佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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Whisky Man Blues ツアーレポ

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12月8日仙台公演の翌日、朝起きて自宅のベランダに出た。すっきりと晴れた空が広がっていた。タバコに火をつけると昨日の出来事が無意識に浮かんできて、何故か涙があふれて止まらなくなる。なんの涙なのか自分でも戸惑い必死に理由を探してみたものの、よくわからなかった。
開演が大幅に遅れはしたがライヴを開催できたことへの安堵感なのか、なんとしても仙台まで辿り着いてやるという執念が実った達成感なのか、もし飛行機が飛ばなかったらという心労からの開放感なのか、誰一人帰らず待っていてくれたお客様への感謝なのか。おそらくすべてのことが一気に押し寄せてきたのだが、それだけ気を張っていたのだと気付く。
とにかく僕らが会場に到着したときの温かい歓声と拍手と空気感は、一生忘れられないだろう。


わずか1週間5公演の古市コータロー初の弾き語りツアーだったが、とてつもなくドラマチックで最高に楽しい旅になった。
奇しくもWHISKY MAN BLUESと名付けた全国ツアーの日々を、僕の目線で申し訳ないが振り返ってみたい。
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12/5(金)
コータローは羽田から、僕は仙台から、千歳空港で合流し札幌市内のホテルへと向かう。
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何年かに一度の大寒波が来ているらしいと聞くが、そんな気配はまったく感じられない晴天で、僕らは「天気も味方してくれるなんて、きっといいツアーになるね」などと話しながらの車中。
もちろんツアー初日である翌日の段取りも打合せするが、一番真剣だったのは今夜の店とシメのラーメンをどこにするか?という話題だった。
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ホテルにチェックインしてすぐに、最近お気に入りのススキノの居酒屋へと向かい、ツアーの成功を祈りつつ乾杯する。前日に「ノージンギスカンで」とメールをもらっていたので、カニやアスパラに加え僕は前からここで食べてみたかったジャーマンポテトを頼む。「ジャーマンポテト!?いまどき注文しないよねぇ」と笑っていたコータローだが、いざテーブルに運ばれてくると「佐藤クン、イイ色してるねぇ〜。こりゃ間違いない!」と箸をのばし舌鼓を打つ。「じゃがいもが違うよ。美味い!」
そういえば仙台で僕が一番好きなラーメン屋へ初めて連れて行ったときも、運ばれてきたラーメンを見て「この盛り付けと色は間違いない!いい仕事してるねぇ〜」と言っていたことを思い出した。
このセンスこそ、彼の美的感覚と嗅覚を端的に表しているのではないだろうか。それが音楽やファッションにも通じているのだから、ブレない個性はより鮮明になるのである。
「ツアー、どんな感じになるかねぇ。緊張とかしてないの?」「それがさぁ、全然してないのよ、怖いくらい(笑)。まぁ明日やってみないと何ともね」などと、風邪も治りかけだし明日からはボーカリストということで軽く切り上げようと話していたにも関わらず、白ワインのボトルをご機嫌に数本空けてしまった。
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帰りはもちろんラーメン屋へ。ふと壁を見ると、明日明後日は工事のため休みます、と貼り紙がしてあった。僕らは「あぶなかったぜ〜。今日来ておいてよかった!」と歓喜の声を上げながらラーメンをすする。
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外に出るとさらに気温は下がっている。K「やっぱり北海道は空気の冷たさが違うな。東北の冬を知っているおれでも寒い」とホテルへと帰還。


12/6(土)
朝8時半にホテルのロビーで待ち合わせ。最近の僕らはここで食べる朝食、いや厳密にいえばサラダドレッシングなのだが、そのためにこのホテルを押さえている。午後の入り時間までどうしようかと行動を相談しながら、やっぱり美味いよねと2人ともサラダを3皿ずつ平らげた。

11時、ランチはラーメンと決めていたので、その前にレコード屋さんに向かう。今回はスーツケースに荷物が入らないからレコードは買わないと言っていたコータローだったが、結局は送ればいいかと2枚購入。店内で「おっ!これあったよ」とか「これ持ってる?」とか、まるで学生のように夢中になっている様は自分でも可笑しくなるのだが、至福の時間であるのは確かだ。
買ったレコードを抱えラーメン屋へ。昼時でちょっと混んでいたが、大人しく列に並び無事にラーメンをきめて一旦ホテルへ戻る。
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初日ということで少し早めに会場の円山夜想へ向かった。本間店長がいつもの笑顔で迎えてくれ和む。入口のところに12~3枚の来訪ミュージシャンの生写真が飾ってあるのだが、ちゃんとコータローの写真を一番手前に置いていてくれた。こういうちょっとした気遣いも嬉しいではないか。
一服してまずはセッティング。その間コータローにはグッズコンプリートの方への特典ポストカードにサインを入れてもらう。

今回ステージ上に譜面台は置きたくないと言う。普段は足下に置くモニタースピーカーも出来る限り両脇に避けて、姿すべてが客席から丸見えになるようにしたらどうかと提案されていたので、それがどんな風に客席から見えるのかレイアウトしてみる。
モニターはアコギ1本だし僕がちゃんと音を返してあげれば問題ないと思っていたが、譜面台は歌詞の問題もあるし、本当にいいの?と何度か確認した。
しかしあっさり、15回も1人でリハやってきたし、ウェラー(僕らが大好きなPaul Wellerのこと)もそんなステージでカッコよかったんだよね、と言う。
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このこだわりと潔さ、そしてその理想を実現させるための影の努力こそコータロー真骨頂だ。この美意識の高さが、そう簡単には真似の出来ないワン&オンリーとしての存在に彼を高めていく。
アコギ1本とはいえロック魂に裏打ちされたエピソードだと思うし、音楽はその佇まいやルックスも大事だという意味で、僕もとても共感できるのである。
客席からステージを見たらかなりカッコいいではないか。これでいこうと即決した。

ギターには最近ゲットしたというプリアンプDIを通しサウンドをチェックをする。ボディの鳴りがいい具合に再現されるので、その音を最大限に引き出せるようスピーカーをチューニングした。
ボーカルマイクはAKG/D7とAUDIX/OM5の2種類を持ち込んだ。どちらも試した結果、声に合うということもあるが、よりアコギの音にマッチしていたOM5に決定。
初日ということもあり感触を確かめるようにリハは進む。

お互いの感覚がフィットしたところで、同期もののリハ。今回は2曲ほどリズムに合わせて演りたいというので、テンポやパターンなどをメールや電話でやり取りしながら打ち込みを作らせてもらった。どのタイミングでフェードインしてアウトするかも含めて、コータローのイメージに合わせて操作を確認していく。手作業なので緊張するが、その時の状況に応じて微妙に変化を付けられるので僕も演奏気分になれて面白い。
それから1ヶ月以上前に送られてきたオープニングとエンディングのSEも確認。これも彼の中ではどのタイミングでどうするかというのが決まっていたようだ。実際に試してみて僕が客席からそれをチェックする。音以外の部分もそうやって作り上げていく。もちろん照明の感じもである。
セットリストも含めて、アコギ1本でダラダラやるのではなく、ひとつのショーとして完結させたいのだと理解し、レベルの違いはさておき、自分も音以外も気になる性分なので少しは力になれるだろうと俄然燃えてくる。

「佐藤クン、いま何時?」
「5時過ぎたとこだよ」
「そろそろリハ終わって、乾杯しようか」
僕らは冷やしておいたシャンパンを早々と開けた。初日だし今日はあまり飲まずにやったほうがいいかな、と昼間は言っていたはずだが。
「信ちゃんにも少し飲んだくらいのほうがコータローさんは声出ますよ!と言われたしさぁ」と、ニューアルバムをナイスプロデュースした浅田信一の言葉を引き合いに出すが、ちょっと自分を落ち着かせたかったのかもしれない。

開場し本番を待つ。心なしかお客さんは、どんなライヴになるのか?という期待と緊張が入り交じった表情に見えるが、なんせ人生初の単独弾き語りであるのだから、それは本人にも予想がつかないところだ。物販コーナーも賑わっている。
開演時間が迫ってきたので、僕はステージのテーブルにジャックダニエルのロックを置きチューニングしてから楽屋へ。
「ほぼお客さん入り終わってるけど、時間どうする?」
「それならオンタイム主義でいこうよ」
「了解!」
開演予定時間をほんのちょっと過ぎたころ、僕はオープニングSEのボタンを押した。
ゴールデンカップス「午前3時のハプニング」をバックに、コータローは髪の毛に手をやりながらちょっとだけはにかんだ面持ちで、割れんばかりの拍手のなか客席を通りステージに上がった。

「どうも。あれ、硬いんじゃないの?(笑)リラックスして、ま私もなんですけど。今日はようこそ。なんせやったことないことをやりますんで、時間の経ち方から何からみえないんですけど。まぁ今日は僕と一緒に作る感じでやっていきましょう。今年は札幌3回目かな。3回目だったら、言ってもいいかなぁ・・・ただいま!」(キャー!ひゅーっ!by客席)
19年前の2ndアルバムMountain Topから「あてのない影」のイントロを弾きはじめる。
古市コータローが新たな一歩を踏み出した、記念すべき瞬間だった。
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やはり勝手がつかめないせいかMCは多めで途中何度か客席に話しかける場面もあり、それが逆に会場内の空気を和ませてゆく。
新旧の曲とカヴァーやインストなど織り交ぜて、とてもバラエティーに富むセットリストだ。
「僕のはじめてやることにお付き合いいただきまして、ありがとうございます。皆さん記念すべきオーディエンスということになります。ホントありがとう!」
20曲2時間ぴったりで本編終了。アンコールで再登場の時には、写真を撮ってもいいよ、の一言で会場内は一瞬にして記者会見さながらのシャッター音が鳴り響く。初日ならではのサービスで、ステージ上でいろいろポーズをきめる姿に俳優の片鱗をみる。
アンコールも渋くビシッと決め、上々のツアースタートを切ったのであった。
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打上げはそのままマルノクで。
ライヴの感想を尋ねると、はじめはさすがに指がいつもと違う感覚だったようだが、このツアーへの手応えをつかんだようでとても楽しかったと答えが返ってきてホッとする。まぁステージでの笑顔とアドリブMCを聞けば、心から楽しんでいるのは明白だったのだが。
程よく飲んでから会場を後にし、この旅早くも3食めのラーメンを決める。食べながら「佐藤クン、明日の昼ラーメンどこにする?」と真面目に訊いてくるコータローであった。

札幌・円山夜想の本間店長、今月で辞めてしまうという熊さん、いつも札幌に行くと協力を惜しまずいろいろ助けてくれるKzy、Ri-komo、Ysk、Yu、そしてSgo女史。今回もまたお世話になり本当にありがとうございました!




12/7(日)
朝起きてカーテンを開けると、昨夜までとは違って真っ白な風景に変わっていた。モーニングの約束は8時半。僕は少し早くロビーに下りて外の雪の積もり具合を確認する。札幌にしてはそれほどでもない。
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時間ぴったりに下りてきたコータローと食堂で話す。例のドレッシングをたっぷりかけたサラダを口に放り込みながら、ライヴの改良点や方向性の確認など。Kのサラダ皿を見るとドレッシングがスープのように溜っていて笑ってしまう。かけ過ぎではなかろうか。
どうやら千歳空港発の朝の便が欠航したとの情報が入ったので、スマホでフライト情報をチェックすると確かに欠航や遅れが多いが、僕らが乗る仙台行き便は定刻となっていて安心する。

ホテルをチェックアウトして空港へと向かう道は思ったより雪が積もっていて、ヒョウのような氷の塊が風にあおられ車の窓ガラスを勢いよく叩いていた。予定の便は相変わらず定刻となっていたが、少しは遅れるかもな、でも出だし好調のこのツアーが阻まれることはないだろうと信じ、とにかく早く空港に着いてラーメンを食べようと急ぐ。

ANAの荷物カウンターは長蛇の列だったが、掲示板には搭乗手続き受付中の文字があるのでそのまま並んだ。昨日の札幌公演に東京から来てくれて、今日の仙台にも来る顔見知りのファンの人とばったり遇うと、予定の便が欠航になったらしく次の便に振り替えになったという。列はいっこうに前に進まず、掲示板は搭乗手続き一時中断中と表示が変わっていた。
ちょっとマズいなと思いはじめ係員に状況を確認する。今のところ何とも言えないというが妙に歯切れが悪い。こりゃ危険かもと他航空会社のカウンターへと走る。JAL、Air Doともに発着未定、Skymarkの13:50発が搭乗手続き受付中だというので、それに乗り換えようと決断する。
このまま待って飛ばないよりも、仙台到着が予定より50分遅くなるがリハを短く切り上げれば大丈夫と2人で話し、新しい航空券を買い直し無事に荷物を預けた。
逆にゆっくりラーメン食えるね!などと余裕をかましラーメンをすすったあと、まだ時間はあったがロビーには欠航や遅れで行き場のない人たちが溢れてきたので、僕らは早めに搭乗口に入り待つことにした。

外はもう雪が降っているどころか晴れ間さえのぞいてきた。しかし広い滑走路には機体が全然無くて、必死の様子で除雪車だけが走り回っている。どうやら千歳空港に着陸出来なくて引き返したり、出発地で欠航が決まったりしているようだった。要するに飛べる機体が現場に無いというお手上げの状態だ。
僕らは通路のコンセントの前に座り込み、スマホを充電しながら逆算と対策を練りはじめる。時刻は予定を過ぎて14時になっていた。それでも15時に飛べれば17時には会場に着く(開場17時半・開演18時)からサウンドチェックが30分出来る。問題ないと踏んでいた。
昔のロックバンドは平気で入り時間遅れたり、開演時間に会場入りしたりする連中もいたよねぇ、などと冗談交じりで話していたが、だんだんと僕らは口数が少なくなっていく。

カウンターへ問い合わせる。僕らの乗る飛行機はいまどうなっているか訊くと、まだ茨城空港にいるという。刻々と状況が変わるのでまた他の飛行機に乗り換えたほうがよいかと、預けた荷物をすぐ出せる場所に移動して欲しいと頼み、他会社カウンターへ行き情報収集するが、なんと遅れどころか次々と欠航になっていた。15時になる頃には元々乗る予定だったANA便の欠航が決まった。早めに決断して助かったが、あのまま並んで待っていたらと思うと背筋がゾーッとする。
仙台ではなく羽田や福島などに飛びそこから電車で仙台へ移動するという方法も考えたが、どうシュミレーションしても到着が21時にしかならず、さすがにこれは無理だということで、とにかくこのまま待つのが一番と判断する。
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多少遅れてもなんとか飛んでくれと祈る気持ちと、何としてでも会場に辿り着いてやるという執念が心を支配する。
会場到着リミットを19時半とすると仙台空港着は18時半、そうなると千歳空港17時発じゃないと間に合わないので茨城空港を15時半までに飛び立ってくれれば可能性はある。何度も状況を確認していると、15時20分ついに茨城空港で足止めになっていた飛行機に乗客が乗り込んだとわかった。
すぐにSNSで開場は予定通り17時半、物販販売のみ行いライヴは到着次第すぐ19時半頃予定で開催します!と告知する。

不幸中の幸いだったのはこの日の公演が僕のホーム仙台だったということ。すぐにライヴハウスの店長トムに連絡して事情を説明し、PAスタッフには出来る限りこんな感じで準備しておいてくれと細かく指示を出し頼む。
物販には今回のツアーグッズデザインを担当してくれたCKが関西から応援に駆け付けてくれていて、グッズの内容等はバッチリわかっている。もう1人のヘルプは友人でフリーアナウンサーの富岡浩美ちゃん、彼女に頼んであったのもラッキーであった。
チョーキーを連れてライヴを観にきてくれることになっていた岩手の345号くんにも、遅れるからとメールを入れる。
(345号くんのブログ http://collector345.blog63.fc2.com/ )
信頼出来る人たちが向こうで段取りしてくれる安心感で、僕らはすぐに到着してからのイメトレへと移行した。
電車の時間など途中で帰る人もいるだろうから、セットリストは無視して新譜のやつとかみんなが聴きたそうな曲は先にやるよと言ってくれた。帰らなければならない人にはそれでも申し訳ないので、ツアーのために作った演奏用のピックをプレゼントしようと決めた。

掲示板には仙台行き17時10分発という文字が現れる。他の会社が欠航続きのなかSkymarkの意地に感激し、コータローの持つ運の強さに感謝する。
あとは無事に飛んでくれることだけを願い、いまやるべきことを考えるのみ。
仙台に到着したらすぐに会場に電話を入れるつもりだが、その音声を客席に流せないだろうかと思い付く。トムにお願いしたら、なんとかやってみます!と言ってくれた。
そして予定よりさらに遅れたが、17時40分ころ僕らを乗せた機体はようやく空へと羽ばたいたのである。あとで聞いたら他の便はすべて欠航になったらしい。危機一髪だった。

「佐藤クン、飛ぶまでにちょっとロスったから向こうで荷物がすぐ出てこなかったら痛いね。それにしても30年やってきて初めてだよ、こんなの」
「おれもだよ。PAだけならまだしも主催ともなると重みが違う」
「着いたらもうさ、そのままステージに上がって音出るの確認して始めちゃおう」
「そうだね。あとは本番で何とかすればいいか。モニター大丈夫?」
「何とかなるよ、昨日の感じにしてもらえれば。今日が初日じゃなくてよかったよ〜」

仙台空港には18時50分頃に着陸した。急いで荷物受け取りのベルトコンベアへ走ると同じ便に乗ってきた先述のファンの人が僕らの荷物とギターを持って立っていた。「荷物最初に流れてきたので取っておきました!」ナイスアシストだ。別便乗り換えの可能性もあり荷物を出しやすくしてもらっていたため、早く出てきた様子だった。ラッキー!
荷物をリレーのバトンのように受け取り、そのまま外へ。Tに待機してもらっていた車に乗り込み会場へ向かう。コータローがその日のMCで言っていたが本当に空港には1分しかいなかった。

車の中から会場に電話を入れる。浩美ちゃんの「中継がつながりました〜」という声とみんなのざわめきがうっすら聞こえてきた。偶然だがレポーターのプロがいて助かった。
「いま仙台空港に着きました。もうちょっと待ってて下さい!いまコータローに代わります」
「もしもし〜。みんな聞こえる〜!?おとこ古市、マッハでそっち向かいます!」

すぐにトムからメールがきた。「電話中継ウケてたので余裕あれば再度お願いします(笑)」
あとどんなに急いでも30分以上はかかるので、入場者のドリンクおかわりはこちらで持つことにした。会場側も快く協力してくれたお陰だ。
高速を降りたとき再度電話中継を入れる。「いま長町インターなので順調ならあと15〜20分で到着するはず。コータローはいま車の中でリハやってま〜す!」電話口から大勢の笑い声が聞こえた。
見慣れた街並が目の前に迫ってくるが、ここがゴールではない。着いてただライヴをやるだけじゃ納得できないのは僕もコータローも同じだろう。ツアー2本目ならば、どんな状況であれ完成度という点においては1本目を超えなくては意味がない。なんだが試されているような気がしてくる。もうすぐ着くという安堵と同時に腕が鳴った。

パークスクエアの前で車を降り、スーツケースとギターを持ってエントランスへの階段を走り下りた。ホールのドアを開けるとフロア満員のお客さんの、どよめきにも似た歓声と拍手が鳴り響く。不思議な感覚だった。
スーツケースを引っ張ったままステージに上がり、コータローはダウンもマフラーもそのままでギターケースからアコギを取り出す。僕はスーツケースを開けてマイクを取り出しマイクスタンドに装着する。このとき気を付けたのは洗濯物が飛び出してこないかだけだった(笑)。必死だ。
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プリアンプDIにシールドをぶち込み僕はPA席へと移動。声とギターがスピーカーから出ることだけを確認しステージへ戻り、こっちOKだよと伝える。
主役が着替えに一瞬楽屋へ行っている間に、僕はマイクを使いいくつかのインフォメーションとお詫びを。すぐにPA席に戻り同期やSEの入ったiPadをつなぎ込む。着替えを確認しオープニングSEのボタンを押すまで10分位だったろうか。本来の開演時間から約1時間45分押しのライヴスタートとなった。

2曲目までは必死に音の状態を普通にもっていくようPA卓をいじり倒す。そこからようやく微調整に入り、3曲目でほぼ通常レベルまで持っていけた。ステージ上のコータローは何事もなかったかのように見事なパフォーマンスを繰り広げている。これぞプロフェッショナル。努力と経験によって蓄積された底力、それを出し切るハートの強さも必要だろう。さすがだ。
途中、セットリストがコータローの手元にないことに気付き、どうせだからとウイスキーと共にステージに差し出すことにした。ちょうどPA席の前にチョーキーがいたので、このグラス持ってきて!と頼み僕はセットリストを、チョーキーは「えっ?おれが?」と言いながらもロックグラスを手渡す。「チョーキー!」と一言だけ発しそのウイスキーをグビッと飲む。これ美味いな。いい酒だなぁ。
チェックしていなかった同期のipadは本番で合わせた。Everyday EverynightからMonochrome Girlへはリズムフェードアウトに続きフェードインするのだが、手に汗をかいていて画面のフェーダーがうまく動かず焦った。
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この日の名言はMCで発した「ごめんね&ありがとう」である。
待たせてごめんね、そして待っててくれてありがとう!というまさに偽らざる心の叫びだろうが、語呂や言い回しが可笑しくてツボに入ってしまった。
何人かのお客さんが帰らねばならない時間には「そろそろ時間?ちょっとこれだけ聴いてって」とアルバムタイトル曲Heartbreakerをプレイ。
終演時間のこともあり少し短めにしなきゃねなどと言っていたが、結局は予定の曲すべてを演りきった。
ライヴが終わり楽屋へ。
「おつかれ〜!乗りきったね。」
「そうだねぇ〜、ホッとしたよ。でも佐藤クン、さすがに疲れたね(笑)」
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打上げにはチョーキーも参加してくれた。5月のコレクターズ北上ライヴの時はステージでのサプライズ数分間と、チョーキー達が飲んでいた店に顔を出しに行った10分間しか会えなかったが、今回は事前に一緒に飲もうよと誘っておいたのだ。北上のときの感じから、おれはいいよと遠慮がちに断られるかもと思っていたが、来てくれた。コータローも僕に「チョーキーと一緒に飲めるの?」と嬉しそうだった。
もちろん酒が進むにつれ話ははずみ、北上の高校時代のことやアマチュアバンドのことなど、まるで同窓会みたいだなと思う。いや、こうやって飲みながら2人が差しで話すのは20年以上ぶりなのだからある意味そうなのだが、少年のように笑う顔に刻まれた皺や表情を見てやはりそれとは違うとすぐに思い直す。ある種の運命や宿命を背負って生きてきた2人の男が交錯する今だからこその深みある美しさというか、とにかくそんな2人を見ながらの酒は格別であった。おかげで、疲れていたのにまた飲み過ぎてしまったではないか。
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みんなで一緒にホテルまで歩く。仙台の夜は冬の匂いが確実にしていたが、札幌の寒さと遅延事件の冷や汗に比べれば、気持ちの問題も含めて爽やかでさえあった。数時間前までの出来事がまるで夢のように感じられる。
歩きながらコータローがポツリと言う。
「佐藤クン、それにしてもさぁ、今日はしびれたねぇ〜。おれたちベテランでよかったよね」
まったくである。あの状況の中お互い120%を出し切り、なかなかいい仕事が出来たのではないか。仕事の質と、最悪の場合を想定しつつ前向きな思考を崩さなかった精神力。そしてそれを大袈裟に見せずクールにこなしたいという美意識。何も言わなくともそこら辺の共通認識が出来ていたことも大きかった。

ただ、疲労の中ものすごい瞬発力を使ったためアドレナリンが出まくり、やはり冷静には振り返れないので、その判断はあの場にいた皆さんに委ねようと思う。
初の弾き語りツアーに初のアクシデント、本人は2倍疲れたであろう。労いの気持ちを込めて声をかける。
「じゃ、明日11時半ね。移動日だから飛行機遅れても大丈夫だね」空を見上げると、丸い月が優しく笑っていた。
みんなと別れ1人家路につきながら口に出す。「ごめんね&ありがとう!」コータローやスタッフも含めあの場にいた全員に感謝する。
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12/8(月)
朝の涙は冒頭の通り。背伸びをしたら身体中が痛かったが、気分はすっきりだ。
11時にホテルのロビーへ。チョーキーに北上のDVDを渡す約束をしていたのである。
「例の場面はハイライトでがっちり映ってるよ!あ、おれの部分はとばして観てね(笑)」と手渡すと、ふ〜んと言いながら「ありがとう。大切に観させてもらいます」とホント大切そうにカバンにしまい込む。
11時半にはコータローが下りてきて、チョーキーや345号くんに見送られ、僕らは仙台空港に向かった。余談だが後日345号くんからもらったメールで、その日の帰りチョーキーがまた音楽やりたいなぁ〜と話していたと知り、とても嬉しくなった。

昨日とはまるで違う平和感ただよう仙台空港でまずはランチ。僕はこの秋に食べ損ねていた、はらこ飯(宮城県亘理の名産でシャケといくらのご飯)を注文。コータローは仙台味噌ラーメン。
「またラーメンかぁ。攻めるねぇ」「だって今日から大阪だからラーメンとはしばしお別れだしさ。ところで今夜のメシ、どうする?」
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飛行機は定刻通り出発し伊丹空港に到着。ノンストレスっていいねぇ〜!などと言いながらタクシーでホテルへ行きチェックインし、ソロアルバムのインストアイベント会場であるタワレコ梅田茶屋町店へ。
控室ではこの日MCをするJanus店長の岸本優二氏と打合せ。
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「ほんまに僕とのトークでええんですかねぇ。なに訊けばいいすか?」
「そんなのアドリブでいいよ。アルバムの話はいろんなところに載ってるからしなくていいよ。同じこと喋ってもしょうがないし」
「マジすかぁ〜?」
「マジマジ。おれたちいつもそうだもん」
イベントはアルバムの話をすることなく、2人の雑談で終了。そのあと長い行列のサイン会をこなすスターであった。
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シンガーの咲ちゃんはじめ関西の仲間と合流し乾杯。昨日も結局飲んじゃったねぇ〜などと、今夜もワインのボトルが次々と空いてゆく。仕事を終えた森山公一も合流。アルバムへの素晴らしい提供曲を褒め倒しつつ(笑)会話ははずむ。
「ところでコータローさん、初めての弾き語りどうですか?」
「札幌は初日で、昨日の仙台はハプニングでしょ。だからまだわかんないけど、楽しいし何かつかみかけてはいるんだけどね」
「ニューギターの調子もバッチリですか?」
「うん、いい感じだよ。仲間にプレゼントしてもらったやつだから、なんかみんなで旅してるみたいな感覚もあるしさ」
「1人リハもけっこうやってはりましたよねぇ」
「そうだよ。歌詞覚えるのもあったけど、アコギを持つ姿がしっくりくるまでやりたかったんだよね」
「おれも見習わなあかんなぁ〜」

程よく飲んで店を出たのだが、ホテル近くのAORバーに寄っていこうとなり、やっぱりアナログ盤はいいなぁ〜とまた乾杯し夜は更けたのであった。
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12/9(火)
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気持ちいい天気だ。午前中のうちに僕らは中古レコード屋へ向かった。大阪に来ると毎回寄ってしまう良心的な店だ。無言でガサゴソとレコードを漁る。時折いつものように向こう側から声が聞こえる。「佐藤クン、これこの前千円で買ったやつ。150円だってさ」
何枚か収穫したあとはランチだ。これまたいつものインディアンカレー。昼時で混んでいて店の前のショーケースを見ながら待つ。「やっぱスパかな。あれ、大盛りってどのくらいだっけ?普通じゃ足らないしなぁ」旅の楽しみを満喫するコータローであった。

今日の大阪公演の会場は心斎橋JANUS。アコースティックには少し広いんじゃない?とブッキングの際にコータローは心配していたが、イスを置いて飲みながらゆったり見るにはベストだし、コレクターズでやり慣れてるからとここに決めた。
予定より30分早く会場に入らせてもらう。仙台のとき後半でギターの音が少し歪んでいた問題を解決したいのと、札幌・仙台とやってきてさらにいい音を追求したいのとで、プリアンプDIの設定をチェックしたり修正したりしたかった為だ。それに照明が効果的なハコなので、そのリハや明かり作りにも時間を割きたいとコータローは考えていた。
会場に着くと開口一番こう言った。「1人だと広いなぁ〜。ここで1人でやるの?」札幌も仙台もコンパクトで客席と近いステージだったので、余計に広く見えるのは確かだ。彼にはまた新たな試練が与えられたのである。
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音のほうは3公演めにしてようやく時間と手間をかけてリハーサルすることが出来た。ギターの音はよりダイナミックになり、マイクと口の距離や角度などもコータローと話しボーカリストとしての比重も大きくなる。僕は札幌と仙台でイメージした曲ごとのリバーヴを12種類ほど作った。
あとは曲ごとに照明の感じを確認しながら全体の流れを追う。「この曲はさ、赤っぽい感じのあかりがいいんだよな。佐藤クンそっちから見てどう?」「いいねぇ。でももう1色あってもいいかも」「じゃ照明さん、この後ろの青も少し足してもらえる?」
同期を使う2曲はもちろん、オープニングやエンディングのあかりのキッカケも今日は細かく指示を出す。コータローが目指していたと思われる、アコギ1本のエンタテイメントライヴショーの全貌が今夜ついにベールを脱ぐのだ。楽しみが増す。
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開場1時間前にステージ側の準備が終わると、「佐藤クン、楽屋で一杯やろうよ!」とシャンパンを開け本番に備える。物販と記録映像撮影は、いつもお世話になっているチームナニワカのメンバーが手伝ってくれる。感謝!
来場者全員にプレゼントしたいとコータロー自らが自腹で作ったポストカードは、JANUSのスタッフが配布してくれるという。今日はほんとステージに集中出来る環境が揃った。
この日の開場後、グッズコーナーに長蛇の列ができ賑わっていた。失礼ながら大阪ではあまりお目にかからない光景で嬉しい。

ライヴは非常に完成度が高くメリハリのある2時間となった。MCも絶好調で、気分よくギターをプレイし歌っているのがわかる。もちろん札幌も仙台も楽しくプレイしていたのだが、初日の緊張感と仙台の窮地を乗り越え、さらにパワーアップした男の姿が浮き彫りになっていた。ステージや客席の広さなどまったく気にならないし、むしろスケール感があっていい。特に歌は本当に堂々としていて、ボーカリスト古市コータローが誕生した瞬間にも思えた。
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本編ラストで興奮はMaxに達し、アンコールは楽曲を提供した森山公一も見守るなかでのBaby Moon。沁みた。
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ライヴ後は何人ものお客さんに、大阪に来てくれてありがとうございました!と声をかけられる。とても嬉しいことだが、僕はただ、ツアーをやってみようというコータローの手伝いをしているだけなのでなんか恐縮してしまうが、それだけ待ち望まれていたのだということだ。

打上げはそのままJanusで。
M「いやぁ〜、ほんまいいライヴでした!」
K「のらりくらり、とBaby Moon、だいじょぶだった?」
M「サイコーでしたよ。特にBaby Moonはあんなえげつないタイミングで歌ってもらえて感激ですよ。ヒロさんもえげつなぁリバーヴかけるし(笑)」
K「確かに今日のリバーヴはきてたね。ステージにいてもわかったもん。きた〜って(笑)」
H「あら、かけすぎた?でもラスト3曲のあとでしかもあの照明なら、あの位が逆にいいかなと思ってさ」
K&M「いや、最高!」
H「森山も歌えばいいのに。いい曲なんだから」
M「コータローさんに大阪のブルース作れ!と言われて作りましたからねぇ(笑)。歌ってもええですかねぇ」
K「もちろんだよ。歌えよ!」
この2日後の森山のBDライヴでは、Baby Moonをコータローからもらったピックでセルフカヴァーしたようだ。とても色気のあるバージョンだったらしい。聴いてみたいな。

いい感じにアルコールもまわった頃だ。
「佐藤クン、今日さ、なんかつかんだよ。弾き語りのコツというかやり方というか」
「やっぱり?なんかギターも歌も完全に肉体化してたよ」
「マジで?いやぁ、かなり楽しいもんだね」
「そりゃよかった。でもあと東京だけって勿体ないよね」
「そうなんだよねぇ。せっかく慣れてきたのにあと2本だもんなぁ。もっとやりたいよ(笑)」
ワイングラスの中の氷がカランと音を立てる。まるでその言葉を祝福しているように感じた。




12/10(水)
この日で一旦解散。コータローは新幹線で東京へ。僕は飛行機で仙台へと戻る。


12/12(金)
代々木ザーザズーでの追加公演日。ブッキングの段階では翌13日にファイナル1回の予定だった。しかし東京公演はすぐに売り切れるだろうと予測していたので、コータローには2daysにしようよ!と言ってみたのだが、弾き語りだし1日でちょうどいいんじゃない?と返答されていた。
初めてのことなので確かに動員も読めない部分はあったが、せっかくの機会を見逃さざるを得ないファンの人が沢山いるかもと思うと、なんか諦めきれなかった。
店長のマティに相談すると、前日ならまだ空いているから仮でしばらく押さえておきましょうか?と言ってくれたので、本公演がすぐに売り切れるようだったらコータローを説得して追加公演を打とうと思い、予約日に結論出すからと仮押えしてもらう。
案の定チケット予約は1分で定員をはるかに上回り、追加公演をやらないと暴動が起きるよ!(笑)とすぐに連絡して、この日の追加公演が決まったのである。
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今日の命題はあきらかだった。札幌で種を植え、仙台で土を耕し、大阪で芽が出た花を咲かせるのが今日である。
PAは通常のメインスピーカーに加えステージ前列用に2つ、そしてカウンター側にも1つ、会場内どこにいてもギターの音が響き、覚醒した歌声が聴こえるようにとセッティングする。
ギターを抱えたコータローが到着した。「今日もよろしく。ところでエンディングのSEなんだけどさ、流すタイミングもうちょっとだけ早いとどうかな?」もちろん賛成だ。実は僕も大阪のときに、決めていたタイミングよりちょっと早くSEを出したい衝動があったのだと答えた。こういうのは感覚に従ったほうがいいに決まっている。「リハの最後にチェックしてみよう!」
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音決めはすんなりと終わり、あとは照明を作るために1コーラスずつチェックしていく。僕は大阪で試した12種類のリバーヴを今日は曲ごとに全部変えようと思っていたので、それを確認しながらのリハだ。照明が曲に合うシーンを作っていくのと同じように、気付かれない程度ではあるが1曲1曲をよりカッコよく聴かせる音作りにしたかった。それが出来るのはこういったツアーの醍醐味でもある。
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photo by shibaeri

ツアーグッズとして作ったバンダナは、客席から見えるようにドリンクテーブルから垂らそうとコータローが言った。小さいことではあるが、こういう工夫もツアー中の楽しみといえるだろう。
物販は関西からRちゃんが手伝いに駆け付けてくれた。
リハ後はキタくん、O氏も交え楽屋で景気付けの乾杯。キタくんが尋ねる。「コータローさん、やっぱり飲みながらやってるんですか?」「当たり前だろ。そのほうが声出るみたいだし」

万全の態勢で開場となり、続々とお客さんが入場してきてあっという間にフロアが満杯になる。この日もBGMは今回のためにセレクトした下記だ。
No Tell Lover _ Chicago / The Beauty Of You _ Camelle Hinds / Running Away _ Lindy Layton / It Ain't Over 'Till It's Over _ Lenny Kravitz / It's A Shame (ver.Europeenne) _ Clémentine / Have You Ever Had It Blue _ The Style Council / Got To Get To You Girl _ Jermaine Jackson / Digging Your Scene _ Ivy / Never Never Love _ Simply Red

ライヴは5分押しでスタート。
コータローは余裕すらあるように見え、完全にシンガーとしての佇まいを纏っていた。中盤頃、信ちゃん(浅田信一)が到着しPA席の僕の隣に陣取る。「どうすか?」「いい感じだよ!」
今回のアルバムを素晴らしいものにしてくれたプロデューサーの信ちゃんに敬意を表して、とセットリストに入れた彼のカヴァー「ローファー」の時は、急に隣でごそごそと上着を脱いだり落ち着かない様子だった。もし表情を盗み見て涙が見えたら僕も泣いちゃうんじゃないかと思って顔は見ないようにした。何より名曲だし、相当にハートのこもった熱唱だったのである。
新譜からの曲の時は、隣でハモリパートを歌う信ちゃん。レコーディングを思い出しているのだろうか。トークバック用のマイクを向けてそれをスピーカーからこっそり出してやろうかと思うほど贅沢なPA席であった。隣にはヴィオラ奏者の田中景子ちゃんも来てくれている。

客席ドリンクカウンターの方に目をやると、ソトマル(外丸兼次・健児)もいた。コレクターズと僕がちょうど出会った24~5年前、外丸はバレットというバンドをやっていた。仕事でも絡むことになるのだが、僕がギターを弾いていたバンドとよく対バンした仲である。コレクターズと同じ事務所の時もあった。
彼は数日前、仙台公演の打上げで僕がFacebookに書いたチョーキーの文字に反応し、としはる!?とコメントをくれた。バレットの初期、アイゴンがギターでチョーキーがベースだったのだ。そしてコータローの東京はいつ?と訊いてきたので、たまには来なよ!と声をかけていた。
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ライヴは、大阪での完成形がより緻密にダイナミックに進化していた。気心の知れたスタッフがいる慣れたハコというのも安心感があったと思う。
MCでは「明日で終わりかぁ。寂しいなぁ〜」と言っていたが、これだけのライヴを観せられたら誰もがそう思うのではないだろうか。もちろん僕も同じ想いだ。
エンディングSEクラレンス・ブラウンのSame Old Bluesが鳴り響くなかポーズを決め去っていくコータローは、映画スターのようでもある。彼が目指していたアコギ1本でのライヴショーは、この日完全に1つのパッケージとして結実した。
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打上げには信ちゃんやキタくんや外丸も参加してくれた。外丸とコータローはアマチュア時代からの仲間だったという。あの頃は毎日つるんでたよねと、外丸は当時のちょい悪バカ話をいくつも繰り出す。その記憶力もすごいが、エピソードが今にも当てはまるから、変わってないのだなぁ〜と笑ってしまう。とても嬉しそうでよかった。30年ぶりに一緒に飲んだ様子は外丸がブログに書いてくれた。
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先に帰った外丸から夜中にメールがきた。「今夜のコータローの猫手アコギ、さとうマジックでエエ感じでしたよ」パンクスなのに可愛いやつだ(笑)。
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明日もあるからとそれ程深い時間になる前にお開き。信ちゃんが「明日何時入りですか?」というので「4時前かな。早く来れるの?」というと「ヒロさんの手伝いしに4時に来ますよ(ニヤニヤ)」
みんなと別れ新宿のホテルまで歩く。ちょっと遠いが夜風に触れながら帰りたかった。札幌に前乗りした時からちょうど1週間。あの時はツアーが一体どんな感じになるのだろう?と本人も僕も手探りだった。正直僕は、コータローの初チャレンジが無事に終わってくれればいいな、とにかくステージに立ってギターを弾き歌ってくれさえすれば今回は成功だと最初思っていた。しかしハードルを飛び越えるとまた高いハードルを設定するドMっぷり全開の主役に引っ張られ、なかなか見ることの出来ない風景を楽しませてもらっているなと実感する。
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歩きながら脳内はこの1週間を再生していた。大ハプニングもあり決して綺麗な訳ではなくどちらかといえば奮闘に近いのかもしれないが、巧妙に構成された連続ドラマのようだ。タイトルはやはり「Whisky Man Blues」だろうか。もしくは「ソロ市・大冒険」とか。
明日の最終回はどんなドラマが待っているのか。早く結末が見たいような、永遠に終わって欲しくないような複雑な気持ちになる。新宿高層ビルの明かりが霧に反射し、万華鏡のように目映く揺らいでいた。




12/13(土) ※photo by shibaeri
氷入りの白ワインを飲みながらコータローが僕の肩をつかむ。
「佐藤クン、ブルースだったねぇ〜!」
打上げでのこの一言が、まさにこのツアーを物語っていた。
「コータローがMCで言ってたけどさ、おれも終わるの寂しくて昨日あんまり眠れなかったんだよね(笑)」「やっぱり?しかしさぁ、仙台の一件が効いたね。いま思えばあれが逆によかった」
ツアーファイナルは予想をはるかに上回る素晴らしい出来となり、テーブルには空になったワインボトルが無数に転がっていた。
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ツアー最終日、どこか落ち着かず入り時間より少し早く僕は会場に到着した。間もなくコータローも早めにやってきたが、会場が空いておらず外で立ち話をしながら待つ。こんなこともひとつの思い出になる。
ステージやPA・照明も昨日のセッティングのままなので、今日は準備がほとんどない。リハというよりは総決算の仕上げというか、そんな感じで音と照明は最終確認と修正をしていく。コータローは声出しとギターの指慣らしかと思いきや細かいフレーズも練習していた。
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サウンドチェックが始まるころ信ちゃんもやってきた。ステージに上がり足下ではなく両脇に離して置いたモニターを聴いている。「コータローさん、このセッティングは思い切りましたねぇ」「アコースティックならこれ悪くないね。ナチュラルに聴こえてやりやすいかもよ」「なるほど〜」
今度は客席に座って音を確認し、僕のいるPA席まで来た。「ほんのちょっとだけ中域上げたらどうなんすかねぇ?」「モノ足んない?」「いや客入れして吸われたら抜け悪くなるかなと」そんな話をしてちょっとイコライザーをいじる。うむ、確かにこっちのほうがいいかもしれない。さずが名プロデューサーだ。
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「コータロー!ギターの感じちょっと思い付いたことあるから曲によって少しいじっていい?」「もちろん。任せるよ!」この日はボーカル用にリバーブ20種類、ディレイ5種類、ギター用にリバーブ8種類を準備した。綿密に準備をし微調整はライヴの瞬間的なグルーヴに合わせ臨機応変に。
スチール撮影にはしばえり、ライヴ収録に池24の土田Dも来てくれている。「青い風のバラード」を作詞したせきさんも福岡から駆け付けた。リハが終わる頃には仲間たちが集まってきて、ファイナルの雰囲気ぷんぷんである。もちろん楽屋では酒盛りがはじまった。

ドアオープン。あまりギュウギュウにならないようスタンディングスペースを広くとったが、それでも窮屈な思いをさせて皆さんには申し訳なかった。
本番直前のチューニングには信ちゃんがステージへ。
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この日の演奏はしなやかさが上乗せされていた。とても自由にみえる。
「あてのない影」「Nothing or Something」「青い風のバラード」「のらりくらり」「涙はいつも遠くに光る」「Slide Away」「この夜」
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メロウな曲が並ぶ前半戦に続き中盤にはカヴァーを3曲。ダイナマイツにTスクエアにゴールデンカップス。
そして同期を使った「Everyday Everynight」「Monochrome Girl」で変化をつける。
ボツになったカヴァーを数曲歌ったあと「Oh! My Dear」
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MCではこれからSSW(シンガーソングライターの略)と職業欄に書くかとか、ボーリングが得意だとか、ツアーを振り返ることなどなく思い付くままの話題を喋る。ただ、最終日になるのが嫌で眠りたくなかった…とか、終わっちゃうなんてさびしいなぁ〜、といった本音も覗かせた。
僕の隣に座って見守る信ちゃんは「ライヴも素晴らしいし音もバッチリですね!」と親指を立てる。

後半への導入部は今回の新譜のプロデューサーでもある浅田信一の名曲「ローファー」。続いて「君がいたら…」「Heartbreaker」と歌に真っ向勝負を挑んでいくセクションだ。本当に歌が板に付いてきて、ずっと前から弾き語りをやっている人のようだ。
その後「それだけ」「いつかきっと」で会場のボルテージは上がり、「Mountain Top」では圧巻のギタープレイにフロアから溜め息と歓声がわき起こる。本編最後にギタリストとしての魅力をギュッと真空パックしてみせる。
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そしてアンコールでのムードあふれる「Baby Moon」で夢心地にさせるという、最高のセットリストではなかったか。
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ファイナルということもあり拍手が鳴り止まず、この日はダブルアンコール。もうやる曲がないと言いながら再びの「Heartbreaker」でツアーは幕を閉じた。
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感無量とはこのことだ。一瞬放心状態になったが、すぐに後ろの照明卓のIちゃんにお礼の目線を送る。バッチリだったよと。
ツアーを全制覇した人はどの位いたのだろう。図らずも1本とて同じようなライヴは無かった。どれもが違ったその瞬間最高のパフォーマンスで、すべてがレアなものになったと思う。ライヴの空気感を大事にする彼らしい5本だった。
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打上げはさすがに人も多かったので、しんみりならずに済んでよかった。全員が笑顔だ。
ツアー成功記念に写真を撮ろうと提案する。初のチャレンジを成功させたコータローにふさわしく、記念写真もこれまでに無いものをと思った。お姫様抱っこしか思い付かなかった(笑)。
「おれ案外重いよ!」「いや大丈夫。持ち上げたら3秒でシャッター押して〜!」まわりが沸いていた。
何度見ても笑ってしまうが、このツアーを象徴しているようでなかなか気に入っている。
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先述の、ブルースだったねぇ〜と話したあと、コータローはこう続けた。
「ほんとにやってよかったよ。マジで楽しかった。機会があったら、またやってみたいなぁ」

僕は心の中で、連続ドラマのエンド画面を「Fin」から「Continue」に書き換えた。

thanks to everyone.





by higehiro415 | 2014-12-21 04:11 | 音楽

山口洋 ソロライヴ in 仙台

〜not coincidence, but necessity〜

presented by GROOVE COUNCIL


2015121日(水)

Jazz Me Blues noLa

(ジャズミーブルース・ノラ)

仙台市青葉区錦町1-5-1ノーバルビル1F

022-398-6088


18:30 open / 19:00 start

前売¥3,500+1drink

当日¥4,000+1drink

*限定50


予約は下記メールにて12/2〜受付開始

groovecouncil@gmail.com

YH仙台係まで。


メール受付後3日以内にこちらから詳細のご案内を返信します。



という訳でファンの方には急遽で申し訳ないが、山口洋の仙台ライヴが決まった。

一昨日11/29に突然彼からメールが来た。

「きょう仙台にいる?」

秋田から水戸へと向かう途中、中間の仙台に泊まることにしたらしい。

僕も偶然にも夜は現場仕事が入っておらず、打合せがてら一杯行こうとなったのである。


実は1月に、僕が音楽史を教えている専門学校に特別講師として来てくれ、学生の目の前でミニライヴをぶっ放してくれることになっていたのだ。

習うより慣れろ、僕のロック話より、山ちゃんの鬼気迫るプレイを間近で観てもらうほうが何百倍も刺激にも勉強にもなると思い頼んでみたら、主旨に賛同してくれ快く引き受けてくれたのである。


また、何度か仙台で彼のライヴを主催したNさんが前日の秋田ライヴに参加し、また仙台でもライヴやって欲しい!と懇願したばかりということだった。

それなら1月に来る際にライヴやっちゃおう!と、山ちゃんを馴染みのBARに連れて行き話し合った結果、一瞬で今回のライヴが決まったのだ。

お互い逃げられないように(笑)すぐにSNSで発表した。


このBARのママは元バンドウーマンで、山ちゃんを初めて仙台に呼んだ人でもある。

僕は知っていながらどちらにも黙ってそのBARに連れて行ったのだが、2人とも驚きながらもとても喜び、この20年振りの再会が仙台ライヴ実現に一役かったことも付け加えておく。

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山口洋は翌日のブログに、偶然が必然に変わった、と書いていた。

本当にそうだ。

誰か一人が想いを伝えたり行動をおこさなかったら、土曜日どれかのピースが合わなかったら、このライヴは決まらなかったかもしれない。

なので今回のライヴタイトルは勝手に上記に決めさせてもらった。


あとはこのライヴに来るかどうか、皆さんが行動することで、また何かミラクルが起きるのではないかと予感している。



by higehiro415 | 2014-12-01 16:45 | 告知