佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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Thank You !

2012年もあと10分で終わる。
今年は自分にとってどんな1年だっただろう。

たくさんの笑いや満足があり、新しいチャレンジも出来て、いい出会いもあった。
でもそれと同じくらいの苦悩や反省点もある。

昨年同様、必死に前を向いて走り続けたせいか、うまく総括するのは難しいな。

ひとつ言えるのは、畑を耕し蒔いた種が、芽吹き花を咲かせるまで、もう少し時間と努力が必要だということ。

多くの人たちに支えられ教えられながら、今年もなんとかここまできた。
そんなすべての人たちに感謝しながら、年を越したい。

1年間本当にお世話になり、ありがとうございました。
来年も引き続きよろしくお願いします。

こころ穏やかなお正月を!


Hiro Sato
by higehiro415 | 2012-12-31 23:48 | 日記 | Comments(2)

会話(福島っ子音楽祭)

本番を前にした前夜、軽く飲みながらHEATWAVE山口洋と話す。
いつもはクールに振る舞う男だが、この日はちょっと違っていた。

山「ヒロ君、明日よろしく。ようやくここまできたよ。」
髭「しかしミュージシャンとは思えないような雑務こなしてるよねぇ。」
山「だってやらなきゃ現実に届かないじゃん!」
髭「そりゃそうだけど。山ちゃんがスポンサーも取りに行ったと聞いたよ。 」
山「うん。初めて名刺なるものを作ってスーツ着て営業に行ってさ。」

髭「3.11以来の相馬支援の熱っていうか、ほんと感心するわ。」
山「なんつうかさ、原発の問題があった時にさ、そこで作られた電気を使っていたのが、酷い目に遭っている現地の人達じゃなくて東京に住む俺たちだと知って愕然としたんだよね。俺が使ってたんだよ、その電気。だからこんなに真剣になったと思う。」
髭「その挙げ句、小学生にHEATWAVEの演奏をかますっていう前代未聞の行動に(笑)。でも凄く意味のあることだと思うよ。」

山「俺たちの子供の頃ってさ、野球選手と同じようにミュージシャンもさ、なんか憧れだったじゃん。今はミュージシャンになろうとする子供はあまりいないと思うんだよね。サッカー選手のほうが断然多い。もちろんサッカーも好きだけど、やっぱ俺はミュージシャンだからさ。音楽にも夢を感じてもらえるように、その格好良さをちゃんと子供達にも見せなきゃと思うんだよね。」

同感である。
そういう想いが伝わるといいなと、心の底から思った。

音楽が売れなくなったといわれる時代や業界を嘆くのではなく、それは自分たちの責任だとして威信を取り戻すための挑戦を続ける姿は、音楽に関わる一人として見習わなくてはいけないなと感じる。

刻々と移りゆく日本の音楽シーンに器用に合わせビジネスマン的な小細工をするのではなく、ミュージシャンとしての意地とプライドを賭けて音楽の本質そのものを突き詰めるストレート真っ向勝負のやり方は、ただの音楽バカと思われるかもしれないが、僕は嫌いじゃない 。

どちらが正しいとかという問題ではなく、これはもう哲学とか美学の問題なのである。

いい曲を作り、いいCDを作り、いいライヴをやる。 いくら時代が変わっても、音楽の醍醐味はそこにこそあると思うのだ。


昨年の震災で多くのミュージシャンがそうだったように、音楽の意味と対峙し非力さに打ちのめされた相馬出身の堀下さゆりが、地元の子供たちが笑顔になれることはないのか?と、結局は音楽と向き合い多くの子供たちと完成させたアルバム「スマイル」。

そのライヴ版をやれないだろうか?というのが昨日の、新日本製薬presents『福島っ子音楽祭~Smile Together~』であった。

地元の有志と共に相馬支援プロジェクトMy Life Is My Message、そしてスポンサーのほか地元企業もそれをがっちりサポートし、北は北海道から南は九州まで本当に多くのボランティアスタッフの方たちが駆け付けていた。

子供たちと歌い演奏する堀下さゆりとサポートメンバー、小学生相手に暗闇のなか登場し爆音を響かせたHEATWAVE、集英社プレゼンターとして楽しくショーアップされた寸劇をやりながら子供たちにクリスマスプレゼントを届けてくれた劇団なりキり座。

イベント内容や状況など詳しくは、それぞれ参加出演者のブログなどを是非読んでみて欲しいが、このイベントの主旨に賛同し集まった人達のマインドが詰まったものになった。


それでもここに至った発端が、「スマイル」という子供たちの躍動感にあふれ音楽的にもクオリティーの高い1枚のアルバムであることは事実だし、マインドを伝えるための手段が音楽であるという人種が、僕らだというだけの話なのだが、だからこそ伝えるために音楽に必死になる必要がある。


相馬の子供たちに更には親御さんたちに、大人たちの本気の音楽や姿勢がどんな風に伝わったのかは、きっとあと10年くらい経たないとわからないだろう。
あの地域の原発問題など現実を考えれば、単純にイベント大成功!と言っていいのかわからないところも多々ある。

それでも、音楽の魔法を夢見てこれからも歩んでいきたいと思わずにはいられない日になったことには違いないし、仲間の結束が大きなうねりになることも実証されたことは確かなのだ。

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by higehiro415 | 2012-12-24 11:42 | 音楽 | Comments(2)

真夜中のブルースマン

夜中の2時すぎ、寝酒に飲んだウヰスキーが効いたのか珍しくぐっすり寝ているところに、けたたましく電話のベルが鳴った。
起きるのも面倒だしこんな時間に電話をよこすのは悪戯か間違い電話だろうと無視しようと思ったが、夕方の事件をハタと思い出し朦朧としながら受話器を取る。

「おう、佐藤クンか?いま車見つかったと警察から電話きたぞ。うちのTいるか?」
高校時代からの悪友Tの親父さんからだった。
僕は必至に夢の中から現実に思考を引き戻し「え、見つかったんですか!いまTは買い出しに行ってますので戻ったらすぐ電話するように言いますんで」と答えるのがやっとだった。

電話を切りすぐに、僕は枕元に脱ぎ捨ててあった服を着て外へと飛び出す。
比較的近所だったTの彼女のアパートの前まで走って行ったが、そこで部屋番号までは知らなかったのだと気付いた。


この日の夕方のことである。
家でギターを弾きながら曲作りをしている時にTから電話がきた。公衆電話の10円玉が落ちる音がガチャンと聞こえる。

「あのさ、おれの車、いたずらして隠さなかった?」
「はっ?何言ってんの!」
「怒んないからさ。本当のこと言えって!」
「知らないっつうの。車がどうしたのよ」

車のエンジンをかけたままコンビニに入り、出てきたら車が無くなってると言う。
まさか一瞬でそんなことになるとは夢にも思わず、過去に大掛かりな悪戯を仕掛けてきた僕の仕業ではないか?と疑ったらしい。

しかしいくら何でもそんなに暇じゃないぜ!盗まれたんじゃないの?と、うちではなく警察へ今すぐ電話しろと言った。

それから1時間くらい経ったころ玄関のドアがガシャリと開き、僕が返事をする前に部屋にずかずかとTが入ってきた。
まぁ在宅時に鍵をかける習慣が無かったし、いつものことではある。

話を聞くと、警察に行き被害届を出してきたらしい。
そのころ周辺で自動車泥棒が何件か発生していて、どうやらTの車も一瞬の隙をみてやられたようだった。

もう今から25年ほど前のことなのでまだ携帯電話は普及しておらず、ポケベルは世に出てはいたが僕らには無縁で、連絡を取り合う時は家の固定電話か郵便か電報か、あとはこうやって直接来るか、もしくはテレパシーを飛ばすくらい(笑)しか方法はなかった。

車の中には財布や通帳などもあったというので、うちからカード会社などに電話して事情を話し、使用停止の手続きだけはした。
そして2人でそこいら中を探しまわったが、もちろん車は見つからなかった。

Tはあきらめ口調で「あ〜あ、なんか疲れたから彼女んちでも行ってくるかな。ほんじゃね」と去って行き、そんな真夜中の電話だったのだ。


Tの親父から電話を受けた時は、きっと僕の家に行くと言ってきたのだろうから寝ぼけながらも咄嗟のファインプレーだと思ったが、こうなると正直に「うちには来てませんよ」と言えばよかったと少し後悔する。

さてアパートの前まで来て部屋を知らない僕はどうしたか。このままおずおずと帰るわけにはいかないではないか。

後から思えば相当におかしな光景だが、30世帯ほどある部屋のそれぞれのドアをコンコンと控えめにノックしTの名前を低いけれど聞き取れるくらいの声で呼んで回ったのである。

真夜中だし大きな音は近所迷惑になるが、寝ていて気付かれないのも困る。そういう微妙な加減だった。
真夜中のこの行為自体が常識的ではないのだが、その時の僕はとても常識的に事を進めているつもりだったのだから、やはり人間は追いつめられると冷静な判断が下せなくなるのだろう。

7〜8件目でようやく冷静さを取り戻し、こんなんで気付かれるわけないよなぁ〜と思い始めた時だ。
2つ前のドアが開きTの彼女が顔を出した。「ひろゆき君?」

この時は大袈裟ながらテレパシーだ!と飛び上がる思いと、単なる不審者にならずに済んだ保身の思いで「よかったぁ〜!」と大声を出してしまった。
人間はプレッシャーから解放された時にも冷静ではいられないのだ。


部屋に上がり込み寝ているTを叩き起こし車が見つかった事を教えるが、まだ事件が解決したわけではない。
公衆電話から警察に電話し、車が捨てられていたという沼まで、犯人めこのやろ〜見つけたらボコボコにしてやる!とか言いながら僕の車で駆け付ける。

沼に到着すると真っ暗闇の茂みの向こうにパトカーらしき車が停まっていて、その奥のほうで懐中電灯の明かりがチラチラと動くのが見えた。
あそこだ!と車を降り駆け寄ってみると、2人の警察官が1台の車を懐中電灯で照らし中を覗いているところだった。

僕らに気付いた警官が「あなた持ち主のひと?」と声を掛けてくる。
そうですと答えると「そこの木の株にぶつかった形跡があって、シャフトが曲がってて動かないんだよなぁ。それでここで乗り捨てられたんだろう。明日レッカーで移動するからとりあえず中のもの確認して」

Tがそそくさと車の中に上半身を滑り込ませ、シートやダッシュボードなどを確認している。
僕はそれを横目に見ながら沼のほとりに立ち、煙草に火をつけた。沼の水面には白っぽいまん丸の月が映ってゆらゆらと揺れていた。


さっきの自分の行動を思い出し、ニヤニヤと照れ笑いしながらゆっくり2本は吸ったので、10分ほど経っただろうか。
確認を終えこちらに近付いてくるTも何故かニヤニヤしていた。

「財布とかやっぱり無くなってた?」
「それがさ、ほれ。。。あったのよ!」
「え〜?じゃ被害は車だけってこと?」

「いや、無くなってたよ。Jim Beamのボトルとブルースハープだけね」

一瞬の沈黙のあと、僕らは顔を見合わせ腹を抱えて大笑いした。
警官が訝しがって「どうした?」と訊ねてきても、返事も出来なかった。

金目のものはそのままでバーボンとハーモニカだけ持ち去るなんて、想像しただけで変だし、音楽マニアの僕らには可笑しくて仕方なかった。

「犯人は間違いなくブルースマンだな!」


盗んだ車の中でJim Beamのボトルをラッパ飲みし、ハープを吹いている犯人のことを推察する。
その曲がマディ・ウォーターズのだったりしたら、そんなに悪い奴にも思えなかった。

車盗難という目に遭いながら、そのブルースな展開に「辛いことでもあって魔が差したのかなぁ」などと穏便に家路に着いた僕らであった。
結果オーライというけれど、不思議と後味の悪くない事件だった。

結局車は廃車になり盗難など悪いに決まっているのだが、これでブルースも人間から冷静さを奪うものだと理解した(笑)。


これは実話で、数日前に別の友人だが飲食店をオープンさせるというのでお祝いに駆け付けた時に、何故かふと思い出したので書いてみた。
冷静じゃないってことが時としてドラマを生むから面白い。
by higehiro415 | 2012-12-09 22:59 | 日記 | Comments(3)

Regression The Origin

先日、父の七回忌法要を終えた。命日はクリスマスイヴだが、この儀式がひとつの区切りではある。

あれから6年、早いような遅いような。時間感覚があまり無いということは、おそらく生活という意味では日常を取り戻しているのだろう。
だが昨年の震災と同じように、その瞬間の記憶というか傷というか何かトラウマみたいなものだけが心の奥底に潜んでいて、時折顔を出すこともある。


供養のお経を唱える前に住職の説法を聞く。この寺の住職はどこかフレンドリーで、最初に会った時はそれが逆に有り難味に欠けるような気がしたが、何度か話をするうちにその言葉使いの分かりやすさに親近感を持つようになった。

この日の説法は「人はみないつか死を迎えるし様々な人生がある。それを何故?と考えるよりありのままを受け入れることが大事だ」みたいな話だったのだが、その中で強烈に胸に突き刺さってきた部分があった。

いつもの頼りなさげなフレンドリーな口調で住職が言う。

「人は大人になればなるほど経験による知恵を得るでしょ。でも何かうまくいかなくなり進むべき道が見えなくなると、その知恵や経験が逆に邪魔をして解決の糸口がわからなくなったりするんだよね。そういう時はねぇ、まず自分の原点に立ち返ること。原点を見失わなければ大概は迷うことは無いと私は思うのです。」

その後の話がまったく耳に入ってこなくなり、僕の頭の中は「原点」というワードで埋め尽くされた。

掘り下げていくと「原点」と「ルーツ」という言葉を混同していたかもしれないなと思う。
ルーツは根底・本質という意味だし、原点は基準・出発点だ。英語ではOriginやBeginningと言うようにRootsとは違う。

それじゃいったい自分の原点とは何か?と、思考の中に住む小さな探検隊の群れが、歴史絵巻を辿るように心の奥底を探求し始める。

僕の中心にあるものは間違いなく音楽だ。
だから音楽を扱う仕事以外は考えられないのである。

ではどうして音楽なのか?と自問自答すると、ここがなかなか掘り起こせない。
一言でいえば好きだからと単純明快なのだが、それにもきっと理由があるはずだ。
そんな禅問答を一人繰り広げて、子供の頃の記憶をたぐり寄せる。


幼い頃から外ではガキ大将的なやんちゃさはあったが、鍵っ子だったこともあり、うちに帰ると一人でテレビや本を見ながら黙りこくっている子供だった。
自分の家庭環境を暴露するようで恥ずかしいが、叱られることはあっても家族団らんとか思いきり親に甘えたりとか、そういう記憶がほとんどない。

本当はあるのかもしれないけれど、どちらかといえば友達の家が羨ましいと思っていた。そのくせ近所の家に遊びに行き家族団欒に遭遇すると、どうも違和感がありうまく溶け込めなかったのも事実である。

だから自分の殻の中に閉じこもることが多かったし、そのほうが楽だった。
自分の中にあるオタク性は、この頃に形成されていったのだろう。
ただそれは他人には絶対に見せないようにと、子供ながらに思っていた。

外では正反対で、少し人見知りではあったが友達も多くスポーツも得意だったので、夕方暗くなるまで校庭で野球をしたり近所の空き地をぎゃあぎゃあ走り回ったりして遊んだ。

そして夕飯の時間だからと友達が1人1人少なくなっていくのを寂しい思いで見送り、結局最後は帰りたくないなぁ〜と思いながら一人石ころを蹴りながら鼻歌まじりで家に帰るというような毎日だった。

家と外でのギャップの激しさに苛立ち、心のバランスが取れなくなることもしょっちゅうだったような気がする。


小学校では毎年度の最後のほうに、お楽しみ会なるクラスの催しがあった。
僕は友達5~6人を集め脚本らしきものを作り、ドリフのようなコントを毎回披露していた。

ストーリー性はあまりなく、くだらないアクションに手品を取り入れたりとかして、オリジナリティーがあり頭で考えなくてもみんなが驚いたり笑ったりするようなものを目指した。

クラスのみんなや先生が笑ってくれるのが嬉しかった。
いや、ちょっと違うか。
正確にいえば、笑ったり喜んだりする姿を見るのが好きだったのである。

小学校高学年になると、出し物はコントから歌や踊りに変わっていった。
別にコントに執着していたわけではなかったし、友達の兄貴がフォークギターを弾いているのを見てからは、興味はそっちに移っていた。
みんなが喜んでくれるのは同じだったし、何より音楽のほうが自分にしっくりきたからだ。


ここまで遡ったところで、ハタと気が付く。
自分の原点は、みんなで無邪気に笑い合えたりわかり合えたりすることだったのではないのかと。
そこにどこか家族団らん的な屈託の無い幸福感とか平和感を得ていたのかもしれない。

その手段というか表現方法として、より自分にフィットした音楽というものを選んだのだろう。
中学・高校といろいろなことをやってみたが、音楽しかフィットするものは見つけられなかったし、素直になれる場所も見つけられなかった。そしてそれは今も大して変わりはない。

ある意味性格破綻者のレッテルを子供のころから自分自身で貼り付け育ってきた僕にとって、他人との壁を突き破る唯一の方法が音楽だったのだ。


いま自分は音楽を軸にサウンドエンジニアやプロデュースだけでなく、レーベルを立ち上げたりマネジメントやライヴ制作の手伝いをしたり、とにかく蓄積してきたノウハウをフルに生かしていこうと動いている。

しかし、主は音を作ることだとしても、どれか1つのことに特化した職人に憧れたりもするし、自分の特性を生かしているつもりでも実は今やっていることは中途半端な器用貧乏なスタンスなのではないか?と訝しがったりもする。

それでも原点について考えた結果、誰かに喜んでもらえるという点では、あながちズレてはいないなぁと納得できるのだ。

自分の原点を忘れずに生きているつもりだったが、こうしてみるとそこまで深く意識してもいなかったんだなぁと感じる。
これからは時たま原点と向き合い、贅肉を削ぎ落とした心のシェイプアップを図りたいと考えているところだ。
by higehiro415 | 2012-12-06 14:15 | 日記 | Comments(7)
※こちらの公演はソールドアウトとなりました!


お陰様で東京に続き、仙台・札幌とチケットがソールドアウトし、更なる皆さんの熱い要望に応える形で、なんと大阪でのライヴも急遽決定しました!イェ〜い!
詳細は下記です。

浅田信一 ソロアコースティックライヴ
『MARTIN, GIBSON & ME』in 大阪

日時:2013年2月17日(日)
17:00 open / 18:00 start

会場:大阪・Janus dining(ジャニスダイニング)
http://www.arm-live.com/jd/
大阪市中央区東心斎橋2-4-30 GRAND JANUSビル1F

チケット:前売り¥4000(ドリンク別)/当日¥4500(ドリンク別)
※定員60名

予約受付は下記メールまで!
groovecouncil@gmail.com

お名前・ご住所・お電話番号・ご希望枚数を明記し【AS大阪係】へどうぞ。
但し定員60名に達し次第、受付は終了させていただきます。

予約確認後2日以内に代金振込み方法などをメールにてご連絡しますので、返信メールが届かない場合はお手数ですが再度ご連絡下さい。
なお迷惑メールフィルターや指定受信などを設定している方は、上記からのメールを受信できるよう再設定をお願いします。


そんなわけでツアーの様相を呈してきた、浅田信一10年振りのソロ弾き語りライヴ。
貴重でハートフルな冬の思い出になるはず。
そして大阪公演も高音質アコースティックサウンドでお届けしますYO〜

それでは沢山のお申し込み、お待ちしています!



GROOVE COUNCIL
佐藤ヒロユキ
by higehiro415 | 2012-12-03 21:06 | 告知 | Comments(5)

C&YそしてY

2年前はDr. FeelgoodのTシャツを着ていったので、それ以上にインパクトのあるものはないだろうか?と2日間悩んだが思い付かず、結局オーソドックスにThe WhoのMaximum R&B Tシャツを選んだ。
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2012年11月3日。この日の現場は福島県相馬市のパブレストラン「101」である。
ここは普通の飲み屋さんなのでテーブルやボトル棚を移動したり仮設ステージを作ったり何かと準備が必要で、夜のライヴにも関わらず朝の9時前から設営のためスタッフが集まっていた。
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My Life is My Message〜Live in SOMA CITYと題されたこのライヴ、My Life is My MessageとはHEATWAVEの山口洋ら全国の有志が集まり、震災以降相馬市をピンポイントで支援しているプロジェクトで、現地のキーマンはモリタミュージックの森田社長である。(詳しくは2人のblogなどを参照して欲しい)

その一環のライヴなのだが、この日は森田さんがどうしても相馬に呼びたい!と言っていた仲井戸”CHABO”麗市と山口洋の2マンという夢の企画が実現する日であった。
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僕は直接的にMLIMMに関わっているわけではないが、自分なりの立場で出来る限り応援させてもらっていて、日程を決める時にすでにスケジュール空けてPAをやって欲しいと依頼されていた。

80人も集まれば一杯になる狭いスペースでのアコースティックライヴとはいえ、この2人の音楽は本物の超本気ロックである。パワー感のある押しの強い音でなおかつクリアーに聞かせたいと考え、そういう機材をチョイスして駆け付けたのである。

そしてライヴとは別に密かに僕が楽しみにしていたこともあった。それは20年以上の付き合いである後輩Yのことである。

Yが仙台の大学に通っているころ奴は僕の下で学生アルバイトをしていて、相当な変わり者だが真面目でバカが付くロック好きであったため放っておけず(笑)、学祭でYが所属していたF研のPAをやりに行ったり、ヘルプでバンドメンバーに加えたりしたこともあった。

当時は僕に相当やんちゃに鍛えられたくせに妙に懐いていて「いまタワレコで○○と○○のCD見つけたんですけど、どっち買ったらいいですかねぇ?」「ばかやろ〜。どっちも買え!」などといまだに交流が続く不器用な男である。

今は福島県南相馬市の職員で、震災以来は住処も職場も場所が場所だけにいち早くガイガーカウンターを持ち歩き(そのお陰で回りからは親しみを込めてガイガーというあだ名で呼ばれるようになった)、顔にはまったく出さないがずいぶん苦労もしているように思う。

そのYが昔からRCサクセションの大ファンで、一昨年僕がチャボさんのPAを受けた時に、福島だし人手もいないから手伝いに来る?と声を掛けたが仕事で断念し、僕が送ったチャボさんとの2ショット写メを地団駄踏んで羨ましがったという経緯もある。

僕らは仕事柄そういう人達に会えるチャンスが多いだろうが、Yは市の一般職員である。
そのYがついに今回スタッフとして憧れのチャボさんに対面すると思うと、普段はポーカーフェイスの奴がどんな顔をするのかとても興味があったし、無骨に頑張り続け40歳を越え、震災でも弱音を吐かなかったYへのとっておきのご褒美のような気がして自分のこと以上に嬉しかったのだ。

頑張ってりゃ、いいことはきっとある。
案の定セッティングの時のYはいつも以上に顔の血行がよく黒光り(笑)していた。

PAをセッティングし終えた11時頃、まず「よっ、元気?」と山口洋が姿を現した。「早いね」と言うと「セッションの練習もしたいからさ。あ〜緊張する」とニヤリ。

彼とは数年前にライヴPAをやらせてもらってからの付き合いで、Live at Café MILTONというライヴアルバムもレコーディングさせてもらった。ただ九州男児でなかなかに尖ったシャイな男だし年齢も一緒なのでベタベタする付き合いではないが、会うとなんか嬉しくなる存在である。

コンポーザー・ボーカリストとしての実力もさることながら、ギタープレイヤーとしての腕はまさに超一級品だ。
そして音響にも詳しく1人で汗をかいてセッティングしている僕を見兼ねて「手伝おうか?」といつもぶっきらぼうに声を掛けてくれる。この日も自分の楽器を搬入した後モニターチューニングを手伝ってくれた。

それからすぐにチャボさんのスタッフFさんとローディーS氏が楽器車で到着。S氏は会うなり「一昨年の風と木ではお世話になりました」と言葉を投げかけてくる。
これはなかなか出来ることじゃない。風と木とは以前このブログにも書いたが、一昨年PAをやらせてもらったチャボさん還暦ツアーの福島公演の会場である。

ツアーやイベントで全国各地多くの人達と会う中で1度だけ仕事した人(ましてや地方の)を覚えているのは至難の業だし、ましてやあの時は打上げで一緒に飲んでもいないので、これはS氏が驚異的な記憶を持っているかもしかしたら事務所からの情報共有かもしれない。

そうだとしたら人を大切にするチャボさんらしいスタッフワークだと感心するし、売れれば売れるほど本人はもとより回りが勘違いし、一期一会を無駄にしている人も多い世界なので、こういうS氏の人間力にも気持ちが柔らかくなる。音楽でつながってるとはいえ、所詮は人と人なのだ。

チャボさんはこの日5本のアコースティックギターを持ち込んでいた。ステージも狭いのでS氏と山ちゃん(山口洋)と僕とで配置を決めながらセッティング。
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お昼は有志スタッフ女子部?が作ってくれた、豪華な手作り弁当を雑談しながらいただく。めっちゃ美味しい!

早々と食べ終わった山ちゃんはステージからギターを取り弾き始めようとした。ちょうど会場内には僕がランチタイムのBGMにとかけていたセレクトCDの中の「Don’t Let Me Down/THE BEATLES」が流れていた。

自分の練習をするのかと思い慌ててボリュームを落とそうとすると「あっ、いまこれに合わせて弾こうと思っただけだからそのままで」と言い、CDに合わせギターを弾き始めた。
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続く「Use Me/BILL WITHERS」「She Caught The Katy/BLUES BROTHERS」もCDとセッションしている。まさに微笑ましきギター小僧である。

そうこうしているうちに森田さんとYの送迎(Yが抜擢されたのは森田さんからのプレゼントでもあるのだろう)でチャボさんが到着し会場に入ってきた。
山ちゃんがピッと立ち上がり挨拶をする。僕も同じく。まるで教室で遊んでいる時に急に先生が入ってきて慌てたかのような光景で可笑しくなる。

「お〜山口クン、今日はよろしくね〜。楽しみにしてたよ」「佐藤ちゃん久しぶり。元気?お、The Who!ピート」「なんかこの店、アメリカのバーみたいで雰囲気あるよねぇ」などと、なんともチャーミングな笑顔で僕らに握手を求めてきた。

Yを見るといつもの無愛想な感じではなく、緊張と嬉しさが入り交じった表情をしている。森田さんはいつも以上に目が細くなって満面の笑み。

チャボさんがPA卓の後ろに来て立て掛けてあった1枚のレコードに目をやる。「ニルス・ロフグレンじゃん。お店の?」
僕「あ、これは山ちゃんがYにあげると持ってきたやつです」
山「いやガイガーが前にニルスのアナログ欲しいみたいなこと言ってたから、うちにあったやつ持ってきたんですよ。おれニルスそんなに好きじゃないし(笑)」
チ「へぇ〜。山口クンからのプレゼントか。おれはニルス好きだけどね(笑)」

これは確かに山ちゃんがYに渡した時に同じことを言っていたが、Yがもらって恐縮しないようにという山ちゃんの優しさだとチャボさんもわかるようだった。

そしてリハへ。
山口洋はいつものように感触を確かめる軽めのリハ。これは僕と何度かやっているということ以上に、アコギや歌のダイナミクスを弾き方やマイクの使い方でもって自分で調整する技を身につけているからだ。
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おそらく1人で全国を旅し、中には音響がきちんと無い会場でもライヴをやらねばならず、自分で何とかする術を磨いてきたのだろう。

続いてチャボさん。チャボさんは曲ごとに合う音色のギターにいろいろ持ち換えるので、ローディーS氏と阿吽の呼吸で全曲を確かめるように流していく。
流すとはいっても、音はもちろん曲のつなぎの感じとかをパッケージで通していく。イメージトレーニングに近いのかもしれない。だんだんと熱を帯びてくる。
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ギターを弾いている時のアクションや曲終わりに手を上げる様は本番と同じで、これは長年の癖のようなもので自然とそうなってしまうように見えた。

そんなリハは本番と違わぬパフォーマンスで、山ちゃんも「いや〜、すごいね。まったく手を抜かないなぁ。すげぇ!」と僕に話しかける。

そしてセッションのリハ。
持ち込んだLED照明が眩しい、なんか取り調べみたいで好きじゃない(笑)と2人の息の合った意見で照明の位置を変える。

ここでの山ちゃんはGRETCHのエレキをアンプで鳴らす。チャボさんはアコギなのでどうしたってエレキの音がデカい。

山「おれの音デカいっすよねぇ。もうちょいアンプの音量下げますか?」
チ「いや全然。ねぇ、佐藤ちゃん、大丈夫だよね?」
僕「はい。PAでチャボさんのギターがっちり出すので、まだ余裕!」
山「そう?じゃデカかったら言ってね。下げるから」
チ「大丈夫だよ。むしろもっと上げていいよ。3倍くらい(笑)」

山ちゃんは悪戯を許された子供のような嬉しそうな目をする。
場所の広さを常識的に考えたらちょっと大きい音だが、音があまり小さくてもちゃんとアンプが鳴らないし、それを想定して1.5倍のパワーの機材を持ち込んだので問題はない。

セッションはどちらかのプレイにどちらかがプレイで答えるという音の応酬で、このままお客さんがいれば本番か?と見紛うほどの白熱ぶり。
今夜のライヴは鳥肌ものになると確信した。
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リハが終わり開場準備が着々と進む。「相馬かえる新聞」や「自立研修所えんどう豆」の方たちが作った缶バッチとキーホルダーや函館からの有志が持参した無添加パンも並ぶ。それぞれが楽しそうにお客さんを迎える準備をしている。

先日の「くるり×細野晴臣」相馬公演のPAの時も感じたが、決して都会でもなく人口も多くないこの相馬という所で何故素敵なイベンが実現するのかといえば、地元に根差した音楽人という存在とそれをサポートする人達(企業も含め)の熱があるからなのではないか。
そしてそれを肌で感じたミュージシャンは「また相馬に来たい!」ときっと思うのだ。

前売りチケットはもちろん完売していて、関係者やスタッフも含めると100人近い人が会場内に入った。ライヴへの期待も相まってまさに熱気ムンムンというやつである。

まずは山口洋が登場。いつもより少し気負っているような気もするが、彼も興奮していたのだろう。それが程よい緊張感とエネルギーになり充満する。

奥の奥まで掘り下げた言葉遊びのような文学的な歌詞と、サンプリングマシンを使った1人セッションを含むとんでもなく広いダイナミックレンジの超絶ギタープレイなどもともと凄いのだが、それを凌駕する魂の弾け方が山ちゃんの魅力でありロックたる所以ではないだろうか。
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チャボさんという偉大な先輩に見守られた安心感と遊び心と同時に、同じギタリストとしての意地が交錯したであろう最高のライヴパフォーマンスだ。
後半はチャボさんがPA位置の僕の横に待機し、嬉しそうにステージを見つめていた。

そしていよいよ仲井戸麗市、チャボさんの登場。
会場内は一層大きな拍手と「オ〜!」というような、どよめきの声援が起こる。

「Born in Shinjuku」から始まりいつもの優しく爽やかなべらんめぇ口調のMCを挟みながら「BLUE MOON」「ティーンエイジャー」「ふるさと」と続く。

そして圧巻だったのは「You’ve Got A Friend」。キャロル・キングとジェームス・テイラーで有名なあの名曲にチャボさん流の日本語歌詞を付けたものだが、これはもはやカヴァー曲ではなくオリジナルとして昇華しているような、たぶん日本の誰もが真似出来ないアートの域だ。

そして「君が僕を知ってる」「いつか笑える日」「ガルシアの風」ときたら、これはもう昇天するしかないのである。ジャンルを超えた孤高のレジェンドはこの日も健在だった。

震災のことや原発のことには特に触れないが、このセットリストやMC(HEATWAVEの歌を軽く歌い山ちゃんをいじったり森田さんに感謝したり前述したニルスのアナログ盤のエピソードにも触れたり)から、ここに集まった人たちのみならず被災地すべてを思いやるチャボさんの気持ちはヒシヒシと伝わってきた。

自分が人々を楽しませ勇気づけられるのは、言葉ではなく音楽というエンターテイメントだけなのだとも言わんばかりの決意と潔さは、やはり胸にストレートに響く。

ロックは佇まいだ!と言った人がいた気がするが、それと共に僕の頭の中にはロックスピリットという単語が何度もよぎる。

これで62歳だなんて何度聞いても信じられない瑞々しさとチャーミングさだ。納得するのは唯一、懐の深さだけである。

鳴り止まぬ嵐のようなアンコールの拍手で再登場したチャボさんが山ちゃんを呼び込む。

セッションは森田さんが泣けるエピソードを託しリクエストしたという「アメリカンフットボール2010」に「Hungry Heart」ときてRCバージョンの「上を向いて歩こう」。

リハのとき以上のギターバトル、いや戦っている感じではなく底抜けに楽しそうな2人のギター小僧の如し表情は、言葉の迫力はないが超豪速球でのキャッチボールと言うほうがニュアンスは近いかもしれない。
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僕の音もステージの加速力に引き込まれ知らず知らずのうちに音量が上がっていってしまったが、わき上がる自分の中のロックスピリットに従ったまでだし、サウンドエンジニアとしての冷静な部分が、うるさいと感じる一歩手前でブレーキをかけたので良しとしよう。

ラストは山口洋がボーカルをとる「満月の夕」。これは新鮮だった。
中川くん(ソウルフラワーユニオン)が歌うこの曲も山ちゃんが歌うこの曲も誰かがカヴァーしたこの曲も、幾度となく仕事でもリスナーでも聞いてきたが、チャボさんの解釈によるギターフレーズや音色がこれまでにない息吹を吹き込んでいたのは間違いない。

2人のギターヒーローはスタンディングオベーションを受けLive in SOMA CITYは終了した。
このおよそ2時間を言葉で表すのは難しいが、とてもヒューマンな匂いのする音のメッセージだったような気がする。

会場内には泣きながら笑っている人が沢山いたことからも、いかにロックミュージックの力が人の心を揺さぶるのかが証明された一夜にもなった。
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機材を片付け一足遅れで打上げ会場に向かう。
スタッフの人達はアフターパーティーのお手伝いもあったようで、そこにはチャボさんと山ちゃんとごく内輪の人たち数人だけが静かにワインを飲んでいて「山口クンはギターうまいねぇ」「いやいや、そんなことは」なんて会話が聞こえてきた。
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程なくしてチャボさんの少し遅い誕生ケーキを持って森田さんが現れ、ハッピーバースデーをみんなで歌う。
チャボさんは「なんだよ〜、モリタ〜」と照れながらも笑顔でロウソクの火を吹き消す。森田さんも夢が叶ったためか顔が崩れ落ちそうだった。

それからのチャボさんはステージ上とはちょっと違って、震災の時のことやいまの現状を訊いてきた。
それは決して深刻な感じでも興味本位な感じでもないのだが現地の生の声を聞くということと、もしかすると僕らに心の闇を吐き出させようと聞き役に回ってくれたのかもしれない、と今になって思う。
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その他に22年ほど前に自分が関わっていた野外イベントに出演してもらったこと、Yがその時ステージスタッフのアルバイトをやっていて昔からRCのファンだったことを告げた。

チャボさんはしみじみ言った。
「佐藤ちゃんもミュージックに助けられてきたんだなぁ。おれもロックの魔法を信じてここまでやってきたんだけど、まだまだ信じ続けるよ、たぶんね(笑)」

いい感じの時間でチャボさんがホテルに帰る前に101に顔を出そうとなり、熱いライヴ会場からいつもの飲み屋に戻った101に移動し、待っていたスタッフと合流し乾杯。
明日も早いのでそろそろ、と席を立ったチャボさんに挨拶しながらお願いする。「外でYと一緒に写真撮ってもらっていいですか?」「おう、ニルスね(笑)いいよ」

2年前に僕とチャボさんが撮った写真を悔しいけど家宝にしていると笑ったY。でも家宝にするならやはり自分との写真だろう。パシャリ!
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こうして僕の仕事ではないこの日の目的は、しっかり果たせたのである。Yは「生きてて良かったです」と冗談か本気かわからない言葉を発した。

残った僕らは店のオーナーSさんに、旨いけど効く日本酒をグイグイと飲まされる。
「いや〜、相変わらずキツいねぇ、この日本酒攻撃(笑)」と山ちゃんに言うと「あのね、いつもみんな逃げるからオレ1人で受けてんだよ。わかる?この日本酒地獄(笑)」
「それにしても今日のライヴ良かったねぇ。ギター弾いてんの気持ち良さそうだったよ」
「いや〜今日は遊ばせてもらってなんか楽しくなっちゃってさ。おれが一番楽しんだ(笑)」

翌日朝、チャボさんの見送りに二日酔いの面々が集まった。送迎は森田さんとYだ。
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送迎車が走り去り、僕もみんなに別れを告げ仙台へ機材トラックで戻る。

夕方、Yからメールがきた。
「福島駅で新幹線が来るまでチャボさんと話ができて、呼び名がニルスからノーマンに変わりました(笑)」

きっとYの好きなウィルコ・ジョンソンの話でもして自分がベースを弾くことを告げたのだろう。
それを聞いたチャボさんが「ほぉ〜。じゃニルスじゃなくて今日からノーマンだな。ノーマン!」とか言ったのだとすぐに想像がついた。ウィルコ・ジョンソン・バンドのベーシストの名前(ノーマン・ワット・ロイ)である。

音楽が紡ぐ縁はシンプルだけどドラマチックだなぁ〜。それにしても昨日から子供のように純粋な大人に何人遭遇しただろうか?と微笑ましくなるのであった。

この流れはきっと来年につながっていくだろう。いやつながって欲しいと願わずにはいられない。
by higehiro415 | 2012-12-03 02:07 | 音楽 | Comments(3)
※お陰さまでソールドアウトしましたので受付は終了させていただきます。
ありがとうございました!



師走の幕開けと共に嬉しいお知らせ。
東京・仙台とソールドアウトした浅田信一の弾き語り公演、札幌でも開催が決定しました!
詳細は下記です。

浅田信一 ソロアコースティックライヴ
『MARTIN, GIBSON & ME』in 札幌

日時:2013年2月12日(火)
   19:00 open / 19:30 start

会場:札幌・円山夜想(マルヤマノクターン)
   http://maru-noc.seesaa.net/
   札幌市中央区南1西24-1-10 ザ・ヴィンテージ24ビルB1F
   電話011-623-0666

チケット:前売り¥4000(ドリンク別)/当日¥4500(ドリンク別)
※定員50名限定


予約受付は下記メールで受付開始!
groovecouncil@gmail.com

お名前・ご住所・お電話番号・ご希望枚数を明記し【AS札幌係】へどうぞ。
予約確認後3日以内に代金振込み方法などをメールにてご連絡しますので、指定受信など設定している方は上記からのメールを受信できるよう再設定をお願いします。
但し定員50名に達し次第受付は終了させていただきます。

10年振りとなるソロアコースティックライヴ、お見逃しなく!
残りわずか!!

この調子で関西でも開催できたらいいなぁ〜と相談画策中です。
by higehiro415 | 2012-12-01 12:20 | 告知 | Comments(3)