来ててさ。それに昨日あんたのこと見かけたよ。Sohoのレコードショップでさ。偶然だけどね」

金也は昨日、Victoriaの裏通りにあるキース・ムーンが昔住んでいたアパートとTottenham Court Roadの伝説のクラブUFO Clubの跡地、それからModsの聖地Carnaby Streetをブラリとしたあと計画通り夕方にWaterlooへ行った。その後OASISのMorning Gloryのジャケ写が撮影された通りにあるレコードショップへ確かに立ち寄っていた。

「マジ!?ただし僕はレコードを買っていないし旅行者でもない。残念ながら」
「じゃレコードもチケットも買えない貧乏苦学生だとでも言うのかい?」
「その通りだ!君は察しがいい。ちなみに今の全財産は…」
金也はポケットに手を入れ有り金を取り出し、男に見せた。25ポンドだった。
「そうかい。わかったよ。じゃ今日のチケットはあきらめるしかないな」

男は他のターゲットを探し始めた。金也は駆け引きに負けたとガッガリする。違うポケットを確認するとあと50ポンドあった。財布に全額を入れておくと札を出す時にいくら持っているか見られるから気をつけろ!というムラトの忠告で、最近は財布を持つのをやめズボンの前後のポケットにお金を裸のまま分散させていた。
見た目は普通でもやはりダフ屋はそう甘くないな、と思いながらカフェでアールグレイTeaをすすりながら、さてどうしたもんか?と次の作戦を頭の中で練っていた。

30分くらい経って、誰か一緒に来る予定だった人が来られなくなりチケットが余っている人がいるかもしれない!と、また会場の正面入口のところへと戻る。
「まだあきらめないのか?」あの男がまた話しかけてきた。
「そりゃそうだよ。ウェラーっていったらThe Jam、The Style Councilとず〜っと聴き続けてきたんだ。ある意味ビートルズ以上の影響だよ。しかもこのホールは雑誌のインタビューで好きなホールだと言っていたから、いいライヴになるに決まってる。しかもムーブメント以降ソロとしては初のロンドンでのギグだ。見逃したら今後いつまでも後悔することになる。今日はウェラーが通っているという床屋だって見てきたんだ」

「あんた本当に好きなんだなぁ。でもって金がない日本からの苦学生ねぇ…」
「いや、さっきはごめん。苦学生ではないんだ実は。ただの自分探しの旅で、今日から音楽を解禁しようと思ったんだ。金も本当は75ポンド持ってる。嘘ついて悪かったね。ただ、今そんなに使うのは明日からの暮らしに響くから躊躇した。こっちにいる間しばらくは収入ないし」

すると男は金也を手招きして通りの裏のほうへと連れて行くと、こう言った。
「さっき全財産だと言った25ポンドで譲るよ。ボスにみつかるとヤバいから黙ってろよ」
「え??」意味が飲み込めない。

「この仕事してて正直にそんなこと言ってくる奴に初めて会ったよ。あんたからお金を巻き上げるのは気が進まない。これでギグ、楽しんできな」
斯くして金也は貴重なチケットをほぼ定価で手に入れた。

この前ナズローさんに言われた「あなたは音楽の神様に選ばれたのよ」という言葉を噛み締めながら、金也は憧れのPaul Wellerのギグをロンドンで観る、という夢を叶えたのである。もちろん最高のショーだったのは言うまでもない。


◆Bottle Up and Go

日本で煮詰まったことなど考えるのも億劫になり、金也の音楽三昧の日々が始まった。
London’s Rock Landmarksを指南本としてあちこちのロック名所を巡り、Time Out片手に夜な夜なギグやクラブに通い詰めるようになる。

キンクスの曲名にもなりボブ・ディランのDon’t Look Backが撮影されたDenmark Street、デヴィッド・ボウイのジギースターダストのジャケ写になったHeddon Street、The Whoがキース・ムーンと出会ったOldfield Hotel、ビートルズFor Saleのジャケ写撮影場所でR.ストーンズ伝説のコンサートが行われたHyde Park、The JamのThis Is The Modern Worldのジャケ写が撮られたLatimer Roadのロータリーの下。

ジャムやプリテンダーズが名盤を録音したAir Recording Studio、ビートルズが最後にライヴ演奏(屋上で)した旧Apple Corpsビル、Dr Feelgoodをはじめパブロックの礎を築き、U2が初めてのロンドン公演(客は9名だった)を行った偉大なライヴパブThe Hope And Anchor、ピンクフロイドのAnimalsのジャケになった(豚は飛んでないが)Battersea Power Stationなど、金也は来る日も来る日もいろいろな場所で音楽に想いを馳せた。

Half Moon Putneyにウィルコ・ジョンソンを見に行った時も運命の悪戯があった。
ここは場末のパブで、ドリンクフロアとライヴフロアが分かれているが、それぞれのスペースはそれほど大きくはない。スタウト(黒ビール)のパイントグラスを片手に開演前にライヴフロアでPA卓(音響調整卓)を覗き込んでいる金也に「ここで、なにしとっとぉ?」と福岡弁で声をかける男がいた。
「うわっ!鮎川さん!どうしたんですか?」
「それはこっちの台詞よぉ。どしたの?シーナもおるよ」

細かい話は抜きにして、いまロンドンにいて今夜のギグを見に来たことを鮎川誠に告げる金也。鮎川さんはちょうどロンドンでウィルコ・ジョンソンをプロデューサーにレコーディングしていて、この日ステージに飛び入りするらしい。ラッキーというほかなかった。

ギグが終わるとブロンドヘアーでそばかすがキュートな女の子(たぶん同年代)が金也に微笑んで話しかけてきた。どれだけラッキーが続くのだ?と金也はドキドキした。
「今夜のギグ素晴らしかったわね。私はシンディ。あなた、あの飛び入りした日本人ギタリストの知り合いでしょ?さっき話してるの見たわ」

どうやらW.ジョンソンBandのベーシスト、ノーマンのことがお気に入りらしく、金也にノーマンと話せるよう鮎川さんに言ってくれ、というお願いだった。
「それは難しいよ。鮎川さんは知り合いだけどウィルコもノーマンも個人的には知らないし。君の役に立てなくて悪いね、シンディ」と答え終えた時だった。
鮎川さんが楽屋へ一緒に行こうと誘いにきてくれた。シンディはニコリとして、私は金也の友達だと自己紹介した。そうきたか!

鮎川さんに連れられ、金也とシンディは1st Floor(2階)の楽屋へと向かう。2年前にサインをもらい何人かで一緒に写真を撮ったことはあるが、いざ改めて紹介され向き合うと思うと緊張する。
ギネス片手に優しい握手で迎えてくれたので、思い切っていろいろ話してみようと試みる。今夜の素晴らしいギグの感想を延べ、さらにDr Feelgood時代からファンだということやギターフレーズをかなりコピーしたことなどを話す。

ウィルコが「日本にも君みたいに俺のようなギターを真似する奴がいるんなんて驚きだ」と言うので「僕の他にもう1人。去年あなたの東京でのライヴに一緒に行ったアベフトシって男もなかなかですよ。彼はプロで僕はアマですが」と金也は答える。

30分は楽屋にいただろうか。そろそろ帰ろうと思いシンディを見るとノーマンにベッタリくっついている。やっぱ日本じゃないなぁ〜とほくそ笑んで、金也は1人楽屋を後にした。

テムズ川に反射する月はハーフムーンではなくフルムーンだった。


◆God of Music

塞き止められたダムが崩壊したかの如く、再び音楽という名の洪水の中を泳ぎはじめた金也だが、以前とはあきらかに違う感覚を覚えていた。
自分には音楽しかないのだ!という頭でっかちの強迫観念は消え、自然と心が反応するまま自由に音楽を受け止めている。意識せずとも血管を流れる血の中に音楽が滲んでいるような、もしくは細胞のどこかに音楽が組み込まれているような、そんな感覚だ。

音楽を嫌いになったわけじゃなかった。ただ金也自身の狭い視野と器の小ささが招いた、単なる周囲への言い掛かりだったのだと気付く。
そしてナズローさんが言ったことは少し違っていて、音楽の神様に選ばれたのではなく、音楽の神様がいつも見守ってくれているのだと思えるようになった。

久しぶりに作った曲は以前と比べればより大人びて洋楽的になっていて、多重録音でデモを作ることにもチャレンジした。バンドばかりやってきた金也にとって初めてのソロワークスだった。

1ヶ月を過ぎると、経済的な蓄えが減ってきたことに今更ながら気付く。
ムラトと結託して日本人観光客を店に連れて行ったり、マーケットやクラブで知り合いになったDJにまじりナイトクラブでレコードをスピンしたり、バスキング(道端や駅のプラットホームでのストリート演奏)をしたり、通い詰めたライヴハウスのPAを手伝わせてもらったりして、金也は小遣いを稼いだ。ちょっと危ない薬を売ったりしたことも本当のところ何度かある。

そしてそれらの経験は金也を音楽の世界にゆり戻すというよりも、別の角度から新たな方向性を見出すことへの大きな原動力となっていく。
もし音楽や音の世界で生きていくならば、一度今までと違った立ち位置で音楽全体を見つめ直す必要があるのだと感じてくる。

同じところに舞い戻るのではなく、もっとストリートに根ざした音楽の仕事をやってみたいと思い至ったとき、いったん日本へ、仙台へ戻ることに決めた。

そう、音楽の神様はきっとずっと見守っていてくれる。恐れることなどない。


◆Origin Of Name

Mrs. Nazrooは金也との別れの日、朝から涙が止まらなかった。
1年も経っていないが、このまま彼がこの家に居着いてもいいかなと思っていた。ある意味息子のように感じてもいた。だからこそ悲しみが大きかったのだが、よくぞ立ち直ってくれたという嬉し涙も混じっていたものだから、涙の量は倍増した。

モスグリーンの愛車Miniでヒースロー空港まで送ってあげたほうがいいとは知りつつ、別れが辛くなるのが嫌で、エンジンの調子が悪いのだと嘘をついた。

金也も同じ想いだったから、ナズローさんの嘘にホッとした。嘘とわかる嘘にホッとしたのは初めてだ。それに、泣いて腫れた顔で別れるのは永遠の別れのようで大袈裟だし、ちょっと照れる。きっとまた、すぐに来れるだろうという予感もあるし。

玄関を出るときMrs.Nazrooは瞳からあふれる涙を拭おうともせずに金也に言う。

あなたの名前、すごく意味があるわ。
音に羽がはえて、やがて金色に輝くんでしょ?音羽金也ってそういう意味よね?

金也は最上級に微笑んでナズローさんと長めのHugをし、そしてドアを開け手を振る。
Tube Stationまでの見慣れた道を歩きながら、金也は知らず知らずに頬をつたう涙と、それとともに込み上げてくる笑いをこらえるのに必死になる。

名前の解釈の件、じいちゃんから字をもらっただけだとはさすがに言えないよな〜、あの場面で。
ナズローさんって、やっぱりチャーミングだな。

そのお陰なのかはわからないが、思った以上に金也の足取りは軽く、頭の中ではAll You Need Is Loveが清々しく鳴っていた。


続く。。。
by higehiro415 | 2011-01-14 01:42 | 物語 | Comments(7)

1/8 Good Day Sunshine

前の日に飲み過ぎた割には目覚めが良かった。急いで支度をして(インナーの着替えと今宵CDRをカバンに詰め込んだだけだが)仙台駅へと向かう。空気が冷たく寒かったが眩しい太陽が上機嫌に拍車をかける。新青森からの新幹線が雪で遅れているとの情報も、仙台には5分遅れで到着したので事無きを得た。ほぼ満席の車内、雑誌を眺めたりセットリストを妄想したり居眠りしたりしていたら東京に着いた。

東京駅からまずは打合せのため三軒茶屋へ向かう。表に出ると気温はそうでもないのだろうが、日差しが体感温度を上げる。薄着してきたつもりだったがそれでも仙台に比べればだいぶ暖かく、上着を脱ぎ待ち合わせ場所へ歩く。

昨年の春、A.SMILEツアーで大阪へ向かう時に待ち合わせた場所に、信ちゃん(浅田信一氏)は5分ほど遅れてチャリでやってきた。新年の挨拶など交わし近場のカフェへ。昼前だったせいかちょっと混んでいて、カウンターに横並びで腰掛け深煎りコーヒーを注文、欲しいと言われていた今宵CDRと手土産を渡しつつ本題へ入る。

忙しいとは知りつつ信ちゃんにお願いしたい仕事があり相談していたのだが、快く引き受けてくれ、その件での打合せだった。一通り話し終えて雑談する。お互いの今年の仕事の感じや展望など、何故か彼には腹を割って話せるから不思議だし有難い。
お互い大人になりきれない部分はここまできたら逆に魅力だと思って頑張りましょう!wと励まされ別れた。短い時間だったが有意義で穏やかな時間を過ごせた。

そして僕は渋谷へと向かった。AXでのザ・コレクターズのライヴ見学のために。
見学というのは文字通り「見て学ぶ」のが目的だ。3月のみちのく2daysのPA(音響)をやらせてもらうにあたり、だいぶ前から彼らが信頼を寄せPAを任せているY氏がどんな感じで音作りをしているのか、見て研究しておきたかった。もちろんライヴ自体の音は何度も聴いているが、自分以外の人がPAをやる時のサウンドチェックやリハは案外見る機会が少ないものだ。

もう1つには久しぶりのAXワンマン、しかもツアー最終日にして今年初ライヴということで単純に見届けたい!という想いも強かった。
楽屋口から中に入るとバスドラムの音がドスッ、ドスッっと聞こえてきたのでサウンドチェックが始まったばかりだとわかる。その響く感じの音は大きいホールならではのもので、さっそくこっちが緊張してくる。親戚のおじさん(同年代なので従兄弟?)のような感覚。

廊下を行きThe Collectors様と貼り紙された楽屋を覗くと、シュウマイのほのかな香りに包まれながら加藤クンとコータローがいた。テーブルにはメンバー分の崎陽軒のシュウマイ弁当が積まれている。こだわりだw。
「おう佐藤クン、遠路遥々ありがとね」といつもの笑顔。「どうよ?」という僕の問いに「どうなんだろうね?」との答え。いつもなら「なんとかなるでしょ」的なのが多いので、やはり緊張(心配?)しているのがわかる。

荷物を置かせてもらいステージ上に向かう。Qちゃんと小里くんがサウンドチェックしていた。ジェスチャーで挨拶し袖からステージへと出てみる。ステージ上はかなり広く天井も相当高い。それでもドラムセットを中心に配置されたアンプ類やモニター類はそれほど広がっておらず、この配置にもコレクターズのこだわり・美学を感じる。

これだけ広ければもっとメンバー間のスペースを開け、例えばドラム台を組んだりするのも容易だ。しかし見た目の問題か音の問題か、おそらくは両方だろうが、コンパクトにシンプルに配置された立ち位置は普段とそう大きくは変わらない。いつもと違うのは加藤クンのアコギ用のアンプとコータローのサブアンプがあるくらいだ。

むしろステージが広くなった分だけバンドの一体感が強調されるだろうと想像できた。The KinksやBob DylanやPaul Wellerのステージのように。

ステージ上から見る客席は思ったより後ろまで遠くはないが、面積はある。ここに満杯の人が入ったら相当に気分がいいだろう。逆に遠くない分見えるので、後ろのほうが空いていたらちょっと寂しいかもと察する。だからチケットの売れ行きが気になるのはとてもよく理解できる。
もちろん大きい会場は経費も膨大にかかるので、そういう現実的な問題もあるだろう(ライヴ料金も安めの設定だし)。

あとは意地ではないのか。
デカい会場でやるのは簡単だ。変な話、お金を出せばライヴをやることは誰だって出来る。武道館だって東京ドームだって。でも問題はそこでやる必然性だろう。そこそこ満杯にならなければやはり恰好悪いだろうし、次に同等かもっと広い場所でやる夢というか意味がなくなるからだ。事務所やレコード会社にお膳立てされてやるのとは大違いなのだ。
バンドの力だけで成し遂げようとする(25周年の野音に向かうことも含めた)コレクターズの意地。

そんな事を思いながら客席フロア後方のPAブースに。エンジニアY氏に「アドバイスお願いしますよ」と言われるが、僕は逆に「いや今日は勉強させて下さい」と頭を下げた。同業者が隣にいるのはやりづらいはずだが、Y氏に感謝だ。
ミキシングコンソール(音響調整卓)は高価でハイグレードなMIDASのXL8というデジタル卓。実物は初めて見た。宇宙船の操縦席のよう(カメラのしばえり女史も同意)だが使い勝手は良さそうである。
f0210751_1383392.jpg

リズム隊のチェックが終わりコータローと加藤クンのギター、そしてメインヴォーカルとサウンドチェックは続く。この会場の響きは仙台のZeppにやや似ていると感じた。ということは音の質というより、まとめるのが難しいということになる。

サウンドチェックが終わりメンバー全員でのリハーサル。まずは♪Toughでモニターなどステージ上の音の聞こえ方の確認だ。まだフロアに人が入っていないせいもありホールの残響が気になるらしい。
お客さんが聴くフロアの音は当然大事だが、メンバーが気持ちよく演奏できるステージ上の音環境も同じように大事なのだ。

ステージ袖のモニター卓(こういう大きいところではフロアに聴かせるハウスと呼ばれるメインエンジニアと演奏者用にステージ上だけの音を担当するモニターエンジニアがいる)に細かい注文が飛び交う。
バラード系の♪ライ麦〜、ハープを使う♪マイアミ〜、加藤クンがアコースティックギターを弾く♪Gift、コータローがボーカルをとる♪twitterなどワンコーラスくらいずつ続けていく。メンバーが自分の生音とモニターを確認していくのと同時に、メインPA、照明、ローディー(楽器の持ち替えやチューニング)と各セクションのチェックも順調に進む。
ツアーに限らず専属スタッフがいる強みは、本番よりもリハで明確になる。リハが順調に進めば当然気分よく不安なく本番を迎えられる。
f0210751_1361392.jpg

「この曲のサビのきっかけってどんな感じの明かり?」とライティングの確認をするのはコータローだ。ミラーボールが上から降りてくる♪青春ミラー。ミラーボールが降りきった瞬間にイントロ始めようとか、曲と曲のつなぎの細かい部分、そしてあのオープニングの確認も。

「こんな感じかな?PAさん照明さん、リハ終わっても大丈夫?」加藤クンの声でリハ終了。さすが百戦錬磨というか、後半は自分たちというよりPAや照明セクションの為のリハと言ってもいい。

音は80%の調整、残りは本番でというPA・Y氏のスタンスは僕と同じだ。人が入ればフロアの音響特性が変わるし、バンドだってノッてくれば演奏が変わる。その瞬間にいい音になるよう、調整の余力を残しておくのは大切なのだ。PAにもライヴ感が必要ということだ。

メンバーが楽屋へ戻ってから、後方のPA・照明ブースにやってきて打合せする影の仕切り屋・古市コータローがいつも以上に頼もしく見えた。

今回のライティングオペレーターは若いK君だった。ポイント部分のリハだけで全てのシーンまでわからなかったが、その色やライトの使い方には何か新しい感性があり、今のコレクターズにはとても効果的だと感じた。この照明効果は大きい会場ならではのもの、これも見ものだ。

熟練のサウンドに若々しいライティング、ステージ上には職人ローディー、そしてこのバンド。
こりゃあ本番はかなりヤバいことになるぞ!と考えただけでも身震いした。
あとはお客さんがたくさん入ってくれて、メンバーのテンションがMAXになれば伝説になる。

リハはけっこう早めに終了し、本番までにイメージやテンションを上げていくにはちょうどよい時間だ。楽屋に戻って弁当食べたりマッサージしたり雑談したりと、思い思いに過ごす。メンバーの友人たちがちょこちょこと楽屋に訪れはじめ、だんだんと開場時間が近付いたことを示す。
ここでも頼まれていた今宵CDRをコータローに渡し「信ちゃん、どうしても行けないからヨロシク!って言ってたよ」と伝言をし、僕はロビーやフロアやステージを探索しながら時間をつぶす。

Northern SoulのコンピレーションCDが今日の客入れBGMのようだ。確認しなかったがおそらくは加藤クンのものだろう。BGMはいつも加藤クンが持ってくる。
BGMのCDがセットされPlayボタンが押される。
さぁ開場の時間だ。

開け放たれたフロアへのドアをめがけて続々と人が入ってくる。知ってる顔、見たことある顔もいる。みんな心なしか顔が紅潮している。そりゃそうだ。この日のライヴでコレクターズは一足遅れの正月を迎えるのだ。しかもこの大きめのAXというホールで。いやでも興奮してしまうに決まっている。フロアの人口密度が徐々に高くなる。

開演15分前からBGMはTHE WHOのライヴ盤に切り替わる。一緒に歌っている人、リズムで体を揺らしている人、友達やファン仲間とおしゃべりしている人、様々だ。
個人的に僕はこの客入れ時のBGMって、とっても好きだ。ライヴ前のウォーミングアップになるし、バンドのルーツだったり好きな音楽だったり、雰囲気をつくるのに重要な役割を担うと思っているからだ。

余談だが、以前Zepp SendaiにJon Spencer Blues Explosionが来た時、地元のヒップなDJにオープニングアクトをやらせろ!という本人の指令により、どこからか僕に声がかかりやらせてもらったことがある。60分をどのように雰囲気作りするか迷って、相当な数のレコードを持ち込んだ。
開演が近付くにつれだんだんとお客さんを煽るような選曲で攻めたのだが、何回かジョン本人がDJブースまで来て「このご機嫌な曲、誰だっけ?」とか「このレコード、どんなジャケか見せろ」とかかなり楽しんでくれて、楽屋に呼ばれビールをしこたま寄越されたのを思い出した。
いいBGMは演奏者の気分をもアップさせるんだなぁ〜と感心したものだ。まぁ奴の場合はただの音楽バカかもしれないが(笑)。

話を本題に戻そう。
予定開演時刻の10分前、僕はステージ袖から客席を見てみた。後ろのほうが少し空いているが、だいぶ一杯になってきた。そしたら着替え途中の加藤クンがウロウロとやってきて僕の顔を見るなり「客席どんな感じ?」と訊く。気になって見にきたようだ。
「だいぶ埋まってきたよ。当日券売場にも人がけっこういたから、いい感じになるんじゃない?」と答えた。そうなって欲しいという願望も交じっていた。

本番5分前、PAブースに戻るとその横や後ろまで人の波が膨らんでいた。BGMは計ったようにWho Are Youに。客席が沸く。曲が終わってライヴ盤の中の拍手が鳴ると、フロアも一斉に拍手と歓声が巻き起こる。時間だがまだ出てこない。次の曲へとCDは移るが、待ちきれないといった様子で拍手と歓声とざわめきとで、フロア全体が熱気に包まれる。

まわりを見渡すと後方まで人がびっしりだった。なんだかすでに胸が熱くなってくる。
入ったじゃん、こんなにたくさん。

PA・照明エンジニアがインカムを装着し身構える。そろそろかな。ステージからのきっかけを待っている。
そしてBGMがFOされ客電が落とされた。怒髪天の増子くんがMCで登場だ。笑いを誘いながらも煽る。一通りのネタを済ませ、その時がやってくる。

「それでは紹介しましょう。ザ・コレクタ〜〜〜ズ!!!」

地鳴りのような歓声のなかポロシャツのQちゃん、シャツをはだけた小里くん、ビシッとスーツできめたコータローが登場。3人で軽く音出しをした後、ユニオンジャックのジャケットを羽織った加藤クンが現れ会場の興奮は一気にMaxへ。

「Love、愛は、テレパシー♪」という加藤クンの伸びのある歌声。93年のあの名曲からライヴは始まった。

いや〜、涙が出た。
メンバーチェンジ、レコード会社移籍、事務所移籍、CDセールスやライヴ動員の浮き沈み。数々の困難や苦境をも乗り越えながら、音楽を自分たちをファンを信じてコンスタントにバンドを続けてきた彼ら。

いま目の前の光景は、頑張ってきた彼らへの神様からのご褒美でもなんでもない。
彼らが実力でわしづかみにした現実なのだ。めっちゃ、ロックじゃないか!

ライヴ本編の詳細に関してはいろんな人が書いていると思うし、体感した人の大切な想いを僕の陳腐な言葉で汚したくないので割愛させていただく。

嬉しすぎて暴走したMCには大いに笑わせてもらった。僕の後ろで人一倍大笑いしていた松本社長もすごく嬉しそうだった。
そして初披露してくれた新曲。コレクターズにまた後世に残る名曲が誕生したようだ。

PAのY氏だが、さすがベテランの技だった。バランスは絶妙だったしリバーヴのかけ具合もばっちりで、いい仕事を見せてもらった。
照明のK君、頑張った!リハで想像した以上に、感性豊かな若々しいライティングを見せてくれた。

そしてこの日のバンドの演奏は、熱きオーディエンスの皆さんに導かれながら突き抜けるようなダイナミックさを放っていた。すごい会場全体の一体感。
大きいステージがこんなにも似合う、スケールの大きさを見せつけられた。

ライヴを見ていて、僕はこの強靭なバンドの魅力について考えた。
楽曲も演奏も並のバンドじゃ到底太刀打ちできないクオリティーなのはわかっている。じゃ何が今の彼らを輝かせているのか?

それは、孤高とも言える圧倒的なバンドの存在感と、25年経っても驚異的に瑞々しいライヴのグルーヴ。こんなバンド、今の日本にはいない。

そして4人を見つめていて思った。個性はバラバラなのになんて統一感のあるメンバーなのだと。

無邪気なレイ・デイヴィス、恥ずかしがり屋のポール・ウェラー、ワイルドなジョン・エントウィッスル、活気のあるチャーリー・ワッツ。例えればそんな風に見えた。
f0210751_1364775.jpg

アンコールが終わっても鳴り止まない歓声と拍手が、この日のライヴを物語っている。
これは、コレクターズ、今年クルね間違いなく。経験上そういう匂いがプンプンする。

終演後の楽屋は訪れたゲストや関係者で溢れていた。いつも以上に多かった。50人以上はいただろう。楽屋口の外まで長蛇の列であった。愛されてるなぁ。

こんなライヴの後の打ち上げが盛り上がらないわけがない。誰もが充実の笑顔で酒を酌み交わす。話も弾む。いつまでも飲んでいたい、みんながそういう気分だった。

それでも僕は正直複雑な気持ちもあった。このライヴにスタッフとしてきちんと関わりたかったという思いと、そうなれない自分の実力の無さをほんのちょっとだけだが責めた。
まぁでも、そんな僕を東北では使ってくれるのだから、長い付き合いだからというのではなく、彼らのサウンドの一端を担えるよう自分の腕を磨かねば!と肝に銘じた。


打ち上げで印象に残ったのは程よく、いや結構酔っぱらった山中さわお君(The Pillows)とコータローの会話だ。

「いや僕が大ファンだからかもしれないですが、日本のメジャーシーンに唯一MODSを持ち込んで勝負できたのがコレクターズなんですよ!!後にも先にも他にいないんですよ!」

「そうかもね〜。だから今日加藤クンがユニオンジャックのジャケット着てステージに出てきたとき、すごい嬉しかったよ。ま、おれが着ろと言ったんだけどさw」


この日の伝説はきっと語り継がれるだろう。
また彼らの新しい伝説が生まれるであろう近い将来までは。

ザ・コレクターズの2011年、まだまだ始まったばかりである。
by higehiro415 | 2011-01-11 01:39 | 音楽 | Comments(6)

今宵CDR-Vol.7完成!

2011年一発目の今宵CDR-Vol.7が出来上がったのでお知らせします。

タイトルは「For The Way Out Doors」
ゆく年来る年(笑)的なニュアンスもあり、昨年の何かから出口をくぐり今年の新しい場所に行く…みたいなイメージです。

12月ってクリスマスもあったし1年の終わりということで、ジャンル問わずエヴァーグリーンな曲を多く選んでいたようで、清々しい新年にもぴったりの1枚に仕上がりました。
f0210751_231448.jpg

Vol.7(全15曲)のラインナップは下記です。

1.Why I Feel This Way / TAKE 6
2.Night and Day / EVERYTHING BUT THE GIRL
3.Marja's Tune / ERIK TAGG
4.Can't Stop(Thinking About You) / MALA WALDRON
5.Overdose Of Joy / EUGENE RECORD
6.Give It Up, Turn It Loose / EN VOGUE
7.Midnight At The Oasis / THE BAND NEW HEAVIES
8.Woodcutter's Son / PAUL WELLER
9.Window Pane / THE REAL PEOPLE
10.Kinky Afro / HAPPY MONDAYS
11.I'm Going All The Way / SOUNDS OF BACKNESS
12.Tomorrow's Not Promised / FRANK McCOMB
13.This Night Won't Last Forever / BILL LaBOUNTY
14.The Biggest Part Of Me / GENAI
15.Close To You / ESPIRITU

今回は比較的新しめ(といっても90年代ですが)の曲が多くなりました。
もちろんアナログマスタリングしています。
そしてこのシリーズでは初めてクロスフェード(曲と曲を重ねる)も採用。


そういえば先日、信頼する知人よりTwitterで質問がきました。

「もうダウンロードの時代だしCDなどという形がなくてもいい音楽は作れる」みたいなニュアンスの発言をしているミュージシャンがいるのだが、どう思う?と。
彼は当然「CDやレコードがないなんて考えられない」とのことで、さらには反論する人がいないのが恐ろしいとも語っていました。

僕も気になりその発言のblogを読みましたが、憤りというよりは申し訳ないけれど失笑してしまいました。

まぁざっくり要約すれば、こんな感じ。
聴くのはiPodだし音楽そのもはDLで十分なので、CDというパッケージは不要だろう。
必要ならばそれをCDRに焼けばいいし、ジャケットなど外側にお金をかけるのといい音楽を作るのは別ものだ・・・。

これはもう価値観の違いとしか言いようがないので、笑うしかないのです。

僕の意見は、音楽はもちろん楽曲の良さが一番だと理解していますが、それにまとわりつく様々な要素もその音楽の一部だと考えています。
様々な音が重なり合って音楽を形成している、という考え方です。

例えばボーカリストの声だとかプレイヤーの楽器の音であるとかフィーリング、そしてレコーディング時やTD(音を整理する作業)の時の空気感とか。
ジャケットのセンスだって音楽の一部とは言わないまでも、音楽をイメージするには重要なファクターだと思っています。

そう考えているからこそ、少しでもいい音で音楽を聴いて欲しいと思うわけなのです。
その人の本当の声・プレイ・音色など、その微妙なニュアンスも感じられる音で。

それが本来のものなのですから当然でしょう。
これはオーディオマニアとかそういう問題ではなく、少なくとも本来の音でという意味です。

再生機は人それぞれで仕方ないので、最低限初めからDLなどで平らになった音源ではなくCDやレコードなどを基にして欲しいと願います。
それをiPodに取り込んでも、DLよりは音はいいはずです!(敢えて「イイ!」と言います)

論理的にはDLでも音の劣化がないのですが、確実に違うというのは何度も経験しています。
劣化ではなく、音の温かみとか肌触りみたいなものが変化するのだと思います。

それにミュージシャンやショップはCDの売上げで生活しているという現実もあります。
(まぁミュージシャンはライヴとかでも稼げますが)

言いたいことの半分くらいですが、ここら辺でやめておきましょう。
いろいろな考え方があってもいいのでしょうし、自分は違う!という、ただそれだけのこと。


つい長くなってしまいましたが本題は今宵CDRです(笑)
ご希望の方は下記かその他の方法で希望申告お願いします。
higemodern@gmail.com
材料費1枚¥500(発送の方は¥850)

※ご希望の方には先日12/25CLUB Queでの客入れBGM(未編集ですが)プレゼントします!

1/8(土)渋谷AXでの手渡しも可能ですよ!w

お待ちしています!!
by higehiro415 | 2011-01-06 00:12 | 音楽 | Comments(6)

今日から2011年

皆さん、あけましておめでとうございます。
(これ今年の年賀状デザイン。これに粗末な手書き文字が入るのだ)
f0210751_2375076.jpg

1年の計は元旦にあり!と言うけれど、達成できるかどうかは置いといて、自分なりに今年の目標を掲げるというのはなかなかいいものだ。

気分が引き締まるということもあるが、何より自分がやらねばいけないことや、やろうと思い描いてることと向き合えるってのがいいではないか。

僕などは毎年大晦日から元旦にかけていろいろと目標を考え手帳に標語のように記すのだが、しかしこれがなかなかまとまらない。

初めはシンプルなのに段々とあれもこれもと欲が出てきて、しまいにはいろんな意味が含まれるように非常に抽象的な(例えば、優しく生きる!とか)ものになってしまい、半年くらい経ってその文字を見た時に「これって具体的にはどんな意味で考えたんだっけなぁ?」などと思ってしまったりする。

その幾度もの反省をふまえて、目標はシンプルで具体的なものがいいのだ!と思うのだが、結局今年も抽象的な言葉になってしまった(笑)。

年男の今年は「T.K.O.」に決めた。
T.楽しく、K.謙虚に、O.穏やかに!w

ダサイけど、これでいい。
なんか今年はそんな感じでやってみたいのだ。

過去を思い返すと、12歳、24歳、36歳と年男だった卯年は何か良い変化のある年だった。
だからきっと今年は何かが起こるに違いない。

そこで2011年は、敢えて原点回帰的なものにしたかった。
調子づいて足下を見失わないように、という願いを込めた。

その太文字『T.K.O.』の下には小さく「①体を動かす②字が上手くなる」と書いてある。
書いてあるってのは、まぁ、自分で書いたのだが。

頑張り過ぎないように、頑張ってみようと思う。
そんな僕ですが、今年もよろしくお付き合い下さい!


皆さんのもとにHappyが1つでも多く舞い降りることを祈ってます。

皆さんの今年の目標はなんですか?


love & intention.
by higehiro415 | 2011-01-01 23:56 | 日記 | Comments(4)