佐藤ヒロユキ。仙台在住のMOD音楽職人(サウンドエンジニア&プロデュース/レーベルなどやってます)アナログレコード好き1963年生まれ。GROOVE COUNCIL代表。http://groovecouncil.jimdo.com/


by higemodern
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2016年個人的総括

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旅が多かったなぁというのが今年1年の個人的な印象である。仕事量は例年と変わらずとも、移動も仕事のうちという意味では時間的にとても忙しく感じた。

同時にラーメンやソフトクリームを筆頭に各地の美味しいものをあれこれと食べ、アルコール摂取量も多かったという結果にもなるのだろう。腹回りが大きくなる訳だ(苦笑)


あちこちで仕事をするということは環境の変化(会場だったり音響機材だったりスタッフも)が目紛しいということであり、場所によっては厳しい環境に置かれることもあったので、そこも含めて上手く乗り越えてきたことを思えば、技術的にも精神的にもかなり鍛えられた1年ということも言えるかもしれない。声を掛けて連れ出してくれたミュージシャン及び関係者に感謝である。


さて各地に行くと、SNSの威力だろうが有難いことに僕の存在を知っている会場のスタッフやお客さんがいてくれて、よく言われることがある。

「難しそうな癖者ミュージシャンとの仕事が多いですよねぇ〜」と。

これは褒め言葉と受け取っているが、ここ数年懇意にさせてもらっている人をざっと振り返ってみる。


浅田信一、The Collectors&古市コータロー、仲井戸”CABO”麗市、土屋公平、山口洋(HEATWAVE)、矢井田瞳、中川敬(Soul Flower Union)、種ともこ、リクオ、森山公一、坂本サトル、畠山美由紀、加藤いづみ、岸田繁(くるり)、下地イサム、新良幸人、大島花子、高田蓮、堀下さゆり、KUDANZ、蔡忠浩(bonobos)、奇妙礼太郎などなど。(順不同・敬称略)

確かに外からみればそう見えなくもないか()


難しいという意味ではみんな音などに細かくハイレベルなのでそう簡単にいかないのも事実だが、それはプロフェッショナルな意識が高いということなので、むしろ僕の感覚と合うしやり甲斐もあり勉強にもなっている。癖者というのはそれは超個性的だという愛すべき点であり、皆素敵な人間性と音楽愛を持っているので、尊敬できるしむしろ気持ちよく楽しく仕事できる人ばかりなのだ。


それぞれ誰かにつないでもらった縁で感謝しかないのだが、本当に恵まれているとあらためて思う。

だからこそ自分の仕事としてのプライドみたいなものもあるが、それ以上に、素晴らしいミュージシャンの音楽を少しでもイイ音で多くの人に聴いてもらえるよう精一杯サポートしたいと頑張れるのである。


話が脱線してしまったが、2016年はその中でも自分にとって何人かのキーパーソンがいた。まぁそれは厳密に言えば今年に限ったことではなく2011年以降僕の進むべき道を照らしてくれた人たちなのだけれど、今年は特にいい関係性でいい仕事ができたような気がしている。


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信ちゃん(浅田信一氏)とは間違いなく一番仕事をしたな。年4回のツアー(ギターデュオ、弾き語り、バンド)、そして堀下さゆり嬢のレコーディングでは東京でのスタジオワークに留まらず、数日間仙台で作業してもらったりして本当にお世話になったしいい時間を過ごさせてもらった。美味しいものもいっぱい食べたし()


新作を作ったこと、そしてここ数年では考えられない本数のライヴをやってくれたことは、仕事抜きで嬉しかった。震災後にPA現場復帰の機会を与えてくれ僕を勇気付けてくれた恩は一生忘れないし、日本屈指の歌声とメロディーを眠らせておいてはダメだよと説得し一緒に弾き語りツアーに出た4年前がずいぶん昔に感じる。

彼との仕事は今や僕のライフワークのひとつでもある。来年はまた様々な形で協力しあえそうなので楽しみだ。


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ザ・コレクターズとコータロー(古市コータロー氏)にも今年もかなり世話になった。バンドに関していえば30周年の武道館を控え本来はすべて東京チームでツアーを回ったほうがいいのだろうが、東北プラスαを任せてもらったばかりか仙台での大きなイベント(vsスピッツやvsピロウズ)でもメインPAをやらせてもらい感慨深い。


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ひとつだけ悔しいというか悪かったと思うのがARABAKIだ。時間的にぶつからないようにするとのことでPAを引き受けたコレクターズと麗蘭が、二転三転の末結果的に時間がかぶってしまい、主催側と双方事務所の話し合いのうえ麗蘭のステージしか担当できなくなったこと。


でもこの日の楽屋での1コマはなかなか興味深かった。僕は仙台駅からコータローをピックアップして会場入り、麗蘭チームが到着しコータローを連れ楽屋に挨拶をしに行ったときのチャボさんの第一声。

チ「おう、コータロー、元気か?今日はなんか佐藤ちゃんを取っちゃう形になったみたいで悪かったな。恨むなら佐藤を恨んでくれ()。うそうそ、本当にごめんな」

コ「いやいや、ものには優先順位ってものがありますから()。気にしないで下さい。それよりチャボさんのステージを見れないのが残念です」

気遣いと男気とユーモアと不良同士の師弟関係というか()、二人の人間的な魅力が垣間見られた瞬間であった。


コータローのソロライヴは相変わらず全編任せてくれて、彼は決して言葉には出さないけれど「がんばれ!」という僕へのエールとして受け取っている。友人として仲間として応えるしかないではないか。夏の盛岡でのDJイベントも楽しかったな。


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チャボさんとも今年はかなり一緒に仕事をさせてもらった。ソロツアーに麗蘭25周年のメモリアルツアーなど、高校時代から憧れたギターヒーローとこんな風に仕事ができるなんて夢のようでもある。それにしてもあの懐の深さと徹底的に音楽に臨むプロ意識は尊敬でしかない。

音楽に携わって30年、僕もベテランといわれるようになったが、気を引き締め全力で挑んでも足元にも及ばないチャボさんとの仕事は、まだまだ自分を磨かなければと本気で思える人生の指標でもあるのだ。


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以前そのチャボさんに僕を推薦してくれたのが同い年の山ちゃん(山口洋氏)だ。今年も仙台でのソロの他オハラ☆ブレイクやら東京でのイベントMy Life Is My Message(仲井戸麗市、山口洋、矢井田瞳、古市コータロー、Toshi-Low)など思い出深い仕事が多かった。

変則チューニングによる魂のギタープレイと哲学的な歌詞世界は、曲の硬派さと相反するお茶目なキャラと共にもっともっと一般に認知されるべきだと思っている。


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阪神淡路大震災のあと生まれた稀代の名曲「満月の夕」を先の山ちゃんと共作した中川くん(中川敬)、今年は2回ほどしか会えなかったがキャラ同様()強烈な印象が残る。仙台の弾き語りでは、お互い何かこれまでにない音作りの境地に行けた気がした。

昨年からソロ弾き語りにチャレンジし、今年はなんと54本のライヴをこなしたらしい。数日前に彼と会ったという知人から伝え聞いたのだが、その中でも仙台ライヴの音の響きがずっと彼の中に残っていたそうで、そんなライヴを自分の地元で提供するお手伝いができたことはとても嬉しい。


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そして地元仙台で今年も有意義な関係でいられた堀下さゆり、KUDANZ、次松大助。彼らの存在はこうして自分が仙台にいる価値を大いに考えさせてくれる。こういうローカルに止まらない才能は引き続き目一杯応援していきたい。

奇しくも堀下ちゃんもKUDANZ(Prod.次松くん)も今年は最高傑作のアルバムを発表し、その作品作りに関われたことは僕のキャリアの中でも大きな意味を持つ。


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あとは今年の新たな動きとして仙台での音楽講座(shot barCHELSEA)と音響ワークショップ(VORZ BAR)があった。どちらも音楽と仙台を愛する飲み屋さんとのコラボ企画だ。

純粋に面白いことをやって仙台での音楽の裾野を広げ楽しさを発信しようと始めたのだが、予想以上に好評で早くも来年の計画がいろいろと持ち上がっている。


この活動がどれだけ意味を持つのかわからないが、少なくとも冷めた業界人には不可能な熱いメッセージと音楽愛を届けられるのではないだろうか。


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まだまだ書ききれてないことも多いし、各関係者やここ仙台ではもちろん各地で支えてくれる協力者と会場スタッフの存在も僕にとっては宝物である。いつもありがとう。

夏の5周年イベントでは本当に多くのミュージシャンや仲間やお客さんに支えてもらい有り難かった。少しずつだがその恩返しもしていきたいと思っている。

10月頃から体調と耳の調子がいまひとつで精神的にも苦しい状況が続いたのだが、先述の皆さんのお陰で何とか今年ラストまで走る抜けることが出来た。


元々僕のやっている仕事は音楽とそれを奏でる人、聴く人ありきで、自分一人では何の意味も持たない仕事である。だからこそスキルを磨くことを怠ってはいけないし、最大限の努力と愛情と謙虚さを持ってその場に臨むことがマナーだと思うのだ。スタッフとの連携も然り。そこら辺の仕事に関する諸々についてはまた改めて書いてみたい。


なんだか今年の総括が人生のまとめの様になってしまいあれだが()、音響も人生もインプットとアウトプットは対なのだから、飽和しないよう後進に伝えられるよう、こうして2016年を吐き出してみた次第である。


今年1年、本当にお世話になりました。すべての皆さんに最上級の感謝を込めて。

よいお年を!


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by higehiro415 | 2016-12-30 12:12 | 日記 | Comments(1)

5周年イベント終えて

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5年前の震災後、いろいろと思うところあって組織を飛び出した。やるべきことはたったひとつで迷いはなかった。自分を支えてくれている音楽と仲間に恩返しすること。そして地元に良質な音楽(音)文化を根付かせること。

自分のまわりにいる大好きな素晴らしき本物ミュージシャンの音楽と人柄の魅力を、まだそれに出会っていない人たちにきちんと伝えていき、音楽に携わる裏方だからこそ出来ることを、誇りと信念と夢を持って誠実にやろうと決めたのだ。


悩んだのは屋号だった。個人事業主なので佐藤商店でもヒロサウンドでも何でもよかったのだが、GROOVE COUNCIL(グルーヴ・カウンシル)に決めて税務署に届けを出した。

勝手に師と仰ぐポール・ウェラー率いたスタイル・カウンシルの影響もあるが、さすがに40代後半ともなると自分一人の力では何も成し得ないことを実感していたので、関わる人全員によって成立するCOUNCIL(議会・評議会・審議会)という言葉がしっくりきた。GROOVEは文字通り音楽用語のグルーヴの意味と共に、レコードの溝とか俗語では素敵な経験といった意味もあり、目指すものに一番フィットする気がしたのである。

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グルーヴ感のある素敵な時間をみんなで共有し、レコードの溝のように点ではなく線でつながっていくような、そんなイメージだった。



5年が長かったのか短かったのか考えても答えは出ないが、この5周年企画ライヴを終えた今、少しだけ理想に近づけたのではないかと感じている。でもそれは僕自身の頑張りというよりは、そういう想いを理解して無条件に出演してくれたアーティストの方々、協力してくれたスタッフ達、そして集まってくれた皆さんのお陰だとつくづく感謝しているところだ。本当にありがとうございました。


あのメンバー、スタッフ、お客様だからこそ生まれた奇跡の2夜は、どんなにお金を積んでも得られない宝物のような空間で、音楽愛と人間愛に溢れた極上のグルーヴが充満していたように思う。

偽善や儲けやエゴや名声や、そんなくだらないことなど微塵もない純度100%の聖なる領域。それぞれが日常に戻ってゆく中で、あの空間(時間)が全員の明日への活路となってくれればいいなと切に願う。


さて、ライヴに関してはSNSなどで出演者含め多くの方が感想やリポートを書いてくれているようなので、僕は主催者ならではの裏話や気持ちなどを書こうと思う。あのライヴの様子を言葉で説明するのは、僕の語彙力では到底無理だ。


7/17『スナフキン達のブギー』at CLUB JUNK BOX Sendai

仲井戸”CHABO”麗市/山口洋(HEATWAVE)/古市コータロー(THE COLLECTORS)


3人にイベント出演の声を掛けたのは昨年末だっただろうか。皆すぐに快諾してくれたものの、コータローにとっては憧れの人チャボさん、そしてほぼ同い年とはいえソロシンガーとしての芸歴が長い山ちゃんとの競演は、嬉しいけれど恐縮しちゃう相手だったようだ。チャボさんと山ちゃんはMy Life Is My Messageというイベントで競演しているものの、コータローとは初。こちらも一緒にやりたいけれど客層が違うのは大丈夫かと少し不安にも感じたようである。


僕はといえばそのどちらもまったく気にしなかった。それぞれスタイルは違えど、歌うギタリストという以上に共通する匂いみたいなものを感じていたからだ。それが何なのかはうまく言葉に出来ないが、音楽へ向かう姿勢と心の瞬発力とでも言おうか。優しい男気みたいなものも。そして何より、来てくれるお客さんは3人のお茶目なキャラも含めて気に入ってくれるだろうという確信があった。それはもちろん音楽性やパフォーマンスの質の高さがあってこそだが、それぞれソロでの仕事をさせてもらっていて、直感的にそう思っていたのだ。これまで共演しなかったのが不思議なくらいである。


事前に、何か1曲チャボさんの曲をセッションしてもらえないだろうかとオファーを出した。2曲ピックアップして事務所に伝えていたのだが、7月頭のチャボさんのツアーの最中、本人からこんな話があった。

佐藤ちゃん、せっかくだから3人の曲を1曲ずつやったほうがいいんじゃないかな?彼らが嫌じゃなければだけど、おれはヒロシの曲もコータローの曲も一緒にやりたいな。昨年のコータローBDでやったロックンロールあったじゃん。あとヒロシの満月かなぁ、仙台だし。まぁ2人にちょっと提案してみてよ。


ライヴ会場からすぐに2人に連絡し、3曲のセッションが決まった。コータローの「それだけ」山ちゃんの「満月の夕」チャボさん(RC)の「上を向いて歩こう」。これは考えただけでもあり得ないコラボになると身震いした。


当日だけではリハの時間が足りないだろうということもあり、本番二日前にチャボさんがこのイベントのための一人リハを東京でやるというので、そこに山ちゃんとコータローを招集し音合わせをすることになった。コードや構成の確認をしながらさらっと2回くらいだろうか。もうその時点で涙腺が緩む。

多くの言葉は交わさずとも瞬時に分かり合えるギタリスト魂といおうかロックマナーといおうか。これが本番ではどんなドラマを産むのかがさらに楽しみになったのは言うまでもない。

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チャボさんの事務所社長Eさんが言う。「佐藤ちゃんが5周年記念で作ったトートバッグ、なんか顔に似合わず可愛いデザインだよね。」コータローが返す。「そうなんですよ。彼のセンスはなかなか女子力高いんですよ()

和気あいあいとリハは終わり、記念撮影をして17日の再会を約束する。

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イベント当日はあいにくの曇り空だったが、嵐にさえならなければいいやという気分だ。

これは二日間ともそうだが、出演者に関して音楽的な部分には絶対的な自信があったし、さらにはマインドを共有できる信頼のメンツなので、とにかく無事お客さんに来てもらえさえすれば最高の夜になると感じていた。

会場は慣れ親しんだJUNK BOX、スタッフはいつも手伝ってくれている仙台の仲間に加えて福島、東京、関西からも駆けつけてくれ、頼もしくハートフルな雰囲気で準備は進行する。

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3人の個性と音楽性をうまく伝えられるような音響を心がけながら、リハも順調に進む。

この日は全体でひとつの流れが出来るようにと、転換時間を極力少なくする作戦だ。なのでステージ上には3本のボーカルマイクと足元のエフェクターは出しっ放し。これも出演者サイドとの話し合いで決めたことだ。僕の企画主催ではあるが全員で作り上げていく感が強く本当に有難い。

チャボさんに同行してきたスーパーローディー正巳氏も事務所のF女子も、自分の担当以外のことも率先して手伝ってくれ、受付や物販コーナーも含めて会場全体がすでに一体感に包まれていた。

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開場時間になりこの日のために選曲してきたBGMを流す。続々とお客さんが入ってきてフロアがガヤガヤと賑わいはじめ本番へのワクワク感がどんどん大きくなっていく。

ライヴハウスの事務所には前説を頼んでいたTheシミーがいた。「楽屋に行ってたら?」「ダンナ、そりゃ無理ですよ。あの3人と一緒になんて緊張していれないっすよ。」そりゃそうだ。笑。


表の物販コーナーにはGROOVE COUNCIL札幌婦人部がシャレで作って送ってくれたポストカードを置いておいたのだが、あっという間に無くなったようだ。翌日にも少し取っておけばよかった。

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イベントは17:30スタートなので前説のTheシミーは17:25に登場し1曲歌って本番へと突入するタイムテーブルだったが、楽屋へ行き「予定通り5分前にシミー出します」とスナフキン達に告げると、客が入りきった30分ちょうどに出してあげたら?と全員が口を揃えた。せっかく歌うんだからと。彼らはただ前説をさせるためだけにシミーを呼んだのではないという僕の本心を見抜いていた。その思いやりに感謝した。


前説のTheシミー(The黄昏カラアズ)はあの緊張感の中よく頑張った。まとまらない前説()のあと歌った「私のロッケンロール」は2011年の秋に僕がプロデュースしたThe黄昏カラアズの1stアルバムに収録されているナンバーで、レコーディングでは友人でもある高木克(ソウルフラワーユニオン)にギターで参加してもらった思い出深い曲。今日はアコギ1本ということで、いつもの独特のゆるいスタイルをさらに自由に変化させ、会場をいい具合に和ませてくれたのではないか。今後のソロ活動へのヒントが何か見つかっていればいいなと思う。

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そしてSEにのり珍しく最年少というTシャツにエプロン姿の古市コータローが登場。楽屋でチャボさんヒロシちゃんに料理を振る舞ってたんだよとジョークを飛ばす。選曲は緩急織り交ぜたお馴染みのソロナンバーだったがボーカルがとても力強く、やはり気合が入っているのだなと感じる。アコギは潔くノンエフェクトなので、曲によっては同期を使ったりPA卓でエフェクトをかけたり。それにしても彼の楽曲はどことなく甘酸っぱい香りがして、いつ聴いてもきゅんとくる。

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後で聞いたのだが、この日でソロ弾き語りは12回目だったそうだ。相変わらずの冴えたMCを交えながら(楽屋では出番待ちの山ちゃんとチャボさんがMCを聞いて大笑いしていたようだ)ご機嫌に40分のステージを駆け抜けてくれた。

野球で言えばトップバッターがいきなりヒットを放ち次へとつないだ状況で、さぁ次の打者はどう攻撃してくるのかというワクワク感さえ与えてくれる、さすがのパフォーマンスであった。

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続いて山口洋がステージへ。コータロー君のエプロンの紐はおれが結んでやったんだと自慢げなMCで笑いを誘う。演奏はアコギの美しい音色から変則チューニングあり、エフェクターで歪ませたりサンプリングループを駆使したりと、まぁいつもの通りではあるのだが、初めて彼のライヴを観た人は変幻自在のギタープレイに度肝を抜かれたのではないだろうか。

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PAはコータローと対局。リハで細くバランスと音を決めたら本番はほぼPA卓をいじらない。いじりたくなっても我慢する。それは彼独自のダイナミクスをステージ上の本人がコントロールするからだ。マイクの使い方とかギターピッキングの強弱など、山ちゃんならではの世界観が構築されていく。


それにしてもオーディエンスが温かかったからか共演が嬉しかったのか、きっと両方だろうが新曲を中心に気分良くギターソロを弾きまくっていたな。

コータローに続き山ちゃんもクリーンヒットを放ち、走者1〜2塁となりチャボさんの番だ。

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余談だが、この日僕は家のレコード箱に保管していた古井戸「さなえちゃん」のシングル盤を持参した。ジャケに写るおよそ44年前のチャボさんの雰囲気がいまと同じに見えて、いつか本人に見せようと思っていたのだ。

リハ後に楽屋へ行きそれを差し出すとイスから転げ落ちそうになりながら驚いた。「これ佐藤ちゃんのか?」「はい。小学校のころ友達の兄貴に、これを聴け!ともらったんですよ」「よく今まで持ってたなぁ。おれも持ってないぞ、これは。しかし若くて恥ずかしい。早く仕舞えよ、佐藤このやろう()」そんなやりとりがあり、記念にサインをもらった。

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話を戻そう。

仲井戸”CHABO”麗市、日本のロックを切り開いた誰もが憧れるギターヒーロー。3番バッターとして満を持して登場したチャボさんに黄色い声援が飛ぶ。なんとなく野球に例えてしまっているのでこのままいかせてもらうが、これが本当の野球チームだったなら日本最強の1〜3番だなと惚れ惚れしてしまった。


チャボさんクラスになればちょっとしたライヴは些細なことのようにも思えるが、どんな時でも手を抜かず全力でオーディエンスと音楽に対峙する様は、かっこいいを通り越して本当に美しい。ツアーが終わったばかりなのでセットリストはその中からかと思いきや、登場のSEを変え「ホリデイ」や「忙しすぎたから」のようなツアーではやらない珍しい曲を混ぜてきた。それだけでもプレミア感は大いに増した。

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百戦錬磨のMCとギタープレイ、誰にも真似のできない味のあるボーカルスタイル、日本の宝が紛れもなく目の前のステージに立っている幸福感と興奮がそこにはあった。それはCHABOという唯一無二のとてつもなく崇高なシンボルだ。


最後にはTheシミーの紹介もしてくれ有り難かったが、さらに感動したのはチャボさんがここでホームランをかっ飛ばしたのではなく、ヒットを打ち次へとつないだことだ。

そう、あの伝説として語り継がれるであろう光景が繰り広げられた夢のセッションへと、走者満塁で最高の見せ場が間もなく訪れようとしていた。




アンコールの拍手の中、3人のスナフキン達がステージに再登場する。その立ち姿を目にするだけで圧巻だ。ギターを抱えチャボさんが口を開く。「ニューバンド結成。残業するぞ〜!」


コータローが8ビートのロックンロールをかき鳴らすと、すぐにチャボさんと山ちゃんが続く。ここはXタイム(長さが決まっていない)だ。アドリブを繰り出しながら、それぞれが相手の音を聴きながら瞬間的に間合いを計っていく。完全にギター小僧の表情だ。難しいソロや絡みはないが、どんどんグルーヴが増してきて客席を飲み込んでゆく。熟練の業師にしか出来ないこの一瞬のロックマナーが、3人の凄さと奥深さを物語っていた。

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アンコールセッション1曲目は古市コータローの「それだけ」。間奏のソロバトルもチャボさんのコーラスも映える。続いてはRCサクセションがロックにカヴァーした「上を向いて歩こう」。3人とも飛ばす。奇しくも作詞をした永六輔さんが亡くなったこともあり、また一味違った響きがあったように思う。

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そしていよいよラストは山口洋の「満月の夕」。神戸大震災の時にSFUの中川くんと共作した大名曲だ。東日本大震災以降、東北でも多く歌われてきたこの歌をラストにしようと言ったのはチャボさんだ。コータローが一緒にやるのにも意味があると。

これはもう筆舌に尽くし難い儚さとしなやかさと強さが共存し、お互いの音を尊重しながら紡いでいく美しすぎるアンサンブルには、ただただ聴き入ってしまった。

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膨大な経験と音楽への造形、己を突き詰めた美学と生き様が刻まれた3人の姿とプレイは、誰にも真似できないし太刀打ちできない伝統芸のようでもある。

それは大きな放物線を描く、見事な特大ホームランだった。

それにしてもなんて瑞々しい平均年齢57歳の男達。歳を重ねるかっこよさとは、こういうことなのだろう。

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こうしてスナフキン達のブギーと題した1日目は終了したのだが、出演者ばかりでなく友人やお客様からもお花やお酒や多くの言葉なんかもいただき、本当に恐縮である。5周年と銘打ったのは、この二日間のメンツを集めるための口実とも言えたのだが、皆さんの気持ちには素直にありがとうと言いたい。


打ち上げはメンバーとチャボさんの事務所社長のEさんのみで。3人に今夜のイベントは素晴らしかったし楽しかったと言ってもらいホッとする。

何気なくスマホをチェックすると山ちゃんがすでにブログをアップしていた。ホロリとくる。

http://no-regrets.jp/wordpress/?m=20160717


チャボさんがコータローに笑いながら質問した。「ところであのエプロンってのは一体何だったんだ?」「あれはですねチャボさん、前にポール・ウェラーがテレビに出た時にエプロンしてて、これはイカすってことでいつかやりたいと思ってたんですよ。それでエプロンだけは2年前に準備してたんですけど出番がなかなかなくて。ついにきょう日の目を見ましたよ」「バカヤロー!なんで本番前にそのネタ言わねぇんだよ!」一同大爆笑。


こんなことも言われた。山「きょう楽屋にあったGROOVECOUNCILステッカー貼ってあるクーラーボックスとポットもしかしてわざわざ買ったの?」Eさん「そうそう。新品だったでしょ。」ヒ「そうです。今後きっと使うだろうと思って。」山「そんなの言ってくれればおれのやつ持ってきてやったのに!」Eさん「ほんとだよ。佐藤ちゃんがイベンターじゃないのわかってるし、無くても誰も文句言わないよ。」そんなところまで見ていてくれたのだ。ありがたや。


ご機嫌に打ち上がったあとチャボさんをホテルまで見送り、山ちゃんとコータローと3人で別の打ち上げ会場へと向かう。スタッフ達が飲んでいる居酒屋へ。

席に合流するとみんないい塩梅に出来上がっていた。Theシミーが「ダンナ、今日はちゃんと前説らしいこと言えなくてすんませんでした!」と言うと山ちゃんが口を挟む。「前説なんでどうでもいいんだよ。ヒロくんが君を前説にしたっていうことは、シミーの歌をあの場の人に聴かせたいということなんだぜ。それはわかってるよな?」コータローも続く。「そのとおり!」「はい。わかってます!」なんか微笑ましかった。


その後は何を話したっけ。コータローが髪を結ぶと可愛いとか誰が一番ハードPかとか、それはもうカオスとなり夜は更けたのだった。

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7/18『声のロマネスク』atエルパーク仙台スタジオホール

浅森坂(浅田信一+森山公一+坂本サトル)/畠山美由紀/KUDANZ/堀下さゆり


この日は会場が公共のイベントホールということで、朝9時に集合し舞台設営から照明吊り込み、PA機材の搬入〜セッティングとすべてゼロから仕込まねばならない。

本当は二日間同じ会場でやりたいとは思っていたのだが、スケジュールが取れずこういう形になった。しかしこの日の出演者を考えれば、結果的にこれが正解だったような気がしている。

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昨日のスタッフ+αに加え、いつもお世話になっているPA会社と照明会社のスタッフも合流。今日も最強布陣で挑む。前日の深酒が残っていないといったら嘘になるが、緊張感と期待感で体は軽い。敏腕スタッフのお陰もあり、タイムスケジュールより早めに準備が進んでゆく。ホール管理の担当者もその昔いろいろとお世話になった人という幸運も重なり、万事がスムーズだ。

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2日目は昨日とはガラッと違う内容のメンバーだ。どちらかといえばポップで、メロディーと歌声の力で誰をも魅了できる4組。声というどんなに練習しても他人には太刀打ちできない個性、そしてそれを最大限の武器に音楽シーンで生き残っている、まさにこの日のタイトル(ロマネスク)の通り《「ロマン(: roman)」から派生し、奔放な想像力によって現実の論理・事象の枠を飛び越えた幻想的な性質》という本物ばかり。とにかく本番が待ち遠しい自信のラインナップである。


午後になり次々と出演者が会場入りしてきた。淺森坂の3人と堀下ちゃん以外は初顔合わせとなるので、それぞれを紹介してリハーサルへと突入する。

美由紀ちゃんには前日コータローから渡して欲しいと頼まれていたメンマをお裾分け。池袋交差点24時(ポッドキャスト)でも話題になった岩手からのお土産だ。そのメンマを片手に、もう一方にはコータローに欲しいと言ったものの今持ち合わせがないからと山口洋が前日もらえなかったバストロイヤーステッカー(美由紀ちゃんは財布に忍ばせていた!)で満面の笑み。

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さて今日は内容だけではなく演出も昨日と違う。チームワークで全体をひとつにまとめた初日とは逆で、個々の世界観と歌声にスポットを当てるためにステージ転換時間を設けた。

PA機材は会場に常設されておらずすべて持ち込みなので、声の繊細な部分がきちんと出るスピーカーなど機材をチョイスし、照明オペレーターの新氏にはシンプルだがドラマ性のあるライティングをとお願いしていた。あとは彼のセンスを信頼していたのでお任せでと。

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リハも順調に和気あいあいと進み、あっという間に開場時間が近づいてきた。ロビーを確認しに行くと有志の方からお祝いのバルーンが届いていた。この他にも差し入れを多くいただき、この場を借りてお礼したい。ありがとうございました。

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今日も北海道から九州まで本当に遠くからもお客さんが来てくれる予定なので、最高の音で最高の歌声を届けようと心に誓う。

楽屋ではどうやら淺森坂の宴会が早くも始まったようだ。



トップバッターは堀下さゆり。今月頭に浅田信一プロデュースのニューアルバム「うたかたの日々」をGROOVE COUNCILレーベルからリリースしたばかり。彼女の魅力であるポップなメロディーと親しみやすい歌声と表現力豊かな歌詞は、会場の雰囲気を一瞬で和やかにしてくれた。

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途中ここ5年のことを思い出したのか涙ぐむ場面もありながら、宮城県でのCMソング「あなたとの未来」や、ママになったからこそ出来た「今日は寝てしまおう」では同年代の女性客の気持ちをぐっとつかむ。

一人の女性として、母として、ミュージシャンとして奮闘する生き様みたいなものが、きっちりと伝わったのではないか。楽屋でのムードメーカーぶりもナイス。


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次に登場したのはKUDANZの佐々木玄。バンド時代とは一線を画す静なるパッション、ダイナミクスを持ったボーカルで一気に独特の世界観に引きずり込まれる。まだ若いのにあの成熟さは見事だ。サポートなしの弾き語りということもあり静かめのナンバーが多かったが、それが返って彼の伸びやかな歌声と表現力を浮き彫りにして激しく心を揺さぶるのだから、声の力ってすごい。

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数日前から胃腸炎になったということで楽屋で酒も飲めず可哀想だったけれど、ステージは完璧な内容だった。この日は友部正人さんが客席に見に来てくれていたが、本人の前でカヴァーをさりげなくやってしまうあたりも大物感があり、今後がますます楽しみになったのである。嬉しいMCもありがとう。

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3番手は畠山美由紀with小池龍平。この二人も今回どうしても皆さんに聴いてもらいたかったデュオだ。


以前美由紀ちゃんと飲んだとき、気仙沼での少女時代の話をしたことがあった。歌が好きで好きでたまらなかった様子が伺えて嬉しくなったのだが、ちょっと意外だったのは声質のせいで今のようなボーカルスタイルになったと聞いたことだ。本当はもっと激しい曲も歌いたかったが、そういう曲は自分の声に合わないと悟りこの方向にいったという。微かに悔しそうな表情だった美由紀ちゃんに僕が言ったのは、自分の一番いい部分を最大限に生かす最高の選択だったんじゃないのかということ。

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そんな自分のスタイルを追求した結果、ポップスもボサノバもジャズも昭和歌謡も、すべてを自分のオリジナルのように美由紀節で歌いこなす。こんなシンガーはそうそういないのだ。


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美由紀ちゃんの美しくしなやかな歌声と、龍平くんのタイム感抜群のゆらぎのギター&ボーカルは、気持ち良すぎてここがどこなのかわからなくなる瞬間が何度もあった。客席もまさに息を呑むようにステージを見つめている感じで、服装と照明の具合もあったのだろうが、歌う妖精のようにも映る。圧巻のステージだった。

スケジュールの都合で打ち上げをご一緒できなかったのは残念。この二人、オフステージもかなり個性的で面白いのである()

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そして大トリはなんと6年半ぶりに奇跡の再集結を果たした、浅森坂(浅田信一+森山公一+坂本サトル)。これは各々と仕事をさせてもらっている僕が、数年に渡りあちこちのファンに「浅森坂もうやらないんですかねぇ。また聴きたい。」と言われ続けてきた待望の復活劇だ。

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昨年の信ちゃんのソロライヴのとき、来年は5周年だからイベントでもやろうかなと打ち上げで言ったら、「浅森坂いいんじゃないですか!?」と満面の笑みで答えてきた。冗談かと思いつつそれは誰より僕が望むところだったが、さすがに6年も音沙汰のなかったユニットが復活するとも思えず、でも心の中ではサトルにも森山にも5周年には出て欲しいし、どうしたものかと年を越した。


新年になりあらためて信ちゃんに連絡したら、2人がいいといえばやりましょうよと言ってくれたので、すぐにサトルと森山に電話した。はじめあまりに突然だったせいかマジで?というニュアンスだったが、ヒロさんの5周年なら断れないよ(と言いながらも本当に嬉しそうにやる気満々の声で)と快諾してくれたのである。

そこからの細かいまとめ役は森山にお願いした。3人とも当時の譜面が見当たらない()というところから始まったので、コード譜を書き直してもらったり、忙しいなか集まって事前リハもやってやってくれ感謝である。


当日のリハはさすがに少しぎこちなかったが、本番はバッチリきめてくれた。ソロボーカリストとしても評価の高い3人の歌声が重なるとき魔法のようなハーモニーが生まれる。1曲を3人で作るオリジナル曲は、それぞれの個性がありつつもトータル性を保ち、単なる集合体ではない魅力がやはりある。


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セトリは当時のアルバムからの曲オンリーだが、途中確か新曲があったはずだが誰も思い出せないという場面があり、たまたま来ていた浅森坂のコピーバンドをやっているお客さんからタイトルを教えてもらったり。

それにしてもこの感じは何なのだろう。歌もうまいし声もいいしメロディーも素晴らしい。でもそれだけじゃない魅力がたくさん詰まっている。それは各々のソロではあまり出ない部分が、どこかでシンクロして絶妙なバランスになるのだろう。
6年前を思い出し時の流れを感じるが、それは郷愁ではなく、こうして3人がここで歌ってくれている現在の重みと最高の幸福感だ。

相変わらずの好き勝手な()MCも含めて、会場全体をハッピー1色に染めてくれ、これ以上ないイベントのトリを務めてくれた。

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アンコールセッションはデイ・ドリーム・ビリーバー。予定よりちょっと時間が押したため東京戻りの美由紀ちゃんと龍平くんが新幹線に間に合わないということで、リハもやっていたのだが残念なことに会場を後にしたため不参加。

浅森坂の3人がこの日の出演者を呼び込み堀下ちゃんと玄くんがステージに登場。そして何ということでしょう()。美由紀ちゃんの代わりにそのパートを歌えと僕をマイクで呼んだ。最初意味がわからずぽか〜んとしていたが、客席まで拍手するもんだから出ていかないのもシラけるし野暮ってものだ。


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結局ロマネスクとは程遠い声でなんとかワンフレーズを歌い、みんなとわいわいアンコールセッションをやらせてもらった。こんな大勢の人前で歌ったのは20年ぶりで顔から火が出るほど恥ずかしかったが、ステージから見えるお客さんの顔は本当に楽しそうで、それを感じられただけでも素敵な経験をさせてもらったなと思っている。

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そしていつから計画していたのか、たくさんの寄せ書きが入った英国フラッグと花束とお酒をプレゼントされた。まったく予期していなかったためうまくお礼の言葉も出てこなかったが、涙が出るほど感謝している。そして本当に素敵な仲間に囲まれているなぁとあらためて痛感した次第だ。

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打ち上げは出席可能なメンバーとスタッフ全員で。充実感と安堵感で何を話したかよく覚えていないのだが、とにかくみんながハッピーな表情でアルコールを消費しまくっていた。これでいいのだ。いや、これがいい。

この出演者とスタッフでほんと良かったとしみじみしながら、僕もしこたま飲んだ。若いときには絶対味わえなかった充実感である。

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こうしてイベントのすべては終了した。

両日とも、お目当てのアーティストじゃなくてもほとんどの人がフロアの外に出ることなくライヴに聴き入ってくれ、出演者みんながそうさせるような最高の歌と演奏とパフォーマンスを繰り広げてくれた。


テーマは違ったがこの二日間を貫いていたのはジャンルや派閥みたいなものではなく、良質な音楽と愛あるハートを持ったミュージシャン、そのマインドを共有できるオーディエンスとスタッフ、そんな愛すべき人たちが全員で作り上げてくれた極上のグルーヴ。それに尽きる。



翌日の朝、ベランダで寝起きの一服をしながら山ちゃんのブログを読み直し(その後本人から、あんなイベント滅多にないよ。出してもらってありがとね。二日間おつかれ!と電話があった)、Twitterに投稿されたコータローや玄くん他多くのコメントを見つけた。胸が熱くなる。続けて、Facebookに投稿されたサトルのコメントとそれをシェアした信ちゃんのコメントを見つけた瞬間、何故か涙が溢れて(正確に言えば号泣なのだが)止まらなくなった。


自分でも驚いてその理由を探ってみる。仙台ではなかなかうまくいかないことも多かったのは事実だが、好きでやってきたことなので苦労してきたとは思っていなかった。でもあのコメントを見たとき、やってきたことは間違いじゃなかったしこうしてちゃんと見ていてくれる人がいるのだと、なんか報われたというか救われたというか、そんな感情が無意識に押し寄せたのだった。


本当に人脈というかコネクションというか、人とのつながりは財産だと思う。さらに言えば、そのつながりは打算や利害関係ではなく、時間をかけて築いた信頼や心からのリスペクト無しにはあり得ないものだろう。

音楽にしても仕事にしても人間関係にしても趣味にしても、とにかく本気で向き合い誠意を込めなければ、決して見られない景色が確かにあるのだ。


そう気付かせてくれた最高の仲間たちに、最大級の賛辞と感謝を伝えたい。


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photo by たい吉、Hiro


proud of staff...

ユハラ/アイタちゃん/前沢/浩美ちゃん/ちゃーこ/朋ちゃん/たい吉/大陸/大河/永瀬さん/大沢/新さん/司くん/エルパーク小野さん


thanks too much !

Sendai Club Junk Boxのみんな/7th Mother/Wondergirl/MSエンタテイメント/BLAZE/Coolmine/Sound Plus/東北共立/Date fm澁谷さん/ TBC長岡くん/札幌婦人部/Theシミー/有志3名のMちゃん/りんりん/smoke/やぶ信/vorz bar/CHELSEA/SENDAI KOFFEE CO./damo kaffee haus/Aypp/Forsta/Café MILTON/プレイバック/MACANA/enn/ParkSquare /Flying Son/EMS仙台校...and more


そして集まってくれたお客さま!ありがとう。




by higehiro415 | 2016-07-28 23:49 | 日記 | Comments(2)

新年あけましておめでとうございます。

どんなお正月をお過ごしでしょうか。

皆さんが穏やかに笑顔でこの1年を過ごせますよう祈っています。



さて2016年はどんな年になるのやら。

人生は思い通りにいかないことも多いので(そして思い通りが良いとも限らない)、もちろん出たとこ勝負で臨機応変に対応していかねばならないのだが、とにかく今年は少しでも多く人の役に立つような仕事をしていきたいと考えている。


役に立つということは、相手にとって有益だったり心地いいと感じてくれたり、また一緒に仕事したい(また参加したい等)と思ってもらえるような誠実でハイクオリティーな仕事を目指すということ。それがあってはじめて自分の満足感もアップするのだと思う。マスターベーションのような自己満足は今の自分には不要である。


仕事に限らず生き方としてもやはり同じで、真心と尊敬を抱きながら人と接していきたいし、お互いにそう思える人たちと楽しく2016年を歩いていきたいものだ。

そしてどんな時もユーモアを忘れずに、颯爽と前進していけたらいいな。



ここで新年一発目のイベントのお知らせ。

「東京だけでなく地元仙台でも是非!」と有り難いお声をいただいていた音楽講座、後輩がやっているお店で開催してくれることが決定しました。

詳細は下記の通り。

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おかげさまで定員に達し受付終了いたしました。

shot bar CHELSEA presents

音楽講座 MUSIC GARDEN vol.1 開催のお知らせ!


レアで美味しい焼酎と梅酒を揃える仙台の隠れ家的ショットバー CHELSEAにて、数々の音源を交えながらロック&ソウルミュージックのヒストリーや小ネタなど、ルーツミュージックをわかりやすく解説・紹介する音楽講座を仙台初開催。音楽初心者もベテランも、飲みながら音楽をより深く知れる楽しいトークイベントです。

音響の話やギター実演による音楽変遷解説、そして某秘蔵音源も聴けちゃうかも!?

第1回のテーマは「ロック/ソウルの誕生とポップス革命」と題して、195060年代の欧米を中心とした基本中の基本を特集しますよ。


2016年2月6日(土)15:45受付 16:0018:00

shot bar CHELSEA(チェルシー)

*仙台市青葉区国分町2丁目1−1・19フジビル8F

(広瀬通から吉野家の脇を稲荷小路へ入ってすぐ、末廣ラーメン本舗隣エレベーターで8階へ)

3,000(2ドリンク付)10名限定

講師:GROOVE COUNCIL 佐藤ヒロユキ


なおイベント終了後は希望者のみ20時まで懇親会あり(要予約)。こちらはキャッシュオンでレア焼酎他ドリンクを一杯¥500の特別価格でCHELSEAさんが提供してくれます。


参加予約は groovecouncil@gmail.com講座係まで。

1/3()am10:00〜受付開始。

会場スペースの都合により、定員10名になり次第受付は終了させていただきます。

お名前・電話番号・参加人数・懇親会参加の有無を明記してお申し込み下さい。

追ってこちらから詳細を返信します。よろしくお願いします!

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今年は勝負の年と位置づけ、いろいろとチャレンジしてみようと思っています。

5周年イベントは7月中旬の3連休に企画中。(乞うご期待!予定あけておいてね!)

そしてより活動の場を広げるための業務提携も計画中です。こちらは早めにお知らせできればと考えています。


そんなわけで、皆様今年もよろしくお願いします。

皆さんに元気になってもらえるような喜んでもらえるような、そんな企画と音と音楽を今年も追求していきますので(^^)




by higehiro415 | 2016-01-02 21:57 | イベント | Comments(0)

2015年後半戦まとめ。

2015年もあと3日。いやぁ年々早くなるね、ときが経つのって。

歳をとるとどんどん早くなるとよく言うけれど、そこはまぁ充実していて必死に駆け抜けてきたのだと思うことにしよう。


10月以降の仕事(出来事)で書き残しておきたいことが溜まっているので、記憶を呼び覚ましながらざっくりと記しておきたい。今年後半戦の総括として秘蔵写真も交えて。



10/21 my rock’n’roll friend @Zhre the ZOOYOYOGI

古市コータロー、浅田信一、松本素生による3マン弾き語りイベントのPAで代々木へ。

集合時間より早く全員が会場にイン。確認すると立ち位置や出演順も決まっていないという。昨日の電話で言っていたことは本当だった()

単なる対バンではなく3人がずっとステージにいるのがいいというので、歌わない時にもずっと前っつらに座ってるのも疲れるのでは?と提案し、楽屋にあったソファをステージ後方に勝手にセット。なんだか部屋みたいでよいではないか。

結局歌う順番は本番になってからジャンケンで決め、あとはノリで進行していくという自由奔放なライヴ。グダグダになるかもと思いきや、そこはさすがの3人。アドリブとは思えないMCと各自の名曲オンパレードで、これまで味わったことのないステージとなった。大人の余裕と3人のキャラと阿吽の呼吸あってのレアな空間。まさにロックンロールフレンド。

唯一きちんとリハーサルした最後曲「星空のディスタンス」のエンディングディレイもばっちり決まってメンバーも僕もご満悦()。楽しかった。

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10/31 The Collectors ツアー @青森クォーター

コレクターズとしては10年以上ぶり(僕自身は3年ぶり)の青森公演。久しぶりで動員も心配されたが、ふたを開けてみれば昨年の盛岡よりも観客が増えていた。アラバキ大トリの影響もあったのだろうし、ずっと待っていたファンもいてとても熱い夜になった。

思い起こせば会場の青森クォーターがまだ3分の1という名前で別の場所にあった頃から、個人的にもいろいろなバンドのツアーで27年間お世話になってきた。昨年のコレクターズ北上公演の布石となった20数年前、コータローが北上の高校に立ち寄ったのもコレクターズのツアーで1/3から仙台への移動途中だったことを思い出す。

バンドの全国ツアーは中盤、久しぶりの青森、何かがローリングする瞬間の空気感があったように感じたライヴだった。奇しくもハロウィン当日ということも重なり、メンバーの貴重なコスプレまで披露され、そういった意味でも忘れがたい。あの姿での「世界を止めて」は前代未聞だろう()

そして僕個人もお世話になってきたオーナー夫婦にいいところを見せようとPAも燃えたし、奥さんがやってくれた照明の歌心にグッときたりもして、夜はコータローと寒い街をぶらつき焼肉で〆てホテルに戻るというご機嫌な時間を過ごせた。

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11/1 The Collectors ツアー @仙台Club Junk Box

いよいよ僕の地元である仙台公演。チケットも昨年より売れていると聞き、燃えないわけがない。Junk Boxスタッフも慣れ親しんだ仲間で、音響特性は難しいが精神的にはとてもやりやすい環境だ。

自分は音を出すだけで演奏するわけではないが、やはり腕がなる。コレクターズのダイナミックで繊細でグルーヴィーでメロディアスでポップな演奏を、最高の響きで会場のオーディエンスに届けることが使命なのだ。PAというのは生演奏(生音)を劇的に良くするものではないが、酷い音で印象を悪くすることは容易なので責任は重大である。照明のように視覚的に見えるものではないので何とも曖昧だが、美味しい料理が乗る素敵なお皿が照明ならば、音響は計算された綺麗な盛り付けといえるかもしれない。いずれにしてもより美味しさが増すということが重要なのだ。

ライヴは演奏とパフォーマンスはもちろん、フロアの盛り上がりやステージとの一体感も含めて最高だった。そこには転がり続ける偉大なモッドロックバンドの頼もしすぎる存在感と実像がくっきりと映し出されていた。普段はあまりそういうことを言わない加藤くんがFacebookで「素晴らしいサウンドをありがとう!」と僕にコメントしたことからもわかるように、本人にとっても手応えがあった夜になったのだろうと想像する。

この日はメンバーが東京戻りだったので、アラバキのプロデューサーである菅ちゃんと二人で来年の作戦など練りながら飲んだ。

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11/18 森山公一 レコ発ワンマン w/毛利泰士 @仙台Jazz Me Blues noLa

年があけてからずっと実現させたいと思っていた主催ライヴがこれだった。オセロケッツ/Tha Ma’am等で以前から非凡なセンスを見せつけていた森山の仙台初ソロワンマン。スケジュールや予算の関係もありバンド編成とはいかなかったが、多くのメジャーアーティストをサポートしている敏腕ミュージシャン毛利くんも一緒に来仙してくれ、同期もの(シーケンス音源。カラオケとは違うので誤解なきよう)も織り交ぜ、アコギとパーカッション2人だけとは思えないサウンドを披露してくれた。

それにしても森山の作るメロディー、洋詞のような言葉選び、色気ある声、誰をもハッピーにするゆるいキャラクターとステージングは、極上のエンターテイメント性と深い音楽性を見事に調和させた素晴らしい才能である。これぞ音楽の真髄だ。

もっともっと多くの人に見せたいライヴであったが、僕の力不足のため動員面では彼らに悪いことをしてしまった。この日のTwitterにも書いたが、いまこの仕事をしているのは本物の音楽、純度の高い音楽を応援し広めていきたいからで、ここら辺のギャップが埋まらないとしたらやっている意味はない。来年もいくつか仕掛けていくつもりではいるが、GROOVE COUNCILのブランド力がこれ以上上がらなければ、方向転換や辞めることも考えなければならない日が来るのかもしれない。頑張らねば。

平日の忙しい中来ていただいた方々には本当に感謝しています。

森山と毛利くんはこの日早めに仙台に入ってくれて、僕が特別講師を務める学校の授業に参加し、学生にとても参考になる話をしてくれた。生徒の中から一人でもいいから本質に迫ってくれる奴が出ることを願う。

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11/26 The Collectorsトーク&握手会@Tower Record仙台PARCO

20本に及ぶ全国ツアーを大成功させ、コレクターズとしては今年最後の稼働となるインストアトークショー。レコ発だというのに新譜の話題はなく、いつものPodcastのような爆笑トークに。これで仕事納めだからかツアーから解放されたからか、仙台ということも影響したのか、舌好調で時間をオーバー。内容の80%は先日の「池袋24時交差点」でオンエアされたので割愛するが、最大のハプニングはインストアスペースの外で立ち止まって見ていた女性に加藤くんが絡んだときだった。

「面白いだろう?おれらの話。CD持ってんの?おれたち誰だか知ってる?」曖昧にうなずいて「カトゥーさん」「えーっ。カトゥーさん。新しい!(場内大爆笑)そうか、KAT-TUNに見えちゃったんだぁ」

握手会後は二人が仙台への想いを語ってくれ、地元ファンには本当に嬉しい時間になった。そして池24で隠し録りと揶揄された一件だが、確かに僕が勝手に録音していたことは認める()。もしかしたら昨年のように使いたいと言われることもあり得るし、記録というか何か面白い内容があれば後で聞き直してブログに書こうと思っていたのだ。結果的には録っておいて助かったみたいなので、無罪放免どころか御礼を言われた()

夜は加藤くんは東京戻り、コータローと松本社長とガースーと僕とで今年のお疲れさん会&来年のミーティング。いつものラーメン屋で〆。

二人が仙台に泊まった一番の目的は、翌日の墓参り。元コロムビア小林英樹の葬儀にツアー中で参加できなかったため、だいぶ前からお墓に連れて行ってくれと頼まれていたのだ。線香をあげながら「なんかまだピンとこないなぁ。でも来れて気が楽になった」と呟いたコータローだった。風が強く寒かったが僕らはしばらくお墓の前でおしゃべりした。

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11/30 麗蘭 ツアー Good Times Roll @仙台darwin

緊張感と楽しみと武者震いと、いろいろな感情がいっぺんに押し寄せた日。

チャボさんはここ数年何度か仕事をさせてもらってはいるが、やはり自分が少年の頃に憧れたギターヒーローという位置は変わらない。しかも事務所の社長さんから早々と指名を受けていたので、嬉しいやらプレッシャーやらで猛烈に気合いが入った。

僕らの仕事に限ったことではないが、一度の結果で今後が決まることもある。今日いい音を出せなければ次は指名されないだろう。お金も絡むしなぁなぁではないプロの仕事ならば当たり前だが、その緊張感がいい方にでることも悪い方にでることもある。まぁ悪い方に出るってことは実力不足ということなのだが。選抜メンバーに選ばれたアスリートのような気分だ。

チャボさん、蘭丸、ドラムJah-Rah、ベース早川さんというメンバーで久しぶりの仙台公演。いやぁ痺れた。タイトな演奏の中にグルーヴがぎっしりと詰まって、静から動へ一瞬で変わるコントロールされたダイナミクス、何よりショーアップされたステージング。プレイの凄さはいうまでもない。

ライヴの最後にスタッフ紹介があるのだが、今日の僕の部分は今までで一番長かった。昔のことも話してくれ、なんかやっとファミリーの片隅に置いてもらえたような気分になれた。

打ち上げの席でチャボさんに「Eちゃん(事務所社長)普段あんまりそういうこと言わないんだけど、次も佐藤ちゃんにお願いするって言ってたよ。いい音ありがとう!」と言われ、嬉しいというよりは任務を果たせた安堵感でホッとした。その言葉通り翌日次の仕事の依頼が来た。これは素直に喜ぼう。

仕事のグレードとしてはとても厳しくシビアな現場ではあるが、こうやって鍛えてもらってるんだなぁと感謝せずにはいられない。

余談だが東京から来ていた照明さん、どこかで会ったことあるよねぇと話していたら、なんと25年前にティアドロップスのローディーをやっていたと判明。僕も何度か仕事で一緒になったことがあり、嬉しい再会となった。チャボさんの照明を山口富士夫の側近だった男が担当しているというのも、なんかドラマではないか。

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12/7~9 KUDANZ 合宿レコーディング @ペンション蔵王レインボーヒルズ

佐々木玄くんから「次のアルバムのレコーディング、どこか山奥とかで合宿しながらやれませんかねぇ」と相談されリサーチの結果、ここで3日間やろうと決めた。グランドピアノ以外は何もない大部屋にすべての録音機材を持ち込んでの作業。ピアノ調律はよき理解者でもある今野氏が丁寧に施してくれ、機材の大部分を石巻ドレミのヒロくん(僕との兼ね合いが紛らわしいので合宿ではスーさんと命名)が提供&ナイスサポートしてくれ、6曲を録音。

今作はピアノ&アレンジで次松大介くんが全面サポートということで、この蔵王での音源はピアノとギターによるシンプルな編成のものを中心に録音。シンプルなぶんノリを大切にしながら細かいニュアンスはとことん追い詰めるという繰り返し。何度も鳥肌もののピアノフレーズや歌が刻まれ、この空気感を大切にした音に仕上げていかねばと思っている。

それにしても環境というのはここまでメンタルに影響するのかと驚いた。1日12時間ほど作業したのだが、スタジオの狭い空間だったら何度も煮詰まってしまったと思うのだが、一服しに外に出るたびに美味しい空気と大自然が目の前にあり、一瞬でリフレッシュする。おかげで集中して作業を続けられた。

そして玄くん次松くん二人の才能とセンスの素晴らしさには参った。彼らが偶然にも仙台に居合わせているという奇跡に、僕も刺激を受けるしまだまだ負けられないという気持ちにさせてくれるのだ。

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12/16 GROOVE COUNCIL Year-End Party @仙台CLUB JUNK BOX

盟友でもあり尊敬するミュージシャンでもある古市コータローと浅田信一をゲストに迎えてのDJ&LIVE忘年会パーティーを開催させてもらった。忙しい彼らを呼んだのには仲がいいという他にも訳がある。2011年の震災で仕事や人生に心折れかかった僕を励まし奮い立たせてくれた恩人2人なのだ。彼らなくしてはここまで頑張れてこれたかわからないし、何度いろいろな相談や無理難題を聞いてもらったことか。彼らの仕事をしていることでの周囲からの信頼度にも何度も助けられてきた。そのお礼も兼ねての宴会。そしてこれまたいつも応援してくれる皆さんにこの2人の選曲する音楽、演奏し歌う音楽を聴いてもらい、笑顔で今年を締めくくって欲しいなと思ったのだ。師走の平日という忙しい日程にも関わらず、沢山の方にお越しいただき本当に感謝である。

この日のDJ選曲だが、信ちゃんはヒップホップ調のものやエレクトロなものを中心に盛り上げてくれた。コータローはプレスリーなどのほか得意の和モノで攻める。僕は2人にかぶらないようライトソウルやファンキーなもの。何人かからクラブとか行ったことがなくともDJは楽しめますか?と問い合わせがあったが、もちろん楽しめるのだ。ライヴともクラブとも違うので、ただ三者三様の好きな音楽を大音量で聴いて、単純にいい曲だなとかかっこいい曲だなとか感じてくれればいい。

アナログモンキーズのライヴはいつも通りリラックス感満載の1時間。偉大なる宴会エンターテイメントだ。2人のカヴァー選曲も絶妙だし、それぞれのオリジナル曲も楽しめ一石二鳥のおいしさ。ライヴ後はDJバトル。一人1曲ずつ曲をかけていく。ここは3人ともアナログシングル盤で攻めた。ゆる〜く音楽で楽しむ愉快なおっさん3人の姿で皆さんに和んでもらうはずが、自分たちが一番楽しんじゃったみたいであれだが、何か伝わっていればいいな。

いつも僕のイベントを手伝ってくれる前沢や浩美ちゃん、デザイン担当CK先輩は滋賀から、INUUNIQの咲ちゃんは神戸から、そして子供を預けて遊びに来てくれた堀下さゆり嬢、JunkBoxスタッフの面々もありがとう。

翌日は信ちゃんを松島デビューさせたりしながら()来年のことをいろいろと語り合い、有意義な時間を過ごさせてもらった。

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12/21 堀下さゆりXmasライヴ HolilyNight @恵比寿天窓.Switch

年明けから新作作りのためしばらくライヴ活動を減らす堀下さゆりの久しぶりのバンド編成ワンマン。事前の時間が取れなかったため、当日は4時間のリハ。bassの吉池千秋さん、drumsの入倉リョウくんの素晴らしい演奏、仙台から同行した若手ヴィオラ奏者の大築萌ちゃんも緊張のなか頑張ってくれ、本当にアットホームで素敵なライヴになった。ママになって歌の表現力が増した堀下ちゃん、あの独特のキャラとメロディーは他では味わえない癖になるシンガーソングライターだ。わざわざ聴きにきてくれた浅田信一氏が終演後に「本当に素晴らしいメロディーばかりだ」とベタ褒め。打ち上げはホテルにチェックインするのも忘れるほどの楽しいお酒であった。

震災後に東京から故郷の相馬へと活動拠点を徐々にシフト、その後縁あって音のみならずマネージメントもやらせてもらっている唯一の所属アーティスト。今は家族とともに仙台に引っ越してきた彼女、来年はより仙台に密着した活動も行っていく予定。今後の動きも是非チェックして欲しい。

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12/25 浅田信一Xmas Live @Zher the ZOO YOYOGI

昨年の渋谷に引き続き今年は代々木でのクリスマススペシャルライヴ。今回もキーボード平畑徹也(はっちゃん)とのデュオ。今年の信ちゃんはデビュー20周年ということで10年以上ぶりにニューアルバムを制作中、来年はさらなる飛躍を誓う年とあって、これまでの集大成ともいえる異例のライヴとなった。

新旧織り交ぜた完璧なセットリストには途中クリスマス曲のカヴァーなど挟み、クリスマスメドレーではサンタに扮した古沢cozi岳之も登場、最後にはマティ店長が樽酒を用意しての鏡開きまで。新曲You And Iではレコーディングにも参加したからという無茶振りにより僕がタンバリンを叩かされる羽目に。PA卓を放置し(土田Dが見ていてくれたが)ステージに上がったのは生まれて初めてだ。あの雰囲気で拒絶したら場の空気がしらけるなと思い登壇したが、そんな僕の性格まで読んでいた信ちゃんの戦略勝ちである。あの時に信ちゃんが言った「ヒロさんがいてくれて・・・云々」というMCはとても感動したけれど、あの場で話したように僕はファン代表として「信ちゃんは歌わなきゃ!」と言い続けてきたし、音楽に携わる者の使命として本物の歌はもっと多くの人に届けないとダメだと本気で思っている。

それにしてもなんとも照れくさく挙動不審になってしまったが、あんな機会を与えてくれたことに心から感謝している。こんなことなら練習しておけばよかったな()

アルバムのリリースが4/1に決まり、それに合わせたバンドツアー(4月)も発表、終演後には自らがクリスマスプレゼントとしてシンディーピックを全員に手渡すというビッグザプライズ。現状を見据えた彼の決意と周りへの感謝、とにかく全編通して心のこもった最高のクリスマスプレゼントとなった。

2月には坂本夏樹とのギターデュオライヴ、こちらは2人のギターの音色と絡みが存分に味わえるこれまでにないライヴになりそうだし、5月には弾き語りの全国ツアーも計画中と、走り出した浅田信一がどこまで行くのか、みんなで見届けようではないか。

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ほんと駆け足で3ヶ月分遡ってみたが、もう一つあった。オハラ☆ブレイクへ仕事しに行った際、東京から地元会津に戻ってきた若いPAマンがヘルプで来ていたのだが、僕が持ち込んだPA回線表をジーッと見てから「すみません。佐藤さんってコレクターズもやってますか?」と訊いてきた。「うん、やってるけどどこかで会ったっけ?」というと「いや会ったことはないんですが…」と。話を聞いてみると、田舎に戻ってPAをやるにあたり自分なりのかっこいい回線表を作りたくてネットでいろいろ検索していたら、コレクターズの回線表を掲載していた僕のブログをたまたま見つけたそうで、その回線表を真似て自分のを作っているというのだ。くだらないこだわりと笑われそうだが、だいたいがそっけない一般的な回線表というものがダサいと僕は昔から思っていて、単なる表ではあるが文字の感じやレイアウトを工夫しておしゃれな回線表を作る努力をしてきたので、彼の話を聞きとても嬉しくなった。もっとどんどんパクっていいよ!と少しレイアウト変更した最新の回線表を託してきたのは言うまでもない。その後頑張っているだろうか。


そんな感じで僕の2015年は終わろうとしている。本当にまわりに恵まれているお陰で、とても勉強になる気持ちいい仕事をたくさんさせてもらった。時には嫌なこともあったけれど、それより、いい機会を与えてくれたり話を持ち掛けてくれたり協力してくれた皆さんに最大限の感謝をしたい。そしてその恩に報いるためには、ここ4年(仕事という意味では足かけ30年)かけて土を耕し種を蒔き育ててきた苗を、来年こそ花開かせないといけないなぁと強く思う。

そしてそれは自分が生き残るためにも不可欠なことであろう。いや生き残らなくてもいいか。この4年の尽力や応援してくれ後押ししてくれた方々の想いを無駄にしたくないだけだ。僻みとか傍観とかそういうワケのわからないエネルギーに惑わされないよう、自分と仲間を信じて前に進むのみである。結果は後から必ず付いてくる。いい結果が残せなければ、それは自分の力や努力が足りなかったということに過ぎない。


5周年になる7月には思い切ったイベントを打ちたいと思っている。まずはそこまで笑顔で頑張ろうと年の瀬に何故か気合いを入れ直してみたりする。

もちろん人としても、もっと大きく優しくなりたいなぁ〜とイメージしてみたり。あ、体はこれ以上大きくなると困っちゃうんだけど()。でもイメージって大事だよね。すべてはイメージすることから始まるような気がするから。


それでは皆さん、よいお年を!




by higehiro415 | 2015-12-30 01:25 | 日記 | Comments(0)

奴と、俺と。

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この1枚のシングルレコード。30年近く前に東京から仙台へと戻ってきたばかりの僕がレコーディングエンジニアを担当した、THE LOOSE STREETという仙台のアマチュアバンドの自主制作盤だ。

そのバンドのギタリストは若いくせに(といっても僕のひとつ下で、要するに自分も若かったのだが。笑)まるでCharのような上手さでグルーヴィンに渋いプレイを聞かせてくれ、大いに興奮したのを覚えている。確かその当時の彼は肉屋の配達のアルバイトをしていたと記憶しているが、それが小林英樹との出会いだった。


その後彼は日本コロムビアレコード仙台営業所で働きはじめ、同じ時期に僕はフライングハウスという会社へ移るのだが、それから6年間ほどコバちゃん(小林くん)が担当する多くのバンドやアーティスト(レッド・ウォーリアーズやニューロティカ、そしてザ・コレクターズ等々)と共に東北ツアーを回ったり、R&Rオリンピックというイベントにブッキングさせてもらったりと、本当に密な付き合いをさせてもらった。僕らが若かったせいもあるがバンドバブル期とも重なり、はちゃめちゃで豪快な日々(特に打ち上げ。笑)をかなりの頻度で一緒に過ごしたのである。


30代になり彼は東京本社へ移動、僕は音楽業界の現場に疲労し一時海外から中古レコードを買い付けたりしていたが、ほどなく小さな制作会社に籍を置きラジオ番組制作の仕事も始めた。コバちゃんは誰もが一目置くコロムビアの名物宣伝マンとして活躍していて、今度はプロモーターとディレクターという形で付き合うこととなる。

古臭い表現ではあるが同じ釜の飯を食った者同士の信頼関係というか、困った時はお互い無理難題を強引に頼み込むことも多々あったが、それによって実現した素敵なことも多かったように思う。


30代後半、国分町の飲み屋で、独立するためコロムビアを辞めると聞いた。坂本サトルと会社を作るのだと。サトルは先述のシングルレコードを録ったスタジオで(もちろん時期は少し後だが)学生時代アルバイトをしていた。これも縁なのかねぇと二人で焼酎をけっこう呑んだっけ。


そしてまた僕らは新たな形で関わっていくことになる。ラジオ局では本職が音響エンジニアだったことをあまり公にしていなかった僕だが、ラップランドという会社を立ち上げ動き出したコバちゃんとサトルは、元々の僕の姿を知っていたこともあり、ある日突然こう言ってきた。

「ヒロさん、そろそろエンジニアの腕が疼いてるでしょ!?どうみたって本来のヒロさんはライヴ現場の人だよ。一緒にツアー回ろうよ!」


この頃の僕は時折昔からの付き合いでPAやレコーディングをしていたものの、年齢的なことや経済的展望も含めて今後はディレクター業で食っていくべきではないか?と悩んでいた時期でもあった。そのためライヴやレコーディングで音楽(音)に没頭している時の抗えないカタルシスの大きさを、何とか誤魔化して押し潰して日々を過ごしていた。

しかし気のおけない旧知の仲というのがこの壁をぶち抜いた。これは奴らに頼まれたことなんだから断るわけにはいかないと自分を納得させ、もちろん心の奥底ではまた現場に戻れるのだと心躍らせながら、音楽の渦へと再度飛び込んだのである。


これはとてつもなく大きなきっかけだった。人生にたらればが通用しないのは承知の上で、あれがなければ今の自分はなかっただろうと思う。要するにかけがえのない恩人なのだ。それはお互いの事情で多少疎遠になった時期があったとしても、変わりようのない事実である。


10年前にコバちゃんが仙台へ戻ってきてからは、より多くの現場を一緒にやらせてもらった。企業のパーティーやらプロモーションライヴやらイベントやら、本当に数多く。5年前に昭和歌謡酒場プレイバックをオープンさせるとなったときは、オーディオをどうしようかとか配線の仕方とか、そこから広がるおっさんの夢みたいなことをよく八乙女のガストで延々と話したりもした。打ち上げの二次会でバンドの連中を入れないほど連れて行き、店主も含め()全員でぐでんぐでんになったりと思い出は尽きない。

僕がプロデュースしたCD(幹mikiThe黄昏カラアズなど)も何枚かラップランドからリリースしてもらったなぁ。


昨年だろうか、癌がみつかったと聞いたのは。それでも店に顔を出したり電話で話すと「いや〜仕方ないっすね。ま、大丈夫でしょ。」といつものように笑い飛ばしていたし、僕も長年の付き合いから奴はそう簡単には病気に負けないと信じていた。

シルバーウイーク前にFacebookで再入院したと知る。その少し前にアップされていた写真があまりに痩せていたので、もしかして、いやまさかな、と不安に感じていたのは事実だ。それでもまた数日後に「無事退院しました!」と連絡があると思った。


一昨日、昨日と友人から具合が芳しくないらしいと連絡があったので、昨日のライヴ現場を終えた夕方前に急いで病院へと向かう。彼の親友の一人であるH君もやってきて、僕らは2時間ほど病室にいただろうか。東京から向かっていたサトルも無事に到着。痛み止めのモルヒネのせいもあるのか意識は朦朧としているものの、僕らの声に反応し少しだが会話ができた。

18時頃「明日また来るから!」と言い残し、僕らは病院をあとにした。

しかしその6時間後、さっき永眠したと連絡があった。無念すぎる。


今はまだ気持ちの整理がつかず、なんて言ったらいいのかわからない。

結果的に最期に会うことができてよかったとも思うが、昨日行かなければ今日も待ってくれていたのではないかと思ったり。まだ51歳、人はいずれ死ぬのだとわかっていても早すぎやしないか?

何より残されたご家族のことを思うと、なんともやりきれない。


昨日の今日でこんな文章を書いていること自体、おかしいのかもしれない。

それでもコバちゃんの冥福を祈りながら、これを書かずには正気を保てないので勘弁して欲しい。これは彼への昨日話せなかった思い出話だ。


知り合って30年、もちろん少し距離があった時やお互いの信念の違いで言い合った時もある。しかしどんな時も彼は真っ直ぐストレート勝負で接してくれた。気まずくなった後は、でもこういうのをくされ縁って言うんだよな、と笑って仲直りした。

そういう縁を大切にした男だからこそ、数多くの人と人との縁を取り持ってきたのだろう。


それにしてもあのバイタリティーはすごかった。そして独特のやんちゃな()キャラクターで多くの人に愛された男だった。あんなやつはそうそういない。

惜しむらくは昨日「ありがとう!」と伝えられなかったことだ。あの誘いのお陰で、いまハッピーだよと。

そのうち言おうとか、そのうち会いに行こうでは遅いのだ。


コバちゃん、おつかれさま。とにかくゆっくり休めよ。

コバちゃんの代わりにやることもあるし、俺はもうちょい元気に頑張って、そのうちそっちに行くからさ。

いつもの珈琲焼酎、いい塩梅に漬けておいてね。


合掌。





by higehiro415 | 2015-09-28 15:38 | 日記 | Comments(4)

こだわり

例えば、

①些細なことにこだわり進展が見えない。

②職人こだわりの技が光る美しい仕上げ。

こだわるという言葉は2つのニュアンスを持っている。

あまりよろしくないこだわりと、素敵なこだわりだ。


要するに「こだわる」という行為や思考は、ポジティブにもネガティブにも行き着く紙一重のもので、大切なのはその質というかこだわり方なのではないだろうか。


常々「こだわり」を持って仕事したり生きていきたいと思っているが、一歩違えばそれは「何かに固執し頑に己を貫く」ということになりかねないのも確かで、やみくもに自分の主義や美学だけを追い求めるのは、単に心の狭いわがまま頑固オヤジに他ならない。


それでもこだわり(素敵なほうね)を持ち続けたいと願うのは、それがオリジナリティーやパーソナリティーにもなると思うからである。


仕事の場合、この道30年ともなれば、これはこうしたほうがよい!という経験と知恵に裏付けされたセオリーというのがもちろんある。

ただ、それにこだわり過ぎるともっと良いやり方を見逃すこととなり、そこで自分の進化が止まってしまう場合もあるだろう。


特に僕のような仕事は、自分の確固たる基準を持ちながらも、どこかに偏るのではなく、バランスのいい客観性を持った視点が必要なのではないかと考えている。

それでも音楽を扱っている以上どうしようもなく心が熱くグルーヴすることもあり、そんな時はトゥーマッチにならないよう細心の注意を払う必要があるのだ。


信念に基づいたものは70%くらいに留め、あとの30%はニュートラルな状態にして、勘であるとか空気感であるとか人の様子や意見であるとかを、瞬間的にフレキシブルに汲み取れるように容量を空けておく。

これは人と接するときにも有効だ。変な誤解をしたり偏見をもったりせず、相手の本質をきちんと見ることが出来るような気がする。


自分にとっては1つのことにこだわり過ぎないのがこだわりというか、なんか言葉にすると紛らわしいけれど、細部にも神経を使いながら総合的に判断するバランス感覚を失わないこと、そこにこだわりたいと思う。


52歳になった昨日、何となくそんなことを考えていたのである。





by higehiro415 | 2015-04-16 07:46 | 日記 | Comments(5)

2015 迎春

2015年の幕が開き5日が過ぎた。
今年はいったいどんな1年になるのだろうか。
もちろん未来のことなどわからないのだが、何となく今年は勝負の年になるのではないかと予感している。
勝負といっても大きなことにチャレンジするわけではない。いろいろな部分で自分との闘いになるのではないか?という意味である。

独立して3年を過ぎた昨年の夏頃から、有り難いことにとても忙しい日々を送ることが出来て、仕事内容も本当に充実したものが多かった。
がむしゃらに頑張ってきたご褒美でもあるのかもしれないが、やはりそれは自分の力というよりは、仲間や仕事関係者に恵まれたということが大きいのである。
本当に感謝しているし、それに応えるよう全力で仕事に立ち向かったつもりだ。プロとしての意地もある。もちろんポカもあったし、うまくいかない時もあった。
それでも周りに助けられたり運が味方してくれたりで、いい感じで乗り切れた。

今年もその調子で!といきたいのは山々なのだが、そうそう人生がうまい具合にいかないことは、これまでの経験でわかっているつもりである。
昨年の加速度と充実度はバブル期みたいなもので、あれがピークだと思っている。
悪いことが続けば「明けない夜はない!」と前向きに捉える質ではあるが、人生はプラマイゼロという観点からすれば、今年は昨年のようにトントン拍子にはいかないだろうなと感じてしまうのである。
案の定1/3の仕事始めで、不注意からフラットな床で足を滑らせ、思いっきり転倒して肘と腰を強打した。今年は慎重に足下を見ていかねばと思っていた矢先だったので、身をもってそれを痛感する象徴的な出来事だった。

なので今年は量より質というか、もっと丁寧にコツコツと音楽や仕事に関わっていかなければダメだろうし、プラスαの発想や、人に対しての感謝と想像力(思いやり?)を忘れないようにと気を引き締めているところである。

それと今年は仕事でもプライベートでも振り幅を大きく持っていたいということで、自分の中で幾つかの共存を心掛けたいとも思っている。
瞬発力と持続力、最新と熟成、大胆と繊細、個性と大衆性。
そんな一見相反する事柄をうまくミックス出来たら、きっと面白いことになりそうだ。

あとは愚痴っぽくならないようポジティヴに視野を広く持つこと。
けっこうあるな(笑)

とりとめもなくそんなことを考えながら僕の2015年はスタートを切ったのだが、日々や周囲に流され振り回されないように、しっかりと自分と向き合うことができるだろうか。
やはり今後を占う勝負の年になりそうだ。

2015年もよろしくお願いします。
今年も皆さんにハッピーの連鎖がおこりますように。
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この先のPAや主催ものの予定をさらりと。
音楽は一期一会、今年も本物の素晴らしき音楽と音を1人でも多くの方に届けるお手伝いをしていくつもりなので、是非チェックして聴きにきてもらえれば幸いです。

1/11
colors of voices _ presented by GROOVE COUNCIL(四谷天窓.comfort)
※堀下さゆり、INUUNIQ(Duo)、西山小雨。
癒しの個性派女性アーティスト3組によるアフタヌーンライヴ。
仙台—東京—神戸を結ぶホットラインが魅せるハートフルな午後。

1/18
古市コータロー solo band live “Heartbreaker” (渋谷クラブクアトロ)
※クハラカズユキ、鈴木淳、奥野真哉という強力メンバーを揃え1度きりの貴重なライヴ!
Drivin’ & Rock ‘n’ Roll

1/21山口洋 ソロライヴin仙台〜not coincidence, but necessity〜(Jazz Me Blues noLa)
※仙台では約1年半ぶりとなるソロ弾き語りライヴ。
圧倒的なギタープレイと孤高のパフォーマンスが展開されるはず。

1/30〜2/14浅田信一 ソロアコースティックツアー MARTIN, GIBSON & ME 2015
※札幌・仙台・大阪・福岡・広島・名古屋・東京の全7公演。
日本屈指のメロディーメイカーでありボーカリスト(今や名プロデューサー)でもある浅田信一の魅力が凝縮された弾き語りライヴ。未体験の方は必見。

2/13ごはん屋までいpresents 大人の音楽講座 vol.5(東京都日野市:ぞうさん食堂)
※今回は新たな試みでレコーディング体験講座を開催。
参加しながらレコーディングの現場と技を垣間見られる特別編。

2/21蔡忠浩(bonobos)ランタンナイトvol.20 in 仙台(桜井薬局セントラルホール)
※様々な音楽性を独自のロマンフォークへと昇華させる魅惑のソロ。

2/22リクオ “Live at 伝承ホール” 発売記念ツアー(宮城県白石市:カフェミルトン)
※観る者すべてをハッピーにするローリングピアノマン・リクオが、音楽の神様が棲むといわれる聖地ミルトンへ帰って来る!

3月にはある企画ライブを計画中。
それから某ライヴの発表も出来るかも。
4月は東北のあのロックフェスがあるし、まずは春まで元気でいなくては!(笑)



by higehiro415 | 2015-01-06 00:12 | 日記 | Comments(2)

目線

久しぶりの更新になってしまった。
なんだか忙しいというと聞こえはいいが、いろいろ段取りが悪い部分もありバタバタしているといったほうがいいかもしれない。

子供の頃から宿題はギリギリで帳尻を合わせるタイプではあったのだが、さすがに先月からは仕事(特に事務処理)が押せ押せになってしまい、どこか居心地が悪いのも確かだ。
まぁ暇よりは間違いなく有り難いことなのだけれど、日々感じたことなどをきちんと反芻できないのが少しストレスではある。

最近よく考えているのは、仕事をする際の目線(目配り)についてだ。
PAの現場に行ったとき、自分の最大の目的はいい音を提供することである。
だとすれば、目線は音にだけ行っていればいいし、それが上手くいけば満足するはずなのだが、それだけでは気持ちよくないというか違和感を覚えるときもあるので考えてしまう。

現場がライヴであれば、演奏者がいて主催者や企画者がいて、他にも舞台、PA、楽器、照明、撮影、会場管理、物販、メーカー、時には警備や道具など多くの人が関わっていて、そしてお客さんがいる。
演奏者や運営側がプロならば、それぞれが各々の仕事をきっちりこなせばそれでいいのだという考え方もあるかもしれないが、果たしてそうなのだろうか。

僕はちょっと違うと思っている。
演者・主催・各スタッフ・オーディエンス。みんながその日だけは1つのチームなのではないかという捉え方である。誰かが重要なのではなく、全員が重要だと思うからだ。

ライヴ自体は良かったけれどスタッフが感じ悪かったとか、ライヴも会場も良かったが音や照明が良くなかったとか、逆にお客さんのマナーが悪かったとか、時には演奏者がひなんされる場合もあり、そんな風に誰かが感じることはマイナス以外の何物でもない。

もちろんそんな主目的以外のことは関係ないという人もいるだろうが、空間である以上その日のチーム全体(輪と置き換えてもいいかもしれない)がいいに越したことはないだろう。それぞれが自分以外のことを考えられるかが大事だ。

僕の場合でいえば、PAの際にはもちろんステージ上の演奏者に満足してもらいつつ、お客さんにイイ音を提供するのが最低条件だが、主催者や会場側に余計な負担をかけないよう心掛けたり、他スタッフやアルバイトに気を配ったり、とにかく一方向ではなく全体をちゃんと見るようにと肝に命じている。企画側のときも同様である。

もし誰かに難題を突き付けられ、そりゃ無理だよ!と思っても、相手が何を意図しているか考えそこに近付けるようチャレンジしてみることが先だとも思う。

要するにみんなが気持ちいいと思える仕事をしたいのだ。これは自分の勝手な美学に過ぎないけれど、誰かが得をして誰かが損をするとか、一部の人だけが満足するのではなく、全員が同じようにハッピーなることこそが理想なのである。

とても曖昧な言い方で恐縮だけれど、チームワークというのはお互いが他ポジション(セクション)にも目線を向け、相手を想像出来るかどうかが鍵となるのではないか。
そしてそれが出来ている空間というのは、創造性に富んだフィーリングに溢れていて、予想を超えたミラクルが起きたりするのも事実なのだ。

幸いにも僕のまわりにはそんな人たちが多くて有り難いが、だからこそそうでない現場に出くわすと、仕事はちゃんとやっても満足感はないし、今後一緒に仕事をしたいとはやはり思えない。
出演者にだけ気をつかいスタッフを顧みない主催側や、自分のことだけを主張したりする人たちに、いい空間は作れないのではないだろうか。
あ、今日のイベントは気分よくやれたので誤解なきよう。

僕の現役時代もそんなに長くはないだろうから、そんなことをいちいち説いているよりも、口には出さなくてもそれを実践している人たちとハッピーな仕事をしていきたいと思う今日この頃なのだ。

これって愚痴なのかなぁ。
ま、たまにはいいか。笑





by higehiro415 | 2014-10-25 21:55 | 日記 | Comments(4)

Sweet Road To Youth

THE COLLECTORS
古市コータロー50歳バースデーライヴ in 北上
2014年5月10日(土)

「北上の地にこのメンツが集まってくれて、こうして一緒に飲めていることがすごい幸せだし、今日のライヴでようやく自分に落とし前をつけることができました。皆さん本当にありがとうございました!」
コータローが打上げのシメで発した言葉を聞き、感無量になった。
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彼にとって因縁の地である岩手・北上でライヴを開催したということ以上に、そこに友人やスタッフや仲間から多くの協力や応援があり、さらには全国から集まってくれた沢山のファンに見守られドラマが結実したことにこそ、とても大きな意義があったのだと思う。
こんなにも周囲に愛されているバンドやギタリストは、そうそういない。

今回のライヴの意味は昨年9月にこのブログに書いたので省略するが、5/10のコータロー凱旋ライヴは単なるバースデーライヴではなく、30年以上前からの点を線でつなぎ合わせ未来へ向かわせるという、壮大なロマンが詰まったものだったのだ。
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昨年の春、ツアーの途中でコータローと2人北上に立ち寄り、さくらホールを下見して「ここでやろう!半分くらい集客できればいけるよ!」と話し合った日から412日、超満員の観客の皆さんと一緒に見届けることができて、ほんと素直に嬉しい。

このライヴの裏方は、いつもの東京スタッフに加え僕の大切なブレーンでもある仙台・盛岡のスタッフ合同の最強メンバーで臨んだのだが、これも大成功のひとつのポイントだった。仕事の実力(クオリティー)だけではなく、スタッフ間の信頼関係も大きく物を言ったからだ。

いくつかのサプライズに関してだが、バースデーケーキは北上の洋菓子店アンデルセンの職人Tさんに頼み作ってもらったもので、信ちゃん(浅田信一氏)にステージに持ってきてもらえない?と相談したところ「それ断れるわけないじゃないですか(笑)」と快く引き受けてくれた。
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入場時に皆さんに配り、サプライズ時に満開の桜のように会場を彩ったピンク色のケミカルライトは、ファン有志の方々の気持ちとアイディアと準備と提供だ。

受付でそれを配布してくれたのは以前僕のブログを読んで「自分の地元岩手での記念すべきライヴ、手伝えることがあれば何でもやるので言って下さい!」と連絡をくれた人たちと、コレクターズをリスペクトする仙台のTheシミー(The黄昏カラアズ)。
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コータロー高校時代の山本先生は、事務所であるWonder Girlに、先生と一緒にライヴに来る予定だという方(コータローの先輩)から連絡があり、対面が実現した。

加藤クン、コータロー共に24年振りの再会となった伝説の初代ベーシスト・チョーキーは、岩手のコレクターズファン345号くん(彼のブログで北上ライヴのことが感動的に描かれている! http://collector345.blog63.fc2.com/ )がいろいろと動いてくれた。
おれも会いたいし、せっかくだから一緒に演奏もしたらどうだろう?チョーキー用のベースは持ってくから!と言ってくれたのは、加藤クンである。

僕はただこれらを実現させるために提案したり交渉したり調整したりしただけで、最初から用意されていたかのような絶妙なタイミングと、各方面の方々の尽力と理解が、あのスペシャルなサプライズコーナーを演出したのである。
特に主催のVintage Rock若林氏、事務所のWonder Girl松本氏には色々とわがままを聞いていただき大感謝。

さくらホールの職員K君も開催が決まってから、せっかく来てくれるのだからといろいろ宣伝をしてくれていたりして、多くの人の(もちろんファンのみんなも含めた)それぞれの熱い想いが、あの日のドラマを生み出したのだと思う。
細かい全貌を知っていたのは、僕と当日の段取りを相談していた舞台監督の山品さんだけだったので、誰かに言ってしまいたくなるのを堪えるのが一番大変だった(笑)。


5/9(金)
朝イチで明日の開場時のBGMを選曲したあと、手持ちのマイクとファン有志から送られてきたケミカルライトの入った段ボールを積み込んで、仙台から北上まで車を走らせる。
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雲が厚く途中で雨もポツポツきたが、まったく気にならない。明日のことが(まずは今日なのだが)楽しみすぎて、天気のことなど心配する暇もなくあっという間に北上に到着した。
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空がまた明るくなった12時半過ぎ、コータローと松本社長が駅の改札から出てきて合流。
「佐藤クン、ついにきちゃったねぇ〜この日が。明日は天気良さそうだから安心したよ。」
渡哲也ばりのサングラスをしたコータローは、なんだかとても嬉しそうな表情だ。
まずは腹ごしらえをしようということで、懐かしのスパゲッティーを求めてJUMPへ移動。3人でミートソースをキメる。
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今日はコータロー思い出の場所を巡る日だ。
当時住んでいたというボロアパートをあちこち探し歩いたり、飲み屋街やアーケードがなくなってしまった商店街、高校にも行った。
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北上展勝地では「マイナスイオンがすごい。リフレッシュするなぁ〜」などと、風に揺れる新緑やキラキラと反射する川、遠くの山々を眺めたりした。
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夕方の岩手日報の取材の前に、一旦ホテルに戻りロビーでひと休み。
コータローが「ちょっと電話してくる」と席を外した隙に、僕はすかさずフロントに尋ねた。「古市宛てに何か届いていませんか?」
まだ届いていないようだった。
やっぱりそんなに上手くはいかないよなぁ〜とがっかりする自分に言い聞かせる。「いや。ここまできたのだから、近い将来必ず会える日が来るはずだ。サプライズは明日もあるのだから欲張るな!」

そろそろ新聞の取材に出掛けなければと時計を見た時、綺麗なフラワーアレンジメントを持った花屋さんらしき人が入ってきてフロントに花を置いた。
僕は咄嗟にフロントへ近寄り「もしかして古市宛てですか?」と尋ねると同時に、添えられた封筒が目に入った。古市耕太郎様と書かれていた。

フロントでその花を受け取りロビーのテーブルに置く。胸が高鳴る。
そこに電話を終えたコータローが戻ってきた。
「コータロー。なんか花が届いたみたいだよ。」
「え?楽屋じゃなくホテルに花が届くなんて初めてだよ。」
添えられた封筒をあけ中のメッセージカードを読んでいる。
「佐藤クン!これ、田園のママ?」
彼が北上時代一番の思い出と語る、喫茶「田園」のママから花が届けられたのだ。
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Podcastで「カプチーノ、よろしく!」と宿題を出された気分になり(笑)、こりゃ何とかしたいなと本格的に捜索に動き出した。どこにいるのかも生きているのかもわからなかった。
岩手の知人数人に情報提供を呼びかけ、北上にいる親戚には店の跡地周辺の聞き込みをしてもらう。

4月後半、まだ物件を手放してはいないようだが、だいぶ前に店を閉め娘さんがいる仙台に引っ越したとの情報をつかんだ。そういえば、デビューしてから一度だけ娘さんから手紙をもらったことがあり、仙台にいるらしいとコータローから聞いたことがあった。ただそれは20年以上前のことだ。
北上にいるなら人口も少ないしどこかでつながるかもと期待していたが、仙台となると逆に難しいと思いながら、自分が住む街にいるなんて何か縁があるのかもしれないとも感じる。

親戚の必死の聞き込み調査により、ママの旦那さんが以前務めていた北上の職場が判明した。ダメモトで引越し先の住所を聞き出そうと試みたが、もちろん教えてはもらえなかった。ただ対応してくれた方がとても親切で、代理で電話をかけてくれたのである。

偶然にもママらしき人が出たらしく事情を説明したようだが、だいぶ歳もとり昔のことはあまり憶えてないとのことだった。
本当に惚けてしまったのか、それとも怪しいと思われたのか、とにかくここで捜索は断念せざるを得なくなる。

4月末、アラバキ出演のため前乗りしたコータローと飲んだ時に、そのことを正直に話した。サプライズは無理になってしまったからだ。
「驚かせようと思ってたんだけど、ここまでしか出来なくてゴメン」と言うと、「そこまでわかれば十分だよ。ありがとう!そっかぁ。生きてたかぁ。」と慰められた。

人事を尽くして天命を待つ。その言葉が僕の頭を支配する。
やれることだけはやっておこうと手紙を出すことにした。住所がわからないので、先日電話をしてくれた人に頼んで郵送してもらった。

手紙には、勝手な捜索のお詫び、探している経緯と僕の気持ち、そしてコータローの生い立ちと現在、「田園」が彼の青春の1ページにいかに深く刻まれているかということを綴った。娘さんにも読んでもらえればと微かな望みを賭け、娘さんから連絡が来たこともあったらしいと付け加えた。
これでダメなら後悔はない。

それから数日して知らない番号から携帯が鳴った。ピンときた。
声を聞き、向こうが名乗る前に僕は言った。「××さんですよね?」
どうして自分の名前を知っているのかと驚いていたので、コータローから聞いていたと伝えると、さらに驚いた。「私の名前まで憶えていてくれているんですか?」
田園の娘さんからの電話だった。ついに見つけた!

話を聞くと、訳あってちょうどその日は北上に行っていたらしく、仙台に戻ってきたら僕からの手紙が届いていたので、すごくびっくりしたとのことだった。
それもそのはず、店の中に置きっぱなしだった荷物を片付けに行っていたようで、そこでロックのレコードが出てきて「これ、たぶんコータローさんが置いていったやつだなぁ」と眺めていたら、ママが「それって学生服着てうちに来てた背の高い子!?」と思い出したというのである。
そんなことがありつつ仙台に戻ると、偶然にも僕からの手紙が届いていたと言う訳だ。

こんなことってあるのかいな?と僕も驚いた。
さらには、コータローが田園のことを今もそんな風に思ってくれていることに感動し、もしかしたら辛い高校時代を過ごし北上のことが好きじゃないかもしれないから、今度北上に来る時は「おかえり!」と温かく迎えてやれるようにしたいと言うのだ。

この話を聞きサプライズなど関係なく、その言葉を直接コータローに伝えてはくれないかとお願いしてみた。すると、ライヴには行けないが、何かメッセージは送れるよう母と考えてみますとのことで、宿泊先のホテルを教えて電話を切った。

先方のニュアンスから、話題になるようなことは避けたいし、純粋な気持ちの問題だということが伝わってきたので、ここに書くことは相当ためらったのだが、強い想いや真心は、通じるばかりか奇跡的なことを起こす場合もあるという証拠として、紹介させてもらうことにした。

話をはしょるとドラマが成り立たないので長くなってしまったが、このあと僕は娘さんに花が届いた御礼の電話を入れ、そのまま隣にいたコータローに代わった。
ついにコータローは娘さんとママさんと、電話越しだが直接言葉を交わしたのである。
なんとなくその場にいないほうがいいかなと思い席を外したので、何を話したかはわからない。いつか本人の口から語られるのを待とう。


夜には前乗りのスタッフもホテルに到着し、ホテル近所の居酒屋で焼酎のボトルを3本も空けてしまった。シメはコータローおすすめの知床ラーメンへ。
楽しい前祝いになった。
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5/10(土)
いよいよ当日を迎えた。天気はこれから良くなってくるらしい。
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僕らPA(音響)、照明、舞台、楽器スタッフは9時に会館に集合である。ホールは一からすべてを仕込むので、時間がかかるのだ。
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今日のミッションは昨日までの運転手や探偵ではなく(笑)、本業のPAである。機材は仙台でいつもお世話になっているところから持ってきてもらった。モニター(ステージ上のメンバー用PA)は普段はメインPAをやっている山本さんが東京から来てくれている。鬼に金棒だ。
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舞監の山品さんがステージにパンチカーペットを貼っている間に、照明チームはバトンを下ろしライトを吊り込む。僕らPAチームはステージ側と客席側に分かれ機材を運び準備していく。ローディーの秦くんは楽器を少しずつセットする。
ガランとしたホールが、だんだんとライヴ会場の様相を呈してくる時間はワクワクする。
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昼前くらいにPA機材はセットが完了し、メインスピーカーから音を出しホールの響きをチェック。今日のリファレンス(チェックのためかける曲)はG.LoveのAin’t That Rightだ。
客席すべてを歩き回り聴こえ方を確認する。思ったよりデッド(反響が少ない)で客席中央あたりに低音が少したまる以外は、どの位置もナチュラルに聴こえるので安心する。
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昼の弁当を食べ照明シュート(バトンに吊られたライトひとつひとつの当たる位置を調整)の時間を利用し、サプライズの段取り確認。本番中僕は動けないので、山品さんとVintage Rock若林さんに流れを説明しすべてを託す。

メンバー入りよりだいぶ早く、前乗りしていたコータローが会場にイン。ステージに上がり客席を眺めている。きっと夜のことを想像しているに違いない。
近寄り話しかけてみる。
「いい感じのホールだよね。やっぱり。」
「うん。いいねぇ〜」
「ここに満員のお客さんでしょ。いいライヴになりそうだね。」
「そうなんだけどさ。自分でも想像つかないんだよね。どんな感じになるか。」
それはライヴがどうこうというよりも、どんな気持ちになるのかがわからないということで、やはり彼も平常心ではいられないのだなと察する。

当日移動でやってきた他のメンバーも会場に到着したころ、ステージ上は各楽器のチェックだ。
JEFFのベースの音に触れるのは初めてなので、山本さんと秦クンに音の感じを聞き取り調査。小里クンとはだいぶ音質が違うとわかった。アラバキのときコータローから「ポップなニュアンスが出てるベースで、すごくいいよ!」と聞いていたので、僕なりにイメージを膨らませる。

メンバーのいない隙に、加藤クンが持ってきてくれたチョーキー用のベースもチェック。秦クンが「このベースがあるのコータローさんに見つかっちゃって。JEFFさんが試してみたいということにしておきました。」と苦笑い。

14時半からサウンドチェック、続いてリハが始まった。確かにベースの音は聴き慣れていたものとは違うが、まったく違和感はなくむしろ新鮮だ。
これまで自分なりに構築してきたコレクターズのライヴサウンドを修正する。特にQちゃんのドラムとJEFFのベースの関係性。どこら辺に定位させ、全体のバランスをどうするのか。

とにかく集まった皆さんにこのライヴをより楽しんでもらうために、迫力ある音とかクリアな音とかではなく(もちろんそれらを加味したうえで)、温かくて心の襞(ひだ)まで見えるような音にしたいと努めた。
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この日は加藤クンのボーカルマイクを、いつもと違うものにしてみた。コータローのボーカルマイクは3月のアナログモンキーズで試して本人が好きと言っていた、持ち込みのテルフンケンM80oak、通称こけしマイク(笑)。ギターアンプには贅沢に3本のマイクを立てた。
久しぶりのホールワンマンということで、いつもより念入りにリハーサルする。いい感じではないか。バンドサウンドに関しては何の問題もない。
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リハが終わり僕はロビーへと急ぐ。サプライズで配るライトを、企画してくれた有志のみんなが袋詰めしてくれ、それを配布チームへ引き継ぐ。
まわりには沢山のファンの人がすでに集まっていて、気分も盛り上がってくる。

各セクションの最終チェックも終わり、いよいよ開場時間だ。
この日のBGMはZombiesやStones、McCoysなどに加え、Ann PeeblesやCilla Black、Martha & The Vandellasなど黒人ものを取り混ぜ、ライヴタイトルでもあるSweet Road To Youthをテーマに選んでみた。それにしても素敵なタイトルだ。

客席の様子は、やはりいつもとは違っていた。どこかそわそわしているというか、これまで体験したことのない、未知の世界に引きずり込まれるような感覚だったのではないだろうか。
東京から信ちゃん、達ちゃん、コージも到着し客席に案内する。

楽屋に行くとコータローが廊下をウロウロしていた。
「あれ。もしかして緊張?(笑)」
「いや緊張っていうよりさ、なんかフワフワしてるっていうか、変な感じだよ。」
僕もそうだったし、客席も同じ。今日は特別な夜になるということを予感させる。


開演時間になりメンバーがステージに登場すると、割れんばかりの声援と拍手がホール全体に鳴り響く。ついに伝説の幕は切って落された。

NICK!〜から始まる今回のセットリストは、4月のうちにコータローから送られてきていたが、3日前に本編ラストがNever Mindに変更された。
まだ東京での追加公演が残っているので詳しくは割愛するが、新旧・緩急織り交ぜたベストな内容で、個人的には好きな並びだ。

僕のすぐ後ろには信ちゃんが立っていた。関係者席に座ったら?と言ったが「ヒロさんの仕事ぶり見学しますよ」とニヤニヤしている。なんともやりづらい(笑)。
1曲目の途中で「もうちょっとだけギターのエッジを立てたらいいんじゃないすか?」と言うのでEQ(イコライザー)をいじると、親指を立ててうなずいた。確かにこのほうが聴こえ方がいい。さすが名サウンドプロデューサーだ。

ライヴ本編については、正直うまく言葉にできない。最初から胸が熱くなり、僕も冷静ではいられなかったのだ。
演奏はいつだっていいのだが、それを軽々と飛び越える表現力や一体感。演奏や歌の細かな部分には、過去から現在へとバンドが(それぞれのメンバーが)転がり続けてきた歴史の重みが見え隠れする。
そしてそれが未来へと続いていくのだと確信させられる強靭な音の塊が、恍惚感を伴ったグルーヴとなって放出されていた。
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チョーキーのサプライズ登場については、相当悩んだ。
喧嘩別れではなかったにせよ、24年間も音信不通だった昔のメンバーに会って嬉しいのかどうかわからなかった。
奇しくも小里クンが脱退したばかりで、メンバーも様々な葛藤があることは想像できたし、ただ懐かしむだけなら楽屋で会えばいいのではとも考えた。

それでもコータローが若かりし自分に落とし前をつけるように、加藤クンやバンド自身、さらに今は岩手でまったく別の生活を送っているチョーキーも、各々が落とし前をつけるにはここしかないと判断し、加藤クンに提案した。
はじめ驚いて戸惑いを見せた加藤クンだが、すぐに賛同してくれたのだ。きっと会いたかったのだろうし、いろいろ考えてくれたのだろう。

チョーキーがベースを弾いたToo Much Romanticは、とても美しかった。
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「バンドはいろいろあるよ。でもね。最高だ・・・」
コータローの涙も加藤クンの涙も、とてもよく理解できた。グッときてしまった。
ずっとそばにいたわけではないが、僕も彼らを見続けてきたし年齢も近く性格も理解している。
まさに加藤クンがFacebookに綴った言葉にその理由が集約されている。

打上げで「佐藤クンにカッコ悪いとこ見せちゃったなぁ〜」と言っていたが、決してそんなことはなく、むしろいつもは軽口や皮肉でごまかしている加藤クン本来の優しさや純粋さが滲み出てて、めちゃくちゃカッコよかった。
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この北上でのコータロー・バースデーライヴは、彼の人生を一度精算すると同時に、図らずもザ・コレクターズのメンバー脱退の不安を完全に払拭し、あらたな歴史の幕開けになったのではないだろうか。そう強く思わせてくれる、感動的で素晴らしいライヴだった。
奇跡は偶然が起こすのではなく、それまでの頑張りや信念や想いが引き寄せるのだとも思った。

終演後は予定通りコータローが来場者1人1人に記念ピックを手渡しする。これも粋な計らいだ。感謝を表すにはこれが一番いい方法だと考えたのだろう。

ファンの方々から「コレクターズを好きでいてよかった!」という声をたくさん聞いた。
バンドにとって、これに勝る褒め言葉はないのではないか。
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打上げは居酒屋の大広間で。30人以上はいたであろう。
その中で東北に住んでいるのは僕と山品カントクだけ(仙台のPAチーム、盛岡の照明チームは帰ったので)という、不思議な光景だった。
お客さんと同じように全国から集まった仕事仲間や友人、沖縄のHさんやアンヌ隊員まで。ここでもまたザ・コレクターズ(そして古市コータロー)の愛され具合を思い知らされた。

途中コータローと僕は、先述の345号くんが近くで開催していたアフターパーティーに顔を出すためこっそり抜け出した。今回いろいろ動いてもらった御礼に僕は必ず顔を出すと決めていたが、コータローもそれを知って「おれも行くよ!」と言ってくれたのだ。

繁華街を歩きながら話す。
「佐藤クン。今日のライヴは最高だったよ。まぁ演奏は間違っちゃったけどさ。それも関係ないほど完璧だった!サプライズも先生はもしや?と予想してたけどさ、信ちゃんが出てきてびっくりして、ライトも綺麗だったねぇ。でもチョーキーには参った。想像もつかなかったよ。」
店に着くと15人程とチョーキーが飲んでいた。ほんの少しだけだったがみんなと乾杯できたし、コータローは嬉しそうにチョーキーと話していた。

10分ほどで打上げに戻り、盛り上がってお開き。二次会は連日の知床ラーメンへ。
ラーメンをすする一緒に行った連中をニンマリと見ながら「いいだろ。ここ!」と自分の店でもないのに自慢げに微笑むコータローであった。

ホテルまで戻りせっかくだからと写真を撮った。少年時代に戻ったようなコータローの表情がこの日の大成功を象徴しているではないか。
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5/11(日)
昨日から雑誌の密着取材が入っていたようで、この日も運転手で北上を巡る。
展勝地でカメラマンに質問された。
「佐藤さんって、PAですよね?どうしてサプライズや運転手までやってるんですか?」
それは登山をする人に「なぜ山に登るのですか?」と訊くのと同じで、「そこにコレクターズがいて、そして古市コータローがいるから。」と答えるしかない(笑)。

彼らが愛される理由はなんだろう?と考える。もちろん音楽や人間的魅力なのだが、それだけではない。
彼らはいろいろな人からの好意を自分たちのためだけに利用などせずに、きちんと音楽やファンに還元している。要するに循環しているのだ。みんなが気分がよくなる。

松本社長と話す。コータローの顔が昨日までと全然違うねと。
ホッとしたのか満足感か、確かに表情がやわらかい。

夕方、駅まで送り握手をして別れた。
これで北上でのドラマは終わりだ。一抹の寂しさはあるが、とてつもない充実感と、この夏にスタートするツアー、リリースするニューアルバムがさらに楽しみになる。

THE COLLECTORS...日本の至宝であるバンドのあらたな旅が、また始まった。


追伸
このブログを書きはじめた昨夜、こんなメールが届いた。

北上お疲れさまでした。
いやー、よかった!やった!ね〜(^▽^)
古市コータロー
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by higehiro415 | 2014-05-13 18:08 | 音楽 | Comments(6)
ちょっと暖かくなってきて、ようやく仙台にも春が来たなぁ〜などと思っていたら、アッという間に桜が咲いた。おいおい、スピードが早すぎやしないかと勝手なことばかり言ってしまうが、春は好きなのでもう少しのんびりと楽しみたいのだ。
とはいえ朝晩はまだまだ冷えるので、油断は禁物。いつもこの時期に風邪をひくので、今年は気を引き締めているところである。


さてバタバタといくつか進行していたレコーディング関係だが、およそ4ヶ月に渡って作業してきたKUDANZのミニアルバム制作を昨日すべて終え、これで一段落だ。
5月にリリースされるとのことだが、これは人々の記憶に残る傑作となるだろう。
曲も歌も演奏もいいのでそれだけで十分にいい作品なのだが、きらめくようなアイディアと魂の叫びがぎっしりと詰まっている。
こういう素晴らしいミュージシャンの音作りの手伝いが出来て、とても嬉しいし感謝している。

音作りの要求にはなるべく、いやそれ以上に応えるため僕も苦悩したが、玄くんの産みの苦しみに比べれば大したことではないし、彼の人間性にもシンパシーを感じた。
何より素晴らしい楽曲群をよりカッコよく仕上げるということは楽しくてたまらない。腕が鳴るとは、こういう感覚のことだ。
彼に、東京から仙台へ通ってレコーディングしたいので手伝って欲しいと言われたとき、大きなプレッシャーと同時に燃え上がる炎が心に灯り、それをやり遂げた達成感が今はある。
とにかくCDが出来たら、ぜひ皆さんにも聴いていただきたい。僕にとっても自信作だ。


今週末には浅田信一氏ががっちりとプロデュースする現役高校生シンガー、竹友あつき君の初仙台ライヴ(4/12 パークスクエアでのイベントに出演)のPA。
ライヴは1月に東京で聴いた以来なので、成長ぶりが楽しみだ。

4/20は某メジャーバンドのライヴレコーディングを頼まれたので行ってくる。
翌週末は早くもARABAKI Rock Fest.である。お手伝いでうろちょろしてる予定(笑)。

ゴールデンウイーク中はエフエムの公開録音やショッピングモールでの歌のおねえさんの仕事など。
5/5には前述の「竹友あつき」君を呼び、仙台から「堀下さゆり」「西山小雨」オープニングアクト「がく亜り」という、これまでにない弾き語りイベントを開催する。
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内容は間違いなく個性的で素敵だと思うし、実はグルーヴ・カウンシル設立3周年企画第1弾なので、激励も兼ねてぜひ遊びに来て下さい!お願い!!(笑)


5/10はTHE COLLECTORSが古市コータロー50thバースデーライヴということで、初めて岩手県北上市でライヴを行う。しかもソールドアウト!
北上をバカにするわけではないが地理的なものや人口から考えて、あそこで400人ということは、相対的に仙台なら800人、東京なら4000人だ。すごい!
先日の小里くん脱退のニュースは僕もかなりショックだったが、バンドが前を向いて進んで行くならとことん応援し付き合うつもりだ。
トラック満載の音響機材を持ち込んで、メモリアルライヴに相応しい音を出すつもり。

週があければチリヌルヲワカのツアーで仙台・盛岡のPAを。
その翌週にはリクオのツアーPAで福島・仙台・一関。
どちらもニューアルバムがとても素晴らしく、ライヴも期待大である。


6月は先月予想外に(笑)好評だった大人の音楽講座の第2弾を「ごはん屋までい」(東京都日野市)さんが、懲りずにまた企画してくれた。
6/14(土)開催で、今回は黒人音楽(SOUL MUSIC)を解説したいと思っている。

翌週は堀下さゆり嬢のヘルプで南会津のイベントへ。カホンを演奏するかも!(まだ未定)

末にはMY LIFE IS MY MESSAGE(山口洋×仲井戸麗市)ツアーで函館・弘前・相馬へ。2人の熱きギターバトルをダイナミックにスピーカーから出したい。
昨年に続き声を掛けていただき感謝。

7/20は宮城県大河原町えずこホールでのアン・サリー&畠山美由紀。
こちらも魅力的なツーマンライヴである。音も頑張りたい。

夏以降のまだ発表出来ない物件もちらほら。これらも追ってお知らせします。

ここまで書いたら、なんか夏のはじまり気分になってきた(笑)。
グルーヴ・カウンシル3周年の第2弾、第3弾企画もそろそろ考えなきゃ。構想はあるのだが、まだ自分の頭の中だけの妄想である。

なんか最近は思い立ったら即行動で、ちょっと先走り過ぎの感もあるのだ。満を持してのほうが話題になったり集客があったりするのだろうが、僕のような個人事業主の武器はスピード感だという思いがあるし、自分の性格でもあるのだろう。それにしてもブランド力の無さを痛感する日々だ。

また、これまで関わってきた人と様々な理由で仕事が出来なくなったり疎遠になったり、一抹のやり切れなさを感じることもあるが、そこは誰のせいでもない自分の力不足なのだと肝に命じ、今やれること、必要とされていることを精一杯やっていきたい。


ところで、昨年は機会がなかったので今年こそ花見をしたい。
夜は寒いので、天気のよい日の午前中からアルコールをぐびっとやりながら、ね。
by higehiro415 | 2014-04-09 22:32 | 日記 | Comments(6)