佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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サウンドチェッカーズとは・・・ARABAKI Rock Fest. 2011初日(8/27)の荒吐ステージ、午後4時43分ころ。
The Collectorsの影武者(公開なので影ではないが)としてサウンドチェックのためステージ上に登場した3人のことを、リーダー加藤ひさしはMCでそう呼んだ。

会場のオーディエンスはもちろんTwitter上でも大いに話題となった、前代未聞の「サウンドチェッカーズ事件」の顛末を、僕の一日の行動と共に記しておこう。


僕はこの日9時半に会場入りした。依頼されていたサウンドエンジニアの仕事は2つ。
まずは11時からの陸奥ステージで坂本サトルのPAをこなす。
今回はアコースティックギターの弾き語りと3曲ほどサポートの鹿嶋静(宮城県東松島市出身)のバイオリンをフィーチャーしてのステージ。

最小限のアコースティック楽器を大きい音で出すのは久しぶりだったが、生音の良さも手伝って非常に心に沁みる澄んだサウンドとなった。2人が奏でるアコギとバイオリンの相性も格別だった。
何度か僕も同行したがサトルの震災復興への活動は揺るぎがなく、その想いが詰まった歌声は普段と違う響きがしたように思う。

1曲だけ32人の子供たちがステージに登場しコーラスを付ける。野外で子供たちの声をきちんと拾うのは困難かと心配していたが、みんな大きな声で歌ってくれたので客席にもちゃんと可愛らしい歌声を届けられてホッとした。

ステージ終了後はバックヤードのケータリングスペースで早めのランチ。


話は逸れるが、知っての通り東北が誇る野外フェス、ARABAKI Rock Fest.2011は4月末に開催の予定だったが、あの忌々しい震災で延期になっていたものだ。

僕自身20数年前はR&R Olympicという野外ロックフェスに携わっていたので、こういう事態での延期開催の難儀さは痛いほどわかる。
出演者や機材・スタッフの再調整、不足している楽屋用のプレハブや電源ジェネレーター(発電機)の手配など、多々の問題をクリアして開催にこぎつけた関係者には敬意を表したい。

同時に、熱い演奏を届けてくれた出演者、そしてこの宮城の地に集まった音楽ファン(主催者発表によれば過去最高の4万4千人を動員したらしい)の情熱には本当に勇気をもらったし、例年になく感慨深い仕事となった。


さて、ここから問題のサウンドチェッカーズである。

この日のもう1つの仕事、The Collectorsの出番は17時からだった。
昼過ぎに楽器車でローディーの秦ぼうと松本社長が到着。使用楽器をステージ裏のスタンバイスペースに下ろし新幹線〜シャトルバスで移動してくるメンバー4人を待つ。

14時半ころ、飄々と4人がバックヤードに到着した。
Qちゃん「おつかれっす!地震、大変だったねぇ」(いつになく真剣な顔で)
小里くん「どうも。生きてたね」(ニヤニヤと)
加藤くん「佐藤クン、どうなのよ?」(何が?と思うがいつものこと)
コータロー「うっス!」(クールにVサイン出しながら)
こんな感じで震災後の嬉しい再会となった。

すぐに怒髪天の増子くんの番組収録に向かった加藤くんとコータローだが、サクッと終わったようで程なく楽屋へ戻ってくる。
みんなそれぞれリラックスムードで楽屋近辺をウロウロしたり和んだり、野外フェスならではの素敵な光景である。
しかしコレクターズの楽屋にはいろいろな出演者が挨拶に訪れてくる。相変わらず人気者である。

久しぶりに加藤くんとゆっくり話が出来た。
主に震災と原発の話だったが「3.11のあと歌う気分じゃなかったんだけど、今は歌わなくちゃいけないことっていうかさ、やっぱり言わなきゃならないことは歌わずにはいられないんだよね」という言葉が印象的だった。

僕は同意しながらも「でもさ政治的なものや宗教的なものと混同されちゃったりする可能性あるから難しいよね。言葉の発し方とかさ」と応える。
「確かにそこなんだよなぁ〜」と加藤くんは言ったが、新譜の「英雄と怪物」とかを聴く限りその心配はないように感じる。
あの歌詞というか、音楽に乗せた言葉選びのセンスは抜群だと思うからである。

そして僕は会ったら絶対に言わなきゃと思っていたことを口にする。
「震災のとき携帯の電波とかしばらくつながらなくてさ。翌日くらいに一気に50件くらいの安否確認メールが入ってきたんだけど、ビックリしたのはさ、加藤くんのメールが一番早かったんだよね」

すると目を大きくして「でしょ〜!?だっておれ、すぐに心配でメールしたのに返事もないからヤバいと思ったよ。あの映像で仙台市若林区とか言われても土地勘ないしさ」
髭「普段はまったく連絡なんてくれないのにね」
加「まぁ、やるときゃやるってことで」

こんなやり取りをして楽屋テントを出ると、外の椅子でコータローとクハラキュウちゃん(The Birthday)が談笑していた。
僕の顔を見るなりコータローは悪戯っぽい表情で話しかけてきた。
「佐藤クン、サウンドチェックなんだけどさぁ、代わりにやってもらってもいいよね?」

正直ちょっと迷った。アラバキはリハが無い。つまり前のバンドが終わりステージをセットチェンジしたら、簡単なサウンドチェックだけやってすぐに本番を迎えるのである。
通常のライヴであれば30〜60分は時間をかける音の調整を、わずか10分位でやらねばならないのだ。

やるというかやれない分は経験と勘で補ったりするので、彼らの音に慣れている僕が呼ばれているわけなのだが、大舞台だけにリスクは避けたいという思いが少しあった。
演奏する人が違えば音や強弱が違うし、メンバー自身にしたって自分でサウンドチェックをやらなければモニターの音もわからず本番を迎えることとなる。

一瞬のそんな僕の迷いを他所にコータローは続ける。
「ギターとベースは誰にしようかね?」
キュウちゃんが口を挟む。
「ギターはアビさん(Theピーズ)とか?」
コ「おっ、アビさん来てんの?」

この時点でこの人たち本気なんだと理解し、僕の迷いは消えたのである。
それに今日はお祭りだ。ベテランならではの楽しみ方を教えられたような気もした。
髭「さっきアビさんあっちにいたよ」
コ「よし。ベースどうしようかな」

そんな悪ノリ話に神様は味方したようで、僕がトイレに行くとそこで偶然アビさんと出くわした。
髭「アビさん、コータローが探してたよ」
ア「えっ、そうなの?」
髭「いま楽屋の前にいるから」とアビさんを引き連れコータローの前に生け贄の如く差し出す。
コ「いいとこに来たね〜。あのさ、おれの代わりにサウンドチェックやってよ」
ア「マジすか?」
コ「マジ、マジ」
ア「どんな感じにやればいいんすか?」
コ「ま、そこはさ。いい感じにさ」

僕は笑いをこらえながら、迫ってきたコレクターズの本番に向けステージ袖へとドラムのマイクセッティングへ向かう。
毛皮のマリーズの盛り上がりを横目に次に備えスタンバイしているドラム台の上でQちゃんがドラムキットをセットし、僕はこの日のために考えてきたマイクアレンジ(それぞれの音をどのマイクを使いどの距離と角度でセットするか)を施す。
1cm違うと音もずいぶん違うので、ここは慎重に1本1本のマイクを各パーツに当てる。

ドラムのマイクをセットし終えて楽屋へ戻ると、ベースは鈴木淳くん(The Pillows)に電話で頼んだというではないか。
これが本番直前に悪ノリで結成された、サウンドチェッカーズの誕生秘話である。

こりゃ豪華なサウンドチェックになるなぁ〜と、なんかニヤニヤしてしまう。
あとはこの状況でいい演奏をするのがコレクターズというバンドの実力だし、何とかいい音を出すのが僕の実力なのだ。

前のバンド、毛皮のマリーズが終わりセットチェンジのためステージへ上がり、各楽器の位置を確認し18本のマイクをセット&チェック。
加藤くんのマイクはいつも使っているものではなかったが、彼の声に合うのではないかと思い僕の私物を持ち込んだ。

セットし終わりPAテントに行くために舞台袖を下りると、コレクターズの4人とサウンドチェッカーズの3人がいた。
コ「先生、どんな感じの曲でチェックすればいいすか?」(ニヤニヤ)
髭「そうだなぁ〜、8ビートでタム回し多い感じのお願い」
全員「りょーかい!」
急遽1曲目を「ヒートウェイブ」に変更したいとも言われ、さらにワクワクした。

こうしてサウンドチェックへ。この日僕が目指していたのは、例えば70年代後半のTHE WHOのような、芯があってクリアで一体感のある音。
単音から始めたかったが3人が演奏を始めてしまった。まぁ、いいではないか。こんなサウンドチェックはロンドンでの仕事以来で燃えてくる。

観客も豪華なサウンドチェッカーズの面々に気付いたらしく、徐々に前方に詰まってきて盛り上がってきた。
出音は当然のように本人たちと少し違っていたが、さすがの連中なので音は作りやすかった。

猛スピードで各マイクのレベルを取りEQ(音質調整)をし、あとはエフェクターを調整すればいいなと思ったころで演奏が終わり、歓声が沸き3人が下りて行った。
ありゃ〜。しかも誰も歌わないので肝心のヴォーカルマイクをチェックしてないじゃないか!

どうしようかなぁ〜?と思いながらも、面白かったのでまぁいいかと思う自分もいた。あとは出たとこ勝負でなんとかすればいいのだ。
本来は気を遣うサウンドチェックだが、僕もとても楽しめた。楽しめなかったらかなり焦っただろう。

メンバー登場はSE無しにした。歓声の中で登場したほうが恰好いいんじゃない?と直前に加藤くんと決めた。
ライヴの内容はというと、演奏が始まるとオーディエンスが続々と増えていったこと、観た人が口々に「かっけぇ〜」「すご〜い!」と言っていたことからも伺えるだろうし、レポを書いている人もいるのでそちらに譲りたい。
とにかく、とてもスケールが大きくて唯一無比のロック魂を見せつける、気合いの入った貫禄のパフォーマンスと演奏だった。

終わって楽屋へ戻ると加藤くんが着替えをしながら「しかし本当にやるとはねぇ〜。チェックになんないじゃんねぇ。まぁでも、こんなことやるのおれたちくらいだろうから、いいか」
もちろん僕は、いいに決まってるよ!と即答した。

翌日は渋谷クアトロ・マンスリーライヴ最終日のため全員が日帰り。更にコータローは代々木でやっている信ちゃん(浅田信一)のバースデーライヴに飛び入りしたいから早めに帰りたいとのことで、急遽メンバー4人を僕の乗用車で仙台駅まで送っていくことになった。

隣の津軽ステージでは仲良くさせてもらっているソウル・フラワー・ユニオンが始まったようだ。
中川君のいつもの独特な歌声が響く中、会場を後にする。

仙台駅までは何を話したっけ?この日のライヴの感想と、あとは帰りの駅弁の話だったかな。
そうして駅に着き「また10月ね!」と別れたのだった。


翌日コータローからお礼のメールが来た。最後の一行はこうだった。

・・・しかし新幹線止まるかねぇ〜。また秋楽しみにしてるよ!
by higehiro415 | 2011-09-07 00:01 | 音楽