佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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Imagine

きょう友人から年季の入った一眼レフカメラ(NikonのFってやつ)をもらった。旧式のマニュアル&フィルム式のやつだ。

カメラなどちゃんとやったこともないし趣味でもないのだが、かっこいい写真とかを見るのは大好きだし、携帯で撮る写メは一応アングルなど気を遣ったりはする。
しかし絞りやシャッタースピードなど露出調整のしくみは、子供の頃に学研か何かの付録に付いてきた手作りカメラのうる覚えでしかなく、ほとんど理解はしていない。

それでもこの風格ある一眼レフカメラ(キャメラって言いたくなるね)で、いろいろ撮ってみようと思っているのである。

なんせルックスがいい。
車にせよギターにせよどうして昔のフォルムってかっこいいのだろうか。というか単に自分の好みがそうなのかもしれないが。

何たって僕は自他共に認める「形から入る男」なのだ。機能や便利さは二の次、まずはルックスにこだわってしまう。(あっ、女性に関しては別ですよ、念のため。笑)

こだわった挙げ句あとになって不便が生じたりは日常茶飯事である。それでも気に入ってるものは可愛いと思えるから不思議だ。これ、あばたもえくぼ、ってやつ?


そのカメラを眺めていて、ふと思ったことがある。

フィルムってことは現像してみないとどんな風に撮れているかわからないってことだよなぁ…と。
物理的に当たり前のことなのだが、これって最近は味わったことのない感覚ではないか。

練習を重ね知識と経験が加味されればある程度の予測は出来るだろうが、実際の仕上がりは想像するしかないのである。
ここ数年はいろいろなことが便利になりすぎて、確認こそすれ想像するってことを忘れていたのではないのか?と気付いた。


想像するって、人間が生きていくためにとても大切なことであるはず。

人間関係や恋愛に当てはめても、思いやりって言葉はあるが、結局は他人の心の中までは理解できないから想像力でもって埋めてやるということではないか。
そう考えると、優しい人とか包容力がある人っていうのは想像力がある人ってこと。KYとか実は大した問題ではなく、想像力が欠如した人こそ他人の心を無下に傷付けたりするのだろう。

仕事に当てはめても同じようなことが言える。
僕の場合でいえば、単に音楽を知っているとか楽器が弾けるとか機材を扱えるとか、それは必要最低限のことであって、重要なのはその先を想像して音や音楽を作れるかってことである。

そうでなければ何かと同じものになってしまうだろうし、全部とは言わないが60~70年代の音楽に素晴らしいものが多いのは想像力の違いではないかとさえ思えてくる。だって量も技術も機械も今のほうが進歩しているのだから。

他のどんな仕事だって料理だって同じだ。
ファッションもそうだろう。想像力はオリジナリティーを生む。
「センス」という言葉は僕も好きでよく使うが、よく考えてみると想像力を駆使するからこそセンスだって磨かれるのだろう。

きっと僕のルックス重視というのも、自分なりの美的感覚以外にも想像力を刺激されることを無意識に好んでいるのだと思う。

さっきカメラを眺めて感じた違和感は、想像することを怠っていた自分の心の中の警鐘だったのだ。


ベトナム戦争まっただ中、戦争反対!という言葉ではなく「みんなが世界を分かち合うことを想像してみなよ」と歌ったジョン・レノンは、夢想家などではなく、想像力に満ちたタフなメッセンジャーだったってことなのである。


そんな訳で、想像しない日常に慣れてしまわないよう、肝に命じる今夜なのです。

明日は気の向くままにシャッターをきってみようかな。そうしよう。
by higehiro415 | 2011-11-30 23:19 | 日記 | Comments(6)
10/22 sat.
13:32 pm
ちょっと早めに会場に着いてしまったので珈琲タイムを満喫中、加藤クンよりメールが入る。
「風邪気味なのでオレだけ新幹線で向かってます。ホテルは○○○。駅から歩ける?タクシーのほうがいいかな?」
「歩けなくはないけど、タクシーのほうがわかりやすいかも。ところで喉は大丈夫?」

震災の影響で延期になっていたThe Collectorsみちのくツアーは、こんなメールのやりとりから始まった。
そのあとホテルまでの行き方を訪ねるメールがきたので、ナビよりわかりやすく道案内を送る。

タイムスケジュールとしては15時にメンバーと楽器車が入る予定だったので、僕は14時に一足先に会場入りしてマイクをチョイスしスタンドに立てたり、スピーカーのチューニングをしたりしながら万全を期して待つ。

ライヴハウスのスタッフに「きょうは無事に着きますかねぇ?」と言われ、前回(昨年末)の仙台は途中の事故か何かで高速道路が通行止めになり、大幅に遅れて到着したことを思い出した。
楽器車で移動中のコータローにメールする。「いま、どこら辺?」
「国見だよ〜」と軽〜い返信がきたので、きょうは時間通りに着きそうだとスタッフに告げる。

3月のリベンジだと熱くなっている自分はそこにはいなかった。
8月のARABAKI Rock Fest.に続いて9月の25周年野音、そして10月頭のMega RocksからのBorn In The 60’s Tour in SENDAIと夏以降は頻繁に彼らに会う機会が多かったからなのか、それとも震災から7ヶ月が過ぎ自分も平常心を取り戻したからなのかは分からないが、とにかく冷静にPAエンジニアとしての自分の仕事について考えていた。

ライヴハウスという狭い空間でいかにコレクターズのダイナミックな音をより効果的に響かせられるか、それにはドラムの音をこれまで以上にかっこよく出したい!というのが僕の今回のテーマだった。
彼らが進化している以上、こっちだって進化していかねばならない。

ほぼ予定時間通りに楽器車とメンバーが到着し搬入〜セッティング開始。
楽屋へ行くと「きょう例のラーメン屋やってるよね?」とギタリストがニヤニヤする。先日来仙した時に、行ったことない旨いラーメン屋に行きたい!というリクエストに応え連れて行ったマニアックなラーメン屋が気に入ったらしい。もちろんやっているのは前日に確認済みだ。

15:45 pm
ホールに見た顔が入ってきた。ニューロティカのあっちゃんだった。前日ライヴだったらしく「コレクターズの皆さんに挨拶に来た!」と言っていたが本当のところは怪しいものだ。
「おれたちのライヴにはあんまり来てくんないくせにぃ〜。コレクターズばっかし〜」と僕に嫌みを言い走り去って行った(笑)。

サウンドチェック、リハーサルと進む。
ここはステージ上の音響特性にクセがあるので各自モニターに苦労するが何とかなりそうだ。リーダーの喉はちょっと鼻声だが思ったより悪くない。

17:30 pm
定刻通り開場。どんどんとフロアが人で埋め尽くされていく。
この日のために作ったBGMを流していたのだが、一緒に口ずさんだりリズムをとったりしている人もいて嬉しい。
スタート時間にはフロアは満杯でSold Outでもおかしくないなと感じる。そして熱気がすごい。

18:05 pm
5分ほど押してQちゃんのドラムソロからライヴが始まる。そして小里クン、コータローが登場し1曲目の「魔法のランプ」へとなだれ込む。

途中、オーディエンスの熱気のせいかホールの空調設備のせいか、おそらくはその両方なのだろうが、ホール内が異常な暑さになり加藤クンがMCで冷房を効かせるよう懇願するシーンもありつつ、アコースティックの「青春オンザロード」を挟んで本編ラスト「虚っぽの世界」まで全19曲+アンコール3曲。
もちろん爆笑MCも炸裂の、あっという間の2時間だった。

普段は何度かフロアへと音を確認しに行くのだが、PA席の階段まで客席が満杯で身動きが取れず結局行けなかった。

ライヴはというと今の勢いそのままの圧倒的な存在感。それはメンバーそれぞれのものでもあるが、バンドとして曲を奏でた時のグルーヴというか、彼らの出す「サウンドの存在感」といったほうがしっくりくる。

25年前の曲も今の曲も同じ瑞々しさで響かせる魔力には驚愕の底力を感じるし、曲がいいとか演奏がいいとかという次元ではなく、ザ・コレクターズという名の揺るぎのない一流ブランドがついに確立されたのではないかと感じたりもした。

そして投げられたガムの量、前回より相当多いなぁ〜と片付けをしながら思う。

21:25 pm
楽器の積込みも終わりメンバーが待つ店に合流し乾杯。
風邪気味のリーダーは不参加のはずだったが、メシだけ食いたいと遅れて登場。飲み屋でペペロンチーノ!?を注文をするが、待ちきれず先にきた麻婆豆腐を食べている。挙げ句、後から出てきたペペロンチーノはもう腹いっぱいとローディーのハタぼーに押し付けて帰って行った(笑)。

23:30 pm
共通の友人の店、昭和歌謡酒場PBへ数人で移動。
偶然かかっていた岡田奈々の曲にはしゃぐ長身ギタリスト、ちょっと酔ってきたようだ。続いてゴールデンカップスをリクエストし盛り上がる。

0:35 am
電話が入りスープがもう少しで無くなりそうだとの情報だったので、早めに例のラーメン屋へ移動。小里クン、コータローと3人でお目当ての支那そばを食す。
「このスープの色だけで間違いないよねぇ」とか「ネギの切り方がいい」とか、およそ音楽関係者らしからぬラーメン談義をしながら大満足でホテルへと戻る。自分の店でも知り合いの店でもないが、えらく気に入ってもらえて良かった。

10/23 sun.
11:00 am
ハタぼー運転の楽器車には松本社長、小里クン、コータロー、僕が運転する乗用車にQちゃんと加藤クンが乗り込み、盛岡へ向け出発。

古川あたりで高速道路の掲示板に「事故・通行止め」の文字が目に入るが、混雑の様子もないので処理済みと勝手に判断し進む。
車内はピンクフロイドの「狂気」のリマスター盤を聴きながらの音楽談義。2人ともマニアックだねぇ。

SAでのトイレ休憩で「メシ食べちゃうか?」となったのだが、着いてから皆で食べようと抜け駆けはやめた。
一関ICが近付いた途端、前方に渋滞が見える。やはり事故による通行止めで高速を下りるはめになったのだが、案の定の出口大混雑で1時間近くロス。メシ食べなくて正解だった。

下道を行きまた平泉から高速道路に乗る。入り時間は13時半の予定だったが、どう考えても14時は過ぎる計算だ。それでも2人は「ま、昨日もやってるから」と意に介さない。
内心僕はちょっと焦っていた。盛岡Club Changeの機材はちょっとクセがあるのでチェックに時間がかかるからである。
しかし焦ったからといって早く着くわけでもないので、流れに身を任せることにする。

14時ころようやく盛岡南インターを下り会場へと急ぐが、またしてもトイレタイム。見つけたイエローハットへ入る。ファンの人がいて車の故障ですか?と問われ、膀胱がメルトダウンとか言っている人がいた(笑)。おれじゃないよ!

結局14時半前に盛岡Club Change到着。急いでセッティングに取りかかる。機材トラブルも重なり十分な音出しは出来なかったが、何とか開場8分前にリハ終了。

客入れBGMは前日の仙台と違う選曲のものにした。僕なりのささやかなこだわり。
フロアは昨日に引き続き満杯である。1年半ぶりの盛岡公演ということもあり、お客さんの表情からもワクワク感が充満しているように感じる。

この日も5分押しでスタート。仙台よりアコースティックナンバーが1曲多い全23曲。
他の仕事でも何度も訪れている盛岡、いつも思うことだがやはり声援が熱い。
ライヴも昨日同様グイグイ押すところとクールに抑えるところと、絶妙のバランスであった。

打上げは何故かブルーハーツのポスターが貼ってある居酒屋で。名物のひっつみ鍋(すいとんみたいなの)など食べながら、狭いハコでの生音の出し方の工夫や機材についてディスカッション。
次回はぜひソールドアウトしてもらって、もう少し広いハコでやらせてあげたいものだ。

おもむろに携帯に撮った昨日のラーメンの写メを僕に見せ「これ旨そうに撮れてるでしょ〜」と自慢するギタリストの表情は少年のようにキュートであった(笑)。

美味しいラーメン情報をリサーチしていたのだが遅くまでやってる所が少ないとのことで仕方なくあきらめ、飲み足りないという小里クン、Qちゃん、コータロー、松本社長を連れロックカフェへ。
モニターTVでレッド・ツェッペリンの完コピ女性バンド(N.Y.のバンドらしい)レズ・ツェッペリンのライヴが流れていて、盛り上がる。
おかげで酒がすすみ、何時にホテルへ戻ったのかは忘れてしまった。


ザッとだが、こんな感じでみちのくツアー2daysは幕を閉じたのである。

さて自分のテーマに掲げていたドラムサウンドを中心にしたダイナミックな音。狭いハコでドラムを大きく出してしまうとハードな感じになり過ぎたり、他の音も上げざるを得なくなって轟音になってしまったり、かといって小さいと迫力不足だしなかなかに苦労するのだが、まぁ合格点ギリギリだったと思う。
バスドラム用のマイクを購入し持ち込んだり、ギターも含めてこれまでと違ったマイクアレンジで臨み、ライヴ中のミックスも微妙なところを大胆に音作りしてみた。盛岡のほうがうまくいったかもしれない。

まぁ次回への反省点もはっきりわかったので、早く来年3月のツアーが来ないかなぁ〜という気の早いことを思ったりする。仕事がくればの話だが(笑)

□□□□□
そして10月は何かと重要な仕事が多かったのである。というか大切な仲間と会う機会に恵まれていたという意味で、とても意義のある1ヶ月となった。

月初めと終わりには坂本サトル氏との仕事。彼は僕のPAの腕前と何でも屋の素質を買ってくれ、いち早くツアースタッフとして使ってくれた恩人である。

あと、Mega Rocks出演の高橋優くんのサポートで仙台に前乗りした浅田信一氏から連絡がきて、一緒に楽しいお酒を飲み交わすことが出来た。今や僕のよき理解者で大切な友人でもある。

そしてプロデュースという枠を越え、まるで親戚のように(笑)付き合っているThe黄昏カラアズのレコ発ワンマンライヴ。予想を大きく上回る130人を動員し、ようやくスタートラインに立ったという感慨深い日になった。

オチは何と言っても風邪が長引いた挙げ句、先週後半に人生初の帯状疱疹になったことか(笑)。
これには参った。入っていた仕事をキャンセルすることも代わってもらうことも出来ず、激痛に耐え乗り切った。ヤマは越えたのであとは後遺症が残らず治るのを待つのみ。

会社を辞めて3ヶ月。1人きりで仕事をしていくことの責任と厳しさと、体調管理の大切さを痛感した月でもあったのである。

さて今年もあと2ヶ月。何が待っているのやらドキドキする。
by higehiro415 | 2011-11-03 01:17 | 日記 | Comments(3)